5-1:竹林の”槍撃者達”【Ⅱ】
状況が決着して、数秒後―――
「や、破った…!? ”槍檻”を破りました! やったー!」
ランケアは、槍を掲げ、笑顔を空に向けた。
すると、転んでいた”敵”が、打ち込まれた部分をさすりながら次々と起き上がってくる。
彼らから驚き、称賛、苦笑い、拍手といった様々なものが送られてくる。
「いやぁ、お見事でしたよ、若」
「まさか、宙返りとは。中立地帯で見たサーカスってのを参考にしたんですかい?」
「若、目輝かせてたもんな」
南武槍撃隊。
総数30名で構成される指折りの精鋭達。
先ほどまで行っていたのは模擬戦だ。
戦場における主力の者達と、南武家当主たるランケアの鍛錬の一幕だったのだ。
使用してた武器は、先端を丸い布で包んだ3メートル近い竹槍である。
「まさか、”槍檻”にあんな弱点があったとは。後にも先にも若ぐらいですかね。あんな避け方するのは」
槍撃隊の1人が、快活な笑顔で言う。
対するランケアは、苦笑いだ。
「あ、でも今思ったんですけど、戦機で宙返りとか無理ですし、実現は厳しい避け方ですよね…」
すると、槍撃隊の中でも古株の男が言う。
「そうともいえないですぞ。西雀家の次世代技術をもって新造した”槍塵”の運動性能ならば、理論上は可能でしょう」
「”槍塵”ですか…」
ランケアの苦笑いが、やや薄くなった。
「仮想搭乗はなさったのでしょう? どうでしたかな?」
「そうですね。いい機体だと思います。宙返りが出来るかは試してませんでしたが」
「では、次は実際に搭乗しての模擬戦を行いたいですな。我らの機羅童子で、微力ながらお相手を務めさせていただきましょう」
「そうですね。…まだ、機羅童子で慣らしたいところですけど」
「あ、いや申し訳ない。若のペースにお任せしますぞ。あなたは優しいが、無理をなさらず」
「ありがとうございます」
と、ランケアが頭を下げた時だ。
「―――ほい、突きました」
背中に竹槍の先端があたる感触があった。
「…へ?」
ランケアが振り返ると、そこに見知らぬ顔が立っていた。
若い隊員だ。それも、ランケアが知らない。
すると、古株の隊員が、
「若、一本とりました。我らの勝利です」
笑いをこらえながら言った。
「あ、あの…、どなたでしょう?」
ランケアが指すのは、もちろん知らない顔の隊員。
「うっす! 南武槍撃隊、隊列番号31です! よろしくお願いします。南武ランケア殿!」
「え? へ? い、いつ配属になったんですか!? ボク知りませんよ!?」
「それはそうです。だって、今日の昼過ぎに配属されましたから」
「えええええ!?」
タイミング的には、訓練中だ。
なら報告が来るわけもなし。
狼狽するランケアの背後から、またも古株の隊員が補足する。
「槍撃隊は30名定員というわけでもありませんからな。これまで30名以上に増えたことはありませんでしたが、今日、その歴史が塗り替えられたといえるでしょう。全員拍手!」
周りから、おお! と拍手喝采。
迎えられた男は、いやぁ~、と照れくさそうに頭を掻きながら歓迎を受ける。
「若は、今日槍撃隊30名を打ち倒しました。しかし、それに油断し、31人目という予測不能の敵に1本とられた、というわけです」
「こ、こんなの卑怯ですよ?!」
「おや、実戦では若の宙返りより現実的だとおもいますが?」
「ぐぬぬ! って、”槍檻”崩されたの根に持ってるでしょう!? そうなんですね!?」
「ええ、そう思ってくださってもよかろうものです。ですが、私は卑怯などとは一言もいわずに自身の敗北は受け入れましたとも。その上で奇襲作戦の成功です。何か反論の余地はありますかな、若?」
古株が浮かべるのは、まさしく勝者の笑みだ。
「そ、それは…、って皆さん、何準備してるんですか?」
ランケアが見る先、そこにはあるのは女性ものの着物(やけに乙女チックなクリーム色)だ。
「まったく、やつらめ…」
と、古株がため息をついて呆れ顔。
別の隊員が真剣な表情で言った。
「何いってるんです! 皆、模擬戦前の口約実現に向けて動いているのですよ!」
周りの隊員もうんうん頷く。
「えっと、つまり…その…」
「敗北により、お着替えのお時間突入!」
「うわあああああ!?」
言葉が終わると同時に、さっきまで勇猛果敢だった戦闘集団が、目を輝かせた変態集団と化して、一斉にランケアに飛びかかった。
しかも、さっきより連携が取れている。
同じ欲望を抱く人間が集まると、無駄に統率がとれるものなのだ。
「さあ、若! まずは上着をお脱ぎください!」
「若には、やはり淡い白が似合うと思います!」
「おい簪忘れた! 誰かとって来てくれ!」
「うっす! 俺にまかせてください! 1分でとってきます!」
「やるな新入り! お前とはいい連携陣が組めそうだぜ!」
半分暴徒化した槍撃隊の猛攻にランケアは成すすべなし。
「あ、やあっ!? ちょっと待って! あんまり乱暴しないで!?」
実際は、取り囲まれて、肩に手を置かれたりと着替えをせがまれているだけなのだが、油断してると服を剥かれかねんばかりの気迫を感じて仕方ない。
すると、走っていった新入り隊員が戻ってきた。
簪を持ってきたにしては早すぎる。
「あ、俺、重要な用件伝えにきたの忘れてました」
「な、なんですか!?」
「”東雲”のスズ様が帰還されたそうですよ」
その言葉を聞いて、暴徒達が少し落ち着きを見せた。
「スズ様が戻られたのか?」
「ムソウ殿を迎えにいったと聞いたが、本当か?」
「だとすれば、けっこうしんどかったと思うな。まあ、アリア様が進言したってのもあるだろうがな」
ランケアが、男達の中心から出て、新入り隊員の前に立つ。
「本当に、ムソウさんも一緒なのですか?」
「口伝てで聞いた限りだと”貧乳姫”なる単語が聞こえた、とのことなのでほぼ確実に帰還してるかと思います」
その言葉を聞いて、暴徒達が腕を立てに組んで納得した。
「そうか…”貧乳姫”か。それは的を得ている。ムソウ殿に間違いない」
「そうだな。スズ様小さいもんな。いや、俺は年齢上の背丈という意味で言ったんだからな?」
「そう警戒すんなって、俺はお前の味方さ」
「アリア様の血を継いでるんだ。これから巻き上げるさ。西国ではなんて言ったっけ? バイーン?」
「俺、今度豆乳いっぱいお中元に送るわ。ささやかな願いを込めてな」
「メッセージは”健康をお祈りします”って入れとけよ? スズ様、鋭いからな」
槍撃隊は総じて巨乳が好きらしい。
その事実を新たに確認したところでランケアは言う。
「東雲は”将”ですから、挨拶に向かわないといけません。行きます。今すぐに!」
言ってダッシュ。全速力で駆け出した。
槍撃隊が、しまった、と声をあげる。
「若を逃がすな!」
おう!、と一斉に連携のとれた追っ手が勝手に無駄なく編成され、ランケアを捕らえにかかった。
「見逃してー!!」
結局、5分44秒間逃げ回ったが捕獲された。
なにげに逃げ回った時間の最長記録を更新した。
非公式だが。