彼岸花
小さいころから自分に与えられた役割を演じることには慣れていた。
それは、聞き分けのいい子供だったり、勉学に励む学生だったり、好意を押し付けてくる女性に対する社交辞令だったり、様々あったけれど、一貫して自分の感情の揺らぎを感じたことは一度もなかった。親はそれをとても喜んだ。あなたはとてもいい子、私たちの自慢の子、いつもそう言っていた。子供じみた愛情への飢餓感もなく、ただ淡々と日々を過ごす。朝起きて、礼儀正しく挨拶をする。顔を洗い、歯を磨き、バランスのとれた朝食をマナーよく食べ、元気な声で行ってきますと言うところまでが家での仕事。大人になり、結婚をし、さして愛してもいない妻と暮らすようになってからも、それは変わらない。
そして今日、知らない間に病に伏していた妻が逝き、葬儀を執り行うに当たって、喪主を務める自分の姿すら遠巻きに眺めているようだった。
妻の体は冷たかった。指先などはもう固まって、死に化粧をした顔はおそらく美しい部類にはいるのだろうが、何も感じない。
「私を愛している?」
妻は一度だけ問うてきたことがある。
「愛しているとも」
その言葉に嘘はなかった。
正確に言えば、愛などという不定型なものを信じてはいなかったので、どちらともいえない、確証がない、証明する方法がない、ならばそれはイエスでもノーでもありうるというのが持論であった。
妻は嬉しそうに、そう、私もよ、と微笑んだ。その微笑にも、私は何も感じることはなかった。
葬場はしんとしていた。
親類の少ない家系だったため、人もまばらにしか集まらず、骨壺に入れられた骨はもろく、砂のように崩れ去った。どれだけの苦しみを背負って妻は旅立ったのだろうか。こういう時には悲しそうな顔をすればいい。辛く、もう、立ち直れないほどに打ちひしがれているという顔だ。
妻の父親は私の顔を見るなり、泣きながら顔を殴った。
どうして気づいてやらなかったのか、どうして支えてやらなかったのか、泣き叫び、暴れ、私を罵倒した。
私にはその意味がわからなかった。妻は病を隠していた。それを詮索するのはプライベートを踏みにじることになる。親しき仲にも礼儀あり、だ。私は殴られた頬の痛みも感じず火葬場から骨壺を持ち帰った。
■
春先に妻が逝き、季節は秋になった。
あぜ道に生える彼岸花が揺れ、炎のように手招きをする。妻を焼いた炎に似ているだろうか。火葬場の中の炎など、目にすることはできないが。
私は彼岸花を一本手折った。青臭い花の匂いが手にしみこむ。妻を亡くし、周りからは同情の視線を浴びせかけられ、それでも私は私の役を演じ続けた。
私の人生は私の舞台だ。私は常に演じ続けなくてはいけない。
彼岸花が突風にあおられその手を離れ、用水路にぽちゃんと落ちた。流されていく赤に、ああ、まだ、私の舞台は終わらないのだと頭の芯が冷える。
私はそして気づいた。妻の問うた言葉の意味に。
彼女は私の心を見透かしていたのだ。
きっと、愛しているとも、そうでないとも、どちらの答えでもよかったのだ。彼女はただ、私の役をはぎ取ろうとした。私を舞台から引きずりおろし、街を歩かせ、好きなものを買い、そう、笑ってほしかったのだ。
彼岸花に包まれた妻を想う。
熱かったのだろうか。苦しかったのだろうか。
病に伏せ、なお私の心を解き放とうとした妻は、もうここにはいない。用水路に漂う彼岸花のあまりの赤さに、鼻の奥がつんとした。子供のころから泣くことをしない私だったが、泣けないわけではないのだ。
「私はもう、舞台を降りてもいいのだろうか」
辛いことがあれば泣き、うれしいことがあれば笑い、嫌なことは嫌だと言い、やりたいことをやりたいと言う。まったく考えたことのなかった人生に、踏み出す勇気があと一歩、足りない。
「今からおまえを愛しても、まだ間に合うのだろうか」
さあ、と穏やかな風が吹き抜ける。いつもいつも演じてきた笑顔ではなく、自分が笑いたいと思うから顔を動かす。ひきつった笑みは、彼岸花の浮かぶ用水路にゆらゆらと映り込み、ひどく滑稽に見えた。
「ふ、はは」
くしゃりと顔がゆがむ。かがみこんで、彼岸花を救い上げ、胸にぎゅっと抱きしめる。
「そうか、私はおまえを愛していたんだな」
ずっと前から、妻は私を知っていた。
舞台を降りることのなかった私を、妻は、見守り続けてくれていたのだ。
「もう疲れた」
ぽろりと涙がこぼれた。
「もう、疲れたよ」
物心ついた時から、ついぞ流したことのなかった涙が、堰を切ったように溢れ出して止まらない。彼岸花の香りが鼻をくすぐる。
めらめらと燃える炎の花を抱きしめ、少しの間、夢を見ていたかった。
稚拙な文章を読んでくださりありがとうございました。
また別の作品でお目にかかれれば幸いです。