5-5:束ねる者達の”集結” ●
月光を背にして、その人物は東雲邸の屋根の上に悠然と立っていた。
両手を組み、威風堂々と。
黒い装束に包まれたその姿。
唯一あらわになっているのは、顔の覆面からわずかに覗く左目周囲のみ。
……あ、あれは…!?
ウィルは、その者がなんと呼ばれるか知っていた。
「に、忍者ッスか!? うおおお本物!? 初めて見たッスよ!!」
中立地帯では、遭遇することすら稀であるとされ、一部の人達の間では憧れの的とすら言われている。
ウィルもそんな中の1人だ。
忍者が言い放つ。
「―――ふふふ、久しぶりだな若き後継者のお二方よ。元気そうでなによりだ!」
そういうと、身を軽く前に倒し、
「とぅあッ!」
黒い装束をはためかせ、その場から大きく跳躍する。
「あの高さから跳んだ!?」
その場でウィルだけが、目を見開いた。
高さは軽く6メートル前後。
そこから跳ぶとなると、ただではすまない。
だが忍者は、華麗に空中で2回転し、音も立てず膝を折りて着地を決めて見せた。
「す、すげぇッス!?」
目を輝かせるウィルだが、後の2名はというと、
「……」
スズは何故か木刀を構え、戦闘態勢をとり、
「ああ、どうもゾンブルさん。お疲れ様です」
ランケアは、笑顔で挨拶。
「うむ、久しぶりだ。またいちだんと美しくなったなランケア。その調子だ」
「あ、あのせめて凛々しくなったと言ってもらいたいんですけど…」
腕を組んだまま賛辞を送られたものの、ランケアはどこかずれてるような気がして苦笑い。
ゾンブルは、次にスズへと目を向ける。
相変わらず臨戦態勢の彼女に対し、
「スズ、なぜに臨戦態勢をとられるか?」
「ええい! 寄るな! 近づくな! こっちにくるな!」
徹底不可侵を要求してくる彼女に対して、ゾンブルは、やれやれ、とばかりに両手を振る。
「ふっ、何をそう警戒しているのだ。まあ、いちだんと…いや、一様にお変わりなくてなにより」
スズが、相手の視線が動いたのに気づく。
その先のめぼしがおおまかに判明。
胸である。
「どこ見て言ってんのよ!」
「愚問だな」
「この変態忍者!」
「変態とはこれまた失敬な。 男子たるもの女性を見る際、真っ先に目が向くは胸部と決まっている。 それすなわち神の定めし男の性。 そうだろうランケア?」
いきなり振られる。
ランケアは、え? と呆けた。
するとスズの視線もくる。
「あんたもそうなの…?」
かなり睨み数値高めの視線が。
「え、えっと…まあ、相手の呼吸とか見て、隙をはかるのに見たりはするけど、別にやましい気持ちがあるわけじゃ…」
ランケアは、少し顔を赤らめて目をそらし、呟くようにいった。
忍者がゴッドスピードで反応する。
「ふ、聞いたなスズ。これで私の正当性は証明された」
「証明されても関係ないわー!」
スズが木刀一閃。
忍者が華麗に回避。大きく後方に跳び距離をとる。
「この程度で心乱すようではこの身に剣を当てることは叶わんぞ」
すると、ゾンブルは身をかがめた。
と、次の瞬間、その姿が掻き消え、突風が奔り抜けた。
しかし舞い上がる土煙はほんのわずか。
移動の軌跡すら見せない。
「く、”疾風”ッ…!?」
スズが表情を険しくする。
その場にいる誰もが、彼の姿を見失った。
すると、3人の背後から声がくる。
「―――ふ、私の姿を追いきれぬとは、まだまだ未熟!」
背を向け、振り返る忍者。
紛れもない神速の移動術”疾風”だ。
央間家の隠密舞台は誰もが習得しているが、姿が消えるほどの速度と初動を感じさせない精密さを究極までに極めている彼のそれは、別次元の技にも錯覚させられる程だ。
その技の後、
「~~~ッ!!?」
スズの様子に変化が生じた
なぜか顔を真っ赤にして少し前かがみになり、すばやく内股をあわせる。
口を波打たせ、怒ってるようで困惑もしているかのような表情になる。
ゾンブルは、ふふふ、と余裕の笑みを漏らした。
すると、その肩をつつく者がいた。
「む?」
ゾンブルが振り返ると、そこにいたのは目の輝きが止まらない少年がいた。
ウィルだった。
「あ、あの! 俺、ウィル=シュタルクっていうんスけど、ほ、本物の忍者の方ッスか!?」
好奇心と輝く少年魂を感じ取ったゾンブルは、胸をはり腕を組んで応じた。
「いかにも。私の名は央真・ゾンブルと申す者。5大当主おひとつ”央間家”の当主だ。アリア殿に報告にきたかと思えば、新しい客人お招いておられるとは」
「あ、あの! 握手してもらいたいッス!」
「ふ、いいだろう。私でよければ君の無垢な好奇心を満たそう」
ゾンブルが差し出した手を、感激しっぱなしのウィルがぎゅっと両手で握り返す。
「ついでにサイン欲しいッス! なんか手裏剣的なものに書いてください!」
ウィルは、このチャンスを逃すと後悔すると思い、ややずうずうしく思いつつも頼み込む。
一方ゾンブルは、急な要求に対しても、いやな顔1つ見せない。
むしろ誇らしげだ。
「いいともウィル=シュタルク。だが、1つ問題がある。私の装備に確かに手裏剣はあるが、これは貴重品。ということでそれにサインすることはできない」
ううむ…、とウィルはうなだれた。
「仕方ないッスね。この場は諦めるッス…。
しかし、ゾンブルはそれを制した。
「案ずることはない。手裏剣以外にならできる。今しがた書けるものなら手に入れた」
そう言うゾンブルの手には、なにやら黒い布が握られていた。
ゾンブルの服の一部かとも思ったが、どこも破れてない。
それには妙にレース生地が目立つ。
しかもかなり薄く、小さめの布。
「うあああああああああああッ!!?」
それを見て真っ先に声をあげたのは、スズだった。