5-4:”集結”のきざし ●
西雀家。
東国において、”創”を司る血筋を示す。
立国より積み重ねられてきた技術は、機動兵器の開発もさることながら、日常生活における品にまで及んでいる。
戦場に立ち武を振るう者達を陽の当たる者とするなら、後方に立ちそれを支える西雀は陰となり、支える者だ。
陰なくして、陽の光を受けるに叶わず。
それは東国の誰もが得ている常識。
武を持つものが、それを遺憾なく振るうべく最高の思考と腕前を、見えぬところで積み上げる。
それが、西雀家の誇りであった。
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西雀家現当主、西雀・シェブングは、東国において最高齢の技術者だ。
東において、世界において最も古きを知る男。
その男は、ハンガーに吊り下げられている中破した機体を見つめ、こう呟いた。
「こいつぁ、みたことねぇもんだ。長生きするもんだよ、ったくよぉ」
キセルをくわえた口元が、分かりやすく微笑を浮かべている。
見たことないもの、特に技術関連に出会うことはこの年になると滅多になくなってくる。
たいていは、過去に作成されたものの強化、発展というもので完結する。
「よぅクレア。おめぇはこいつぁ見て何感じてる?」
老人が話しかけるのは、隣に立つ作業服を着込んだキレ目の孫娘だ。
「正直言って、異常かつ異質の一言です。技術者として興奮を隠せない、と言いましょう」
と、表情1つ変えず、西雀・クレアが言った。
ショートかつ、各部で切り揃えられた髪。そこには、黒い金属の溶接面がいつもどおり下がっている。
「異質、というとどういうことかいえるかぃ?」
はい、と返答したクレアは、改めてブレイハイドを見上げる。
「武装面から言えば拡張性がまるでありません。銃火器を装備するわけでもなし、試作機という感じもなし、長期戦にも耐えられない。汎用性皆無。現状だけ見れば駄作機。開発目的も不明です」
だが、
「異常なだけあげれば、ということです」
「続けろぃ」
はい、とクレアが続ける。
「生み出されるものは、必ず意味を内包している。この機体にも強さが秘められていた。それが異質でしょう。それを見極めることが技術者として必要な人間性、と判断します」
「72点なぁ」
「最高得点ですね。ありがとう、おじいちゃん。クレア感激」
「笑っていえぃ。とりあえず自分の表情変えるリモコンでもつくってみたらどうでぃ」
「何言ってますか。笑ってるではありませんか。心の内で」
「表に出なきゃわからんつのぉ」
「おじいちゃんにはわからないようですね。孫がいかに努力し、苦労してるか」
「苦労してんのはこっちでぇ。見合いの話全部蹴りやがってぇ」
「孫は恋愛結婚するのが夢です。戦機とか素敵だと思いませんか? 金属のフォルムがたまらないあたり」
「ああ、じゃあ無理だなぁ…」
「失礼な。孫は傷つきましたよ。えーん」
「せめて目薬しこんで言えや」
「職人は創造物を愛するものです。身を投じ生み出したものになら、無二の愛情を注げます」
「人間相手に注げ」
ふう、シェブングはため息混じりの煙を吐き出す。
……機械大好き教育しすぎたかねぇ。
なにぶん西雀家は裏方としての役割が強い分、表面的な部分がないがしろになりやすい風潮がある。
つまり外面をあんまり気にしない。
よく言えば周囲に流されない。
悪く言えば乗り遅れている。
見た目こそもう20過ぎの孫娘。しかし、内面は技術という名の子供心にあふれている。
恋愛も結婚の話もまだ遠そうだ。
ところで、とクレアから言葉がきた。
「この機体、どうしろというのですか? 私、詳しい話は聞いておりませんが?」
ああ、とシェブングが答える。
「こいつをな、また戦闘可能になるまで改修してくれ、とのお達しだ」
「出自不明の機体を修復しろ、と? 東雲の指示ですか?」
「正確には”中立地帯”のヴァールハイトからの依頼なんだとよぉ。しかも非公式に、だ」
「難しいですね。原形残してるように見えて、ほぼ大破に近い中破です」
「どういじるかぃ?」
クレアは、また機体を見上げた。
そして、
「―――乗り手はどのような方だったのでしょうか」
「わかんねぇや。どんな奴だと思う?」
そうですね、とクレアは数秒考え、
「まず、バカです。この機体で戦おうとするので、間違いないでしょう」
「なるほどぉ。で、他には?」
「武器もろくに使えない素人でしょう。この機体は火器を装備できないので」
「なるほどなぁ。2つかぁ。結局、一緒の意見かぃ?」
「いえ、もう1つあります」
「お?」
「必死に戦える者であると、そう思います」
シェブングが、笑みと共に目を細める。
「帰る場所がなかったのか、それとも命をかけて取り戻したいものがあったのか。理由はいずれにしても、この機体と共に何かを成そうと足掻いた。その結果の姿であると、そう思えます」
クレアが、シェブングに視線を移す。
「この機体の乗り手のことを知っているのでしょう。教えてくださいませんか?」
「お見通しってわけかぃ。知ってどうするんでぇ?」
「この仕事、任せてもらいたく思います。そのためには、おそらく唯一となろう乗り手の姿を知っておきたいのです」
クレアの無表情には、職人としての気概が燃え盛っていた。
たぶん、シェブングにしか分からないだろうが。
「ちなみに改造コンセプトは?」
「ロマン追求、究極カッチョイイ、で」
「よく分かってるなぁ」
「非公式の依頼なら、機羅童子関連のパーツを流用するわけにはいきません。正規ではないものを使用するべき、と判断します」
「頼むぜぃ。ワシもそう長くないだろうからなぁ」
「おじい様。朝食にご飯4杯食べた後、食後の運動とか言って現場の若者と組み手してる内は説得力がありません」
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クレアは操縦者の居場所が、東雲家であると知ると、さっそく行ってきます、とその場を離れた。
1人格納庫に残ったシェブングは、ブレイハイドを見つめなおす。
「これに乗ってたのは、小僧って話だったなぁ…」
いやな時代になったなぁ…、とため息をつく。
懐から燃えカスを捨てる小型の携帯容器を取り出し、中身を移す。
「子供が戦場に出るなんざ。それこそ世界の終わり以外のなにものでもないわぃ…」
”朽ち果ての戦役”を思い返す。
最期に放たれたイスズの言葉が、今の東を存続させているのかもしれない。
―――”東国武神”はいまだ健在なり。東の地をいついかなるときまでも守り続けるだろう。東に危うきを与える意思あるものは挑むがいい。その身を滅ぼされる覚悟があるのなら。そして知れ、”知”の制約なき”武”は、一度動き出せば決して止まることはないだろう―――
”知”を犠牲に生き残った”武”。
イスズは知っていた。
人が最期に頼りにするのは、やはり”武”なのだと。
その残存を示すことで、東にいまだ強大な戦力があるとし、追撃をとめさせた。
西も余力がなかったには違いないだろうが、やはりその言葉の影響力は大きかった。
”東国武神”の脅威は、歴代を通して西に伝わっているからだ。
同時に、”東国武神”とムソウの存在があれば、人々が立ち直る希望になるとも考えていたのだ。
実際にそれは成りつつある。
この平穏は、一時の安寧に過ぎない。
自分が生きるうちか、それとも墓に入った後か。
いずれにしても、また大きな戦いは起こるだろう。
「イスズ坊よぉ。お前の虚言が、あいつらに力を蓄える時間をくれてるんだよなぁ。本当、死んだってのに、たいした奴だ全くよぉ…」
シェブングは、手元に空間ウインドウを開いた。
そこにあるのは、自らが構築する新OSの設計構想。
失った力を取り戻し、切り札になるかもしれない。
そのためのもの。
おそらく、自分の人生において最期に生む”新たなもの”になるだろう。
「ワシゃあ、死ぬまで職人気質をやめんさ。命ある限り、協力するとしようかぃ。お前は、まだ戦えるさ」
ウインドウが音もなく閉じられた。
「世界が妙な方向に動いてる気がしてるなぁ。クレアよぉ、今回の仕事、思ってる以上に重要な結果を招くかもしれねぇぞ…」