英雄談の裏にあるもう一つの話
ここはどこだろう?
教室で気分が悪くなり、気が付いたら、知らない場所にいる。
中世のヨーロッパのような景色、町並み、人々。
一見平和そうな場所。
でも、この場所は自分の住んでいた場所ではない。
途方にくれた。
ここはどこ?どうしてこんなところにいるの?どうやって帰ればいいの?
その時、そばでうめき声が聞こえる。
その姿を見たとき、どれだけ安堵したか。
同じ学生服の少年。私は彼を知っている。
容姿端麗・文武両道・男女人気があり、常にリーダーグループの中心メンバー。高校1年のときだけ、同じクラスだった。今は別のクラスになったが、彼のことを知らない生徒はいない。
しかし彼は、私を含めた地味な人間・・・『スクールカースト』では底辺にあたる人間には、冷淡だった。
色々な意味で、運と実力を持った人間の、傲慢さや狡猾さも持ち合わせていたが、それがまた周囲を恐れさせ、かつ羨望を抱かせる魅力の一つだと、私は思う。
私は、彼が密かに好きだったのだ。
だから、見知った人間がそばにいる以上に安堵した。
互いに同じ境遇で分かり合えると思ったから。
・・・・しかしそれは甘かった事を思い知る。
実力のある人間は、どこにおいても能力が発揮される。
気が付いた彼は、一瞬怪訝な顔をして周囲を見回した後、最後に私を見た。
話しかけようとした私を冷たく一瞥し、彼は、そばの城の門番にさっさと話しかけていた。
言葉が通じないはずなのに・・・
門番は驚いたような顔をして、すぐ城の中に入っていく。
彼は私に振り向き、顎をしゃくって無言で付いて来い、と促していた。
まもなく門番に案内された場所は、物語などで見る玉座のある広間。
彼は恭しくお辞儀をしたあと、堂々と人々と話している。私はおどおどしながら、成り行きを彼の背後で見守るだけ。なにを言っているのかもわからない・・・。
なぜ、彼だけは、あんなに話せるの?
なぜ、彼はこんなわけのわからない世界で、そこの住人と話せるの?
その後は、もてなしをされた。それは誰に対してか・・・言わずと知れる。
二人きりになった時、彼は私に告げた。
『お前とはここまでだ。俺は、この世界の救世主・・・英雄だとさ。笑い話だな。』
『お前は俺を呼ぶのにくっついてきた、おまけ。およびでないそうだぞ?』
『金と服はやるから、城から明日出て行けってよ。まあ、これも俺が頼んでやったからだ。ありがたく思えよ。』
じゃあな、と彼はひらりと手を振り、部屋を出て行った。
私は次の日、麻袋に金と服を少しいれた袋を持たされ、城を出された。
どうすればいい?
私はどこにいけばいい?
帰りたい、帰りたい、帰りたい・・・・
そして、脳裏に浮かぶのは、少年の顔。
その後の少年について、触れておく。
彼は、世界にはびこる魔物討伐する為に召喚された人間だったということ。
その力と知恵と人格で、仲間と共に魔物を倒し、封印し、世界に平和をもたらす。
仲間には色々な職・種族・男女がいたが、見事に彼は仲間を束ね、城に凱旋してきた。
人々は彼らを英雄として称えた。
あれた世界を建て直し、彼は仲間とともに新たな世界を構築していった。
当然、英雄は世界の支配者として望まれる。
少年は、仲間の女性達と多くの浮名を流していた。
しかし最終的には、召喚した巫女であり、その城の美しい姫と結婚することが発表された。
その二人は絵に描いたように、美しくお似合いだったそうだ。
英雄達は、文字通り幸福を手にした。
御伽噺のようなハッピーエンドというわけだ。
そして私は・・・・ひっそりと貧民街に流れている。
あの後、城を放り出され、あちこち放浪していた。
服を着替えも、この世界では、周囲対して容姿が目立ってしまう。
悪い意味で目立ってしまい、しかも女であれば・・・その後は容易に想像できるだろう。
英雄として称えられた彼とは、全く反対の運命を辿った私。
普通の物語では、こんなことにはならなかったはずなのに。
幸せに恋をして、結婚して。子供を産んで、おばあちゃんになって・・・・
そんな些細な夢も、もう叶えられない。
元の自分にも、元の世界にも、戻ることは出来ない。
死ぬ勇気もない。ただ、生きて呼吸するだけ。
今日も私は、粗末なパンとミルクを口にし、薄暗い部屋で訪れる人間を待つのだ。
『―――――――いるのか?』
これは英雄談の影にある、誰も知らないもう一つの話・・・・。