5-3:木刀振るう”姫君” ●
かくして、スズと木刀使用の稽古をすることになったウィル。
庭先に出て、互いに木刀を1本づつ持ち、距離を置いて向かい合っていた。
スズの服装は、やや変化している。
最初に会った時から着ていた装甲付きの戦闘服自体はそのまま。
それは必要に応じて、袖口や各部パーツを切り離し、瞬時に動きやすい状態に移行できる特殊なものだった。
現在、袖口を排除して、白く細い肩から手先までが露出した状態にある。
剣を振るう動作の邪魔にならないように、という判断だろう。
木刀を正面に構え、足を直線に合わせた構え。
視線にすらわずかなブレすら起こさない。
卓越した集中力が垣間見える。
気押されっぱなしのウィルに殺気を向けつつも心は乱さず、ただ開始の時を待っている。
対するウィルはというと、
「ムソウさん! スズさんの殺気が半端ないことになってるッスよ!?」
慌てふためいていた。
「落ち着け、お前なら負けない。信じてるぞー」
「寝転がって煙ふかして応援してくれても全く心強くないッス!」
「大丈夫だって。俺様が負けないって保障してるんだから、負けねぇって。ほれ、いけいけ」
ムソウは野次馬スタイルを貫くことに決めてるらしい。
その隣に座るアリアは、
「きゃー! スズちゃん頑張ってー。ファイトー!」
鉢巻巻いて、応援団となっていた。
「おい、ウィル」
「なんスか?」
「余所見するなよ」
へ?、とウィルが呆けた瞬間、向かい合った相手の身が一瞬深く沈んだ。
膝をわずかにおり、姿勢が低くなったかと思うと、
「ッ!?」
飛んできた。
地を踏む音など、たったの1回。
スズは、その1回で2メートル近い距離を一気に詰めてきた。
「はや―――」
思考した瞬間には、木刀は打ち込まれていた。
ウィルの脳天ど真ん中に。
メキ、っと妙な音が自分の頭から響いたのを、ウィルは感じた。
相対する2人の時間がそこで止まった。
ウィルは、何も出来ずスズの攻撃の直撃を受けたのだった。
●
アリアは、口元に手をあてて、
「あら~、きれいに入ったわね。いつも思うけど、スズちゃんの太刀筋には迷いがないわ~。というかなさ過ぎて怖いこともあるけど。ふふふ」
対するムソウは、
「あー、なんかスイカ思い出したな。こう、割られて赤い汁が飛び出るところとかそっくりだ」
「うふふ。お母上は若い頃、あの人と海でスイカ割りをしたことを思い出しましたよ? あの時はムソウも若かったわねぇ」
「俺様、まだ20代後半だから若者の仲間だと思ってるんだがな」
「何言ってるの。今の自分から昔を振り返れば、誰でも若かったっていうわよ~。あんだすたーん?」
「アリアさんよ。無理に国際人になる必要ないんだぜ?」
「母上はいつまでも可能性を追求してるの。料理、洗濯、掃除、炊事、ついでに政治は専業主婦として当然ながら、やっぱり趣味がない人生はダメね。だから英会話始めようと思うの。独学で」
「独学ですかい。それに炊事と料理って一緒だろ」
「細かいこと気にしないの。そして、まずは小さな一歩から。最近覚えたのよ。”はろー”と”あんだすたーん?”」
「俺様、西と語り合うには、まず武器か拳から入る性質なんだ。手っ取り早いぜ」
「ダメよ。まず言葉で語り合うところから始めないと。そうだ、ムソウにいい挨拶のしかたを教えましょう」
「なんだい?」
「たしか”ウセロ、ボケガー”っだったかしら?」
「それ、世界共通でケンカの売り文句だぜ、アリアさん」
「奥が深いわ。もっと探求しないとね」
いつの間にか2人は、稽古そっちのけになっていたが、
「あら私ったら、またつまらない話をしてしまったわ。やぁね、これじゃおしゃべり大好きな奥様みたいじゃな~い。ところで、勝負は決まっちゃったのかしら? 救急箱探してきましょうか?」
アリアが、視線を稽古してる2人に戻して、首をかしげた。
ムソウが告げる。
「―――まだ必要ないって」
傍目からみたら決まり手で静止しているかのような2人。
そこに、小さな震えの生じを見る。
ムソウは確信する。
ウィルは見込んだとおりの奴だ。
まだ負けていない。
●
スズは、身体に震えがあることを自覚する。
しかし、それは怯えでもなんでもない。
震えの根元は、相手から来ていた。
「……うそ」
木刀はきれいに入っている。
脳天から叩き割るぐらいの勢いで振り下ろした。
手ごたえも充分にあった。
だが、
「こ、この程度じゃあ、まだまだッスよ!」
相手は倒れていない。
それどころか、打ち込まれた木刀を掴み返そうとしてきた。
「ッ!」
スズは瞬時に木刀を引き戻し、距離を離して構えなおす。
ウィルがその流れに若干引きずられたが、それでも体勢を直してそこに立っている。
そして、
「だあぁああ!? 頭から血が出て、いッてええ!?」
空に向かって叫んだ。
スズは思った。
……普通、痛いじゃすまないわよ。あ、いや違うわね。
自分は、相手の頭蓋を叩き割るつもりで振り下ろした。
だが相手は倒れていない。
つまりそれは、こういうことになる。
……私の力不足ね。
年齢的にも未発達な子供、それも女であるスズが一撃に入れられる最大力はおのずと制限される。
年齢的な分野では、歳月を重ねるしかない。
女であることは一生どうにもならない。
この場で埋められる差ではない。
すると、ひとしきり叫び終わったウィルが、こちらを見据え、
「な、なんか痛みが消えてきたッス。アハハ」
鮮血を頭頂からダラダラ流しながら、しかし戦意は微塵も揺るぎない笑みを浮かべ、
「今度はこっちから!」
突っ込んできた。
構えもなにもない。
回避も迎撃も容易だ。
スズは瞬時に決断する。
迎撃を。
そこに自分の装備を活かす。
身にまとう戦闘服。その肩部にあえて打ち込ませ、的確に急所を突く戦法を選択する。
だが、傍観していたムソウがふと告げた。
「おい、スズ。お前は少しでも攻撃に触れたら負けな」
「な!?」
急に言い渡された自分の敗北条件に、スズは正面を見据えたまま、目を丸くする。
その間に、ウィルの木刀は迫り、振り下ろされていた。
回避できない。
そして、受けた。
木刀を翻し、真っ向から。
木刀同士のぶつかる音こそ軽かったが、そこには差が出た。
スズの身が軽く沈んだ。
……予想よりも、重いッ…!
ウィルの力は相当なものだった。
スズは男性との打ち合いを正面から受けた経験は少なかった。
力の差があると理論ではわかっていたから、反射的に避けを重視していた。
そして、改めて冷静に分析する。
目の前の相手には、自分と異なる特性がある、と。
1つは”力”。筋力の差だ。
それはいなせる。
「くぅッ!」
スズは、右側に身をひねり、相手から向けられていた力のベクトルの側面へと回り込んだ。
筋力の差というのは、制限がない限り特に問題ではない。
これまでどおり避けつつ、側面へ回り込む速度で対抗すればいい。
だが、問題はもう1つの特性。
それは、相手の尋常でない”耐久力”と”持久力”だ。
「―――いい加減倒れなさいよ!」
「ま、まだまだぁー!」
2人が打ち合い続ける。
そして、打ち込まれるのは一方のみ。
ウィルの振るう木刀は、スピードのある華奢な身体に一度も触れてはいない。
反対にスズの流れるような無駄のない太刀筋は、パワーだけの相手に幾度となく打ち込まれている。
それでも、ウィルは倒れていない。
……な、なんなの、こいつ!?
人生において、1人相手にここまで打撃を与えた経験は持ち合わせていない。
実戦だと真剣を使うので、一刀が入れば終わり。
稽古ゆえ、この状況が生まれているわけだが、それでも普通は2、3太刀入れば終わるはずである。
なのに、生ける屍のごときウィルは止まることを知らない。
「この! この! この! この! この! この! この! こいつ!」
「あだ! いて! うお! であ!? あたたたた!? これぐら、いでぇッ!」
ウィルにダメージが蓄積していることには違いないが、その前に、
「し、しつこいわよ…、はぁ、あんた!」
スズが息切れし始めた。
普段ではまるでお目にかかることのない、異常な相手に動揺し、呼吸も太刀筋も乱れ始めている。
「チャンス! って、ぐお!?」
ウィルも相手が疲れ始めたのが見えて、勝機と思っている。
だが、スズにも誇りと矜持があるゆえ、簡単にはとらせてはくれない。
「しつこい! しつこい! しつこい! いい加減倒れろー!」
「いだだだだ!? この程度じゃアウニールの鉄拳には遠く及ばな、うあたッ!?」
一方的に見えて、妙に互角の勝負が続いた。




