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A miracle that no one knows~誰も知らない奇跡~  作者: 古河新後
第5章(東国編:全14話)
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5-2:東の”母” ●

挿絵(By みてみん)

 東雲家。

 それは、代々東国の”将”としての役割を担ってきた。

 有事には、皆を率いる”知”となり、”象徴”となり、”切り札”としての役割をあわせ持つ。

 東雲の長は、最も強くなければならない。

 ゆえに、その長たる者に代々与えられる称号こそ、”東国武神”。

 しかし、前当主、東雲・イスズは、歴史上において最も風変わりとも言えた。

 とはいっても、彼は、東雲の長としては何ひとつ非のない人物だった。

 国を愛し、妻を愛し、娘には親バカマキシマム。

 そして、彼にはもう1人、友がいた。

 ムソウ、という男だった。

 後に”東国武神”の称号と共に、東雲の象徴たる名刀”炎月下”は、その友に譲り渡された。

 当時は波紋を呼んだが、その男の武勲が上がるにつれ気にする者はいなくなった。

 ”知”を司るイスズ。

 ”武”を司るムソウ。

 彼らの活躍は、歴代を通して最も優れていた。

 だが、”朽ち果ての戦役”を期として、その関係は終わりを迎えることなる。

 東雲・イスズの死。

 生き残ったムソウ。

 ”知”は失われ、”武”だけが残った東雲には、次期当主となる権利を持つ娘がいた。

 東雲・スズ。

 だが、全ての長たる”東雲”を継ぐには、まだ彼女は幼く、未熟だった。

 そして、周りもその重責を1人の少女に負わせることに抵抗を覚えた。

 東雲・スズは、そんな周囲の環境を理解した。感謝した。同時に悔しくも思った。

 自分は、東雲を、”東”を背負える程の人間にならなければならない。

 周囲に一日でも早く認められるために。

 そういった思いを内包し、東雲家は、今に至っている。



 ウィルは、ドキドキであった。


 ……なにせ、あの”東雲”。東雲ッスよ!?


 ウィルの感覚では、一般人などには及びもつかない大貴族という感じだ。

 緊張しないわけがない。

 特に、東雲家の前当主亡き今、その代理を務めるのはその妻であるという。


 ……なんか、怖いッスねぇ。


 ”東雲”と書かれた表札のある木造の門をくぐり、今は屋敷の縁側を歩いている。

 先頭を歩くのは、白い花飾りのついた黒の長髪の一部を後頭で、結った少女。

 東雲・スズ。

 やや目つきのきつい女の子だ。

 身長もウィルと比べるとだいぶ低い。

 装甲付きの戦闘服でごまかしているようだが、体の細さもかなり華奢な部類だ。


 ……特に、胸が驚くほどにまッ平―――


 すると、スズが不意に振り向いた、

 その表情は険しい。眉間にしわが寄っている。


「ごめんなさい」


 ウィルが条件反射に先手を打った。

 アウニールなら鉄拳がすでに5発は飛んできてる頃合いだと確信する。

 だが、彼女は、


「なにいきなり謝ってるのよ?」


 と、ウィルを奇妙なものでも見るかのようだった。

 よく見ると、視線はウィルではなく、その後ろに向かっている。

 そこにいるキセルをくわえる男へと。


「…いつまでついてくる気よ」


 スズは、棘のある口調で言った。

 ムソウだ。

 ”カヤリグサ”を降りてから、ずっと何も言わずついてくる。

 街道を通った際、商店の人に声をかけられても手を上げて返すくらいだった。

 すると、ムソウが言う。


「あれ? 俺様の詳細報告を聞きたいんじゃねぇの? 東雲・スズ殿」

「そんなの報告書でも書けばいいじゃない」


 無表情に言うスズ。だが、ムソウはニヤリと笑い、


「寂しいねぇ。昔は、俺様が帰ってくるなり、”おかえり! ムソウおにいちゃん! だっこだっこ!”とか言って―――」

「うああああ!? 言うなあっ!」


 スズが頭を抱えて、うずくまる。

 どうやら思い出したくない過去らしい。


「へッ、俺様と口げんかしようなんざ10年早いぜ。スズちゃんよぉ!」

「ええい! ここで決着をつけてやる!」


 顔を真っ赤にして、スズが腰の刀に手をかける。


「そういうところがガキなんだよ」


 対するムソウはヘラヘラと、笑っている。


 ……東国入ってから、なんか浮かない様子だったけど、やっぱりいつものムソウさんッスね。


 ウィルは、内心そう安堵した。

 その時、新たな声が来た。


「―――あらあら、元気な声が聞こえたと思ったら~」


 すごく間延びした声だ。

 ウィルはリヒルと似たものを感じたが、こちらはかなり大人びていて艶がある。

 声のした方を振り向く。

 柔らかい母性ある笑みを浮かべた若い女性だった。

 かんざしで結わえたウェーブがかった黒の長髪。

 一目でスズの家族なのだと分かる。


 ……たぶん、お姉さんッスね。

「お帰りなさ~い。無事で嬉しいわ~」


 ウィルに第一印象が奔る。


 ……でっかいな~。


 自分の感情に正直に、そう思った。

 胸が大きい。

 なんというボリューム。

 入りきってない部分は、別の内側にある白い布によって隠されている。

 東国の”着物”というのは、どうにもワンパターンだと思っていたが、やはり着る人によって変わるものだと思った。

 おそらくお姉さんの女性と、ウィルの目が合う。


「あらあら、かわいい子ねぇ。スズちゃん、どなた? 刀しまってお母上にご報告ちょうだいな~」

 ……え? お母上…?


 目を丸くしているウィルをよそに、ため息を1つしたスズは刀を腰の鞘にしまう。


「ウィル=シュタルクっていうらしいわ。ムソウ曰く、修行したいってことで連れてきたっていうんだけど―――」


 スズは、やや不機嫌な感じで続けようとしたが、


「えい」


 途中で”お母上”が、いきなりウィルを抱き寄せた。


「もがっ?」


 不意打ちであったため、ウィルは反応が遅れた。

 理解が追いついたときには、"お母上"のお胸の谷間に自分の顔がすっぽり埋まっている状態であった。


「そ~、修行にいらしたの? 偉いわね~! 思う存分頑張ってね」


 ホールド状態で、頭をなでなで。

 やさしい手つき、温かみのある声。

 だが、ウィルは、


 ……し、死ぬ! 妙に至福を抱いたまま死ぬ!


 巨乳に襲われて、死と幸の狭間にいた。

 昔見た演劇であった女が男に言ったセリフを思い出す。

 あなたの胸の中で死にたい、というやつだ。


 ……男女逆転バージョンがあるなんて…世の中、ひ、ろい―――

「……アリアさん。俺様の弟子が酸欠で天国の階段登り始めてる。だから放してやってくれ」


 ムソウがそう言うと、アリアは、あらそうなの?、と言ってウィルを解放した。

 ウィルの体が、バタリと床に仰向けに倒れ、荒い呼吸と共に言葉を吐きだそうとする。


「し、し、し―――」

「なんだ、死ぬところだったか?」

「幸せでした…」

「まだ死ぬなっての。帰って来い」


 そう言われた後、改めて荒い呼吸を開始する。


「母上、なんで抱擁窒息を狙ったの?」

「あら、母上はそんなつもりはありませんよ? これは西国式の挨拶らしいってゾンブルさんに聞いたの。”今度自分にお頼み申す!”って言ってたから、極めるまで待っていて、と返したの」

「あの変態忍者め…!」

「そういうわけで久しぶりの外人さんに試してみたんだけど、いかがだったかしら? 失礼がなければいいんだけど。はろー?」


 アリアの問いに対して、ウィルは声の代わりとして、親指をたてて返した。


「ほらスズちゃん、うまくいったわ! これで母上も国際人の仲間入りを果たせましたよ!」

「とても有効的な挨拶とは思えなかったけど…」

「何言ってるの。相手もとても友好的に受け取ってくれてるじゃない~」


 肩を落としてため息をつくスズ。

 アリアの方はウキウキであった。


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