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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(東国編:全14話)
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5-3:木刀振るう”姫君”【Ⅱ】

「ねえ、ムソウ」

「なんだい、アリアさん」

「どうしてあのウィルって子を弟子にして連れてきたのか、おしえてくれないかしら?」


 アリアの問いに、ムソウは数秒の間を置いて、


「気分だよ。いつもどおりだ。何も変わらない」


 目はあわせずに答えた。


「ならよし!」


 アリアは笑みを浮かべ、そっと気品をもって姿勢を立位へと移していく。


「いいのか?」

「ええ。それがムソウらしいから、それでいいの」

「また迷惑かけるな。すまねぇ」


 ムソウの声は、はある程度潜められていた。

 スズに聞こえないようにだろうが、とうの本人はゾンビまがいの生物を打ち倒すことに必死になっており、こちらに耳を向ける余裕はないだろう。


「ほかに話したいことある?」

「飯の後にでも話す。ろくでなし共は律儀に集まるかね…」

「南武、西雀はもう返事をもらってるわ。次期当主の2人がくるわ。ゾンブルさんは律儀で誠実だから必ず来ると思うの」

「北錠はどうだ?」

「彼女は不参加ね。今、国境付近の巡回防衛を任せてるからそれなりの緊急事態じゃないと戻っては来れないでしょう」

「そうか」

「母上は楽しい話を希望してます」

「夢物語のようなまじめな話になるかもな」



 スズが100発目を打ち込んだところで、一度距離を離し、間合いをとった。

 ふらついてなお、ウィルは倒れようとはしない。

 ていうか、笑い方が怖くなってきた。


「あ、あんた…はぁ、本当に、はぁ、人間、なんでしょうね…?」

「やだな~。な~に言ってるんスか~。どこからどう見ても人間じゃないッスか~。アハハ~」


 頭蓋骨にヒビ入れられて、無数の打撃を受けてなお笑って意識を保ち続ける生物を果たして人間と認めてよいのかどうか、スズは迷う。

 すると、


「はーい。そこまでー。2人ともお疲れさま~」


 アリアが手をたたき、終了を告げた。



「母上! まだ決着ついてない!」

「ダメですよスズ。疲れすぎると夕ご飯はおいしく食べられません。だからここまで」

「わーい。ご飯もらえるんスね! お腹へったなぁ~」

「あんたはなんで人の家の食卓に自然な感じでつこうとしてるわけ?」


 と、スズはウィルの鮮血を見て、


「…というかあんた、ケガ大丈夫なわけ?」

「お前がぶった叩いたんだろ」


 ムソウがボソリ。


「うるさい」


 スズが睨みつける。

 ムソウは、おお怖い、と両手を振り、笑って視線をそらす。


「これぐらい平気ッスよ。そんな心配しないでほしいッス」


 ウィルは片手を挙げ、自身が健在であることを示す。

 来たばかりで相手に心配かけるのも申し訳ない、という心配りからきている。

 それぐらいは余裕だ。


「……こいつ、庭の飾り石と私を間違えてるんだけど」

「そっくりじゃねーか。表面平たいところとか」

「あんなに平たくないわよ!」

「気にしてんのかよ」

「それ以上言うな!」

「やーい、貧乳ー。悔しかったらおっきくしてみろー」

「努力してるわよ! 毎朝毎晩、入浴の後に牛乳飲んだり…、ってなに言わせてんのよ!?」

「自分からしゃべったんだろ」


 スズが、飛びかかって行く。

 ムソウが、キセルを吹かしてヘラヘラ笑いながら逃げる。

 ウィルが、間違えました。すみません、と今度は庭の木に向かって頭を下げている。

 アリアはそんな光景を見て、


「えっと、こういう状況をなんて言うんだったかしら~。たしかぴったりの言葉が、言葉が……そうだ、”かおす!”ね」


 ポン、と手を叩いた。


● 

 

 ウィルが手当てのため、アリアと共に屋敷の奥に入っていく。

 それを見送り、その場にはスズとムソウだけが残った。

 ムソウが、キセルに新しい草を詰め、


「ま、最初はこんなもんか」


 と、火をつけて一息吹かす。

 すると、スズが木刀を向けてきた。


「―――分かってるわね。この後のこと」

「なんのことだ?」


  ムソウのとぼけたような態度に、木刀を握る力が強まる。


「決まってるでしょう。私と戦いなさい」


 彼女の視線は、ムソウの腰に下げられた刀にある。


「いい機会だわ。ここでもうアンタを越えてることを証明してあげる」

「挑発のつもりか?」

「事実よ」


  名刀”炎月下”。

 ”東国武神”の証。

 しかし、今の東雲にとってはそれだけではない。

 東雲とムソウ。

 父と友。

 親と子。

 それら多くを繋ぎとめるものだ。

 それを取り返す条件として、ムソウが提示した条件は、戦って勝つ、それだけだ。

 しかし、正面からでも、不意打ちでも、食事中でも、入浴中でも、この男に敗北を与えられたことはなかった。

 敗北し、叩きのめされて意識を失ったことも数多い。

 だが、


「今度こそ、私が勝つわ」


 最期に戦ったのは5年前だ。

 ムソウが不意に出て行き、その時は理不尽に怒りがこみ上げたりもしたが、それでもいつか帰って来たときに叩きのめそうと、腕を磨き、剣のキレも向上している。

 実戦も経験した今では、”カヤリグサ”の艦長を務めるところまできた。

 あの頃とは違う。

 今なら勝てるという自信がある。

 すると、ムソウは、


「―――まだだな」


 一言いいはなった。


「…ッ!」


 拒絶するような物言いに、スズは一瞬、呆けた。


「私は、まだあんたと戦うには足りない、と言いたいの…?」

「ちげぇよ。順番の話だよ」

「順番?」

「俺様に挑みたくば、弟子を倒せ。見る限り引き分けだしな」

「いったいなんなのよ…、急に出て行って。それで帰ってきたと思ったら知らない奴を連れてきて…。アイツは、ウィルっていう奴は、いったい何なのよ!」


 スズは、どうして自分の胸の内が苦しいのか、分からない。

 思い通りにならないからか。

 意識せず、胸を押さえ、叫びを飛ばした。

 すると、


「…お前と同じだよ、スズ」


 ムソウは普段どおりに答えた。


「己の命を賭して”東雲”を背負おうとしてるお前と同じだ。あいつも命を賭けて背負おうとしているものがある」

「あいつが…、私と同じ?」


 侮辱、ではない。

 ムソウは真剣だ。

 自分には分かる。

 こういう時の彼の言葉の裏には、自分に伝えようとしている何かがある。


「あいつはこの先、つらいことが待ってるかもしれねぇ。得られるだけの力を今身につけておく必要がある。だから連れてきた。そして、お前もあいつから強さを学べ」

「強さって…、弱かったじゃない」

「武力の話じゃねぇ」


 ムソウは、左手の指で、己の胸を指し示した。


ここの強さだよ」

大分割終了

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