5-2:東の”母”【Ⅱ】
1分ほどでウィルが回復して起きたのを見計らい、ムソウが言った。
「―――そんじゃ、さっそく稽古するか」
そう言われ、スズが目を細める。
「ま、アンタとウィルがどこで稽古しようと勝手だけど、どっか家の外でしてよ、迷惑だから」
「はあ? 何言ってんだ? 俺様が稽古するわけないだろ」
「じゃあランケアのところでも行くつもり?」
「ちげぇよ」
ムソウはそう言って煙を吐き出す。
スズは、はっきりと言わないムソウにやや苛立ち、
「じゃあ、誰と! 誰が! どこでやるわけ?」
決まってんだろ、とムソウはスズを指差し、
「ウィルとお前が」
その先端が目の前の庭に移っていく。
「そこで木刀持ってやるんだよ」
その言葉に、
「…は?」
スズが呆けた。
「うお!? さっそくッスか!?」
ウィルは驚く。
東雲というのは、東国でもトップクラスの”武”持つ家柄。
それと対戦するとなると、
……俺、今日、何回ぶちのめされるんだろう。
と、思う。
だが、その提案に対して声をあげたのはスズだ。
「なに言ってるの! 冗談じゃないわよ!」
「なんでだ?」
「当たり前でしょう! 西の動向も気になるし、機体の整備もしないといけないのよ!? あの機体の整備の難しさはアンタが一番よく知ってるでしょ!」
「船首でふんぞりかえってただけだろ」
「ええそうでしょうね。戦いが専門のあんたには整備班の苦労なんて分からないでしょうね。あの機体が”砲断刀”一振りするだけで何時間を整備に使うと思ってるのよ」
「だから感謝の印に酒を送ったこともある。まあ、腕部を逆につけ間違えたこともあったみてぇだけどな。そんな状態で戦った俺様ってやっぱ天才じゃね?」
「過去にひたってるんじゃない! それにあれはもう私の機体よ。責任があるわ」
「東雲の次期当主としてか?」
「そうよ」
「それじゃ、ダメだな。あの機体は」
「どういう意味よ」
「そんな感覚で扱われちゃ迷惑だってことだよ。あいつはな」
「アンタの感性なんてもう必要ないのよ。じゃあ、私は行くから」
スズは、そう言ってその場を立ち去ろうとする。
だが、
「―――スズちゃん。待ちなさい」
声がかかった。
アリアだ。
表情が変わっている。
慈しむ笑みが、諭す笑みへと。
「ウィル君と稽古、してあげなさい」
「母上、なにを…」
スズは、母の言う言葉の意味が分からなかった。
自分は今、新たな東雲の長としての自覚を積み重ねていかなければならない。
それは、今、長の代理としての立場たるアリアの負担を減らすことにも繋がる。
だというのに、なぜそれとは正反対の行動を薦めてくるのか。
「西の動向はゾンブルさんが調べてくれてるし、じきに報告がきます。それに機体整備も任せろ、と”カヤリグサ”の整備班から連絡がきたわ。今回は戦闘はなかったと聞きますし、大丈夫でしょう?」
でも…、というスズの言葉にかぶせるように、
「それに、外国からいらした久しぶりのお客様でしょう? 無下に扱うことは東雲の恥です。それも自覚なさい」
スズは、言葉につまりかけるが、
「で、でも母上。相手は素人よ? なんか、ナヨナヨしてて、軟体生物がそのまま間違って人間になってしまったかのような奴よ?」
ウィルはムソウに尋ねる。
「軟体生物ってなんスか?」
「ナメクジだ」
「俺、あんなヌメヌメしてないッスよ!?」
「うるさい、ヌメヌメ男」
「ひどい!?」
静かな怒りの矛先がウィルに向かう。
「じゃあ謝るわ。1万歩強譲って、私の先入観で判断してしまったわ。ゴメンナサイネー。その上で尋ねるけど、武道の経験は?」
「ゼロッス」
またもため息をつくスズ。
「やっぱり弱いんじゃない…」
呆れ気味の彼女だったが、ふとムソウの放った言葉で状況が変わる。
「何言ってんだ? そいつお前より強ぇぞ?」
へ?、とウィルがムソウ見る。
その表情には、冗談がない。
本気で言っているのだ。
ウィルはスズより強い。
つまり、東雲の次期当主は、素人の外人に劣る、と。
その言葉に、スズが黙ってられるわけもなく、
「……それ、本気で言ってる?」
静かな声だった。何かを押し殺しているような。
さらに鋭さを増した目つきに影を落とした少女に対して、ムソウは当たり前のように、ああ、と答え、
「東雲の時期当主って言っても、まだまだお子様だな。俺様の自慢の弟子よ。その女に世界の広さってのを教えてやれ」
そう振られた。
ウィルは何を言ってよいのか分からずうろたえるが、時すでに遅し。
「いいわ…やってやるわ」
「ひいッ!?」
振り返ると、暗い殺気をほとばしらせるスズの姿があった。
東には、不動明王という戦いの神様がいると聞いたことがある。
何か赤いオーラ的なものを纏っている様に見える彼女は、まさしく生き神であるように思えた。
というか、
……よく分からない内に、命がピンチッス!?
一方的な一触即発という状況の中、スズの背後にいるアリアと、ウィルの背後に立つムソウが互いにピースサインを送っていたことに2人は気づくことはなかった。