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4-13:”決意”と”祈り”と【Ⅱ】 ●

 ウィルは、足を止め、エンティと向き合った。

 エンティは言う。


「君のことは私が一番よく知ってるんだからね。社長室の会話とか、話した瞬間から私の耳に入ってるんだよ?」

「え? それって盗聴なんじゃ?」

「私に隠し事はできないんだよ? わかった?」

「盗聴でしょ!? 間違いなく! そうッスよね!?」


 確信犯顔のエンティに、ウィルが慌てて抗議する。

 だが、ふと、


「…元気でた?」


 やさしい声音を聞いていた。


「あ……」


 見ると、少しだけエンティの目元が潤んでいるような気がした。


「君を拾ったのは私。だから、君が自分の行く末を決められるまで、一生見守るぐらいの気持ちでいたよ。でも―――」


 エンティが温かみのある笑みを浮かべた。

 旅立つ”弟”を見送る”姉”のように。


「―――ようやく見つけたね。その”道”を」


 ウィルは、悟った。

 彼女エンティが、自分を見送りに来てくれたのだと。

 会えば別れはつらくなる。

 それが分かっていても、彼女はここでウィルと言葉を交わすことを選択したのだ。


「エンティさん…もうしわけないッス。まだ恩返しもしてないのに、出て行くって勝手に決めちゃって…」


 すると、


「―――ウィル、ちょっとこっち来て」


 手招きされる。


「?」


 ウィルは従い、エンティの前へと歩み寄る。


「しゃがんで」


 言われるがままに、肩膝を折り、目線の高さを合わせる。


「目をつぶって」

「え?」

「いいから」


 ウィルは、スッと目を閉じた。

 すると、額に温かくて、柔らかいものが触れた気がした。


挿絵(By みてみん)


 パッと目を開けると、エンティの喉が目の前にあった。

 エンティの唇が―――ウィルの額に触れていた。

 全身を包まれるような、母性のある口づけだった。

 それは、わずか2秒たらずの出来事。

 気づくと、エンティは唇を離し、鼻が触れ合うほどの距離でウィルと視線を交わしていた。

 その両手が、ウィルの少し赤くなった頬に添えられる。


「―――私なりの幸運のおまじない。滅多にしないんだよ? 君で2人目かもね」


 そう言って微笑んだ。


「エンティさん…おれ―――」


 何かを言おうとしたウィルの唇に、エンティの人差し指があてられる。


「ウィル、君はバカだよ」

「わかってるッス…」

「バカで、間抜けで、ノータリンで、思春期真っ盛りで、エロ本小僧だよ…」

「いや、そこまで言わなくても…」


 エンティが、ウィルの首周りに手を回し、抱き寄せた。

 遠くに行ってしまう家族に、精一杯の意思を送る。


「いいんだよ、ウィル。誰も君を責めたりしない。ただ、約束して。本当に大切なものだけは、絶対に手放さない…そういう人になるって。…わかった?」

「…わかったッス。ありがとう、エンティさん…」


 ウィルもまた、エンティの小さい背に手をあて、抱擁を返した。



「…ムソウ、私、話が読めてこないんだけど?」

「小声で言ってくるってことは、空気は読めてんだろ? それで充分だよ。とりあえずこの場はそうしとけって」

「まあ、いいけど。―――ん? あの遠くからやってくる集団はなに?」

「あ、やべ。ていうか動き早いな、おい」



「―――ウィル坊を見つけたぞ!」

「―――あそこか! 総員、突撃ぃっ!」

「―――みんな、走るの速っ! 普段さぼってませんか!?」


 そんな声をあげながら、ロケットブースターがついたかのような一団が、こちらへと向かってくるのが見えた。

 じいさん達(+”メガネさん”)だった。


「やばっ!? じゃ、じゃあエンティさん! 俺、行ってくるッス!」


 ウィルが慌てて、立ち上がり踵を返す。


「あ、もう1つ社長からの伝言があったわ」

「な、なんスか?」

「時間ないから―――ほい」


 エンティが、手の携帯端末を外して、ウィルに投げ渡す。


「その中に入ってるから、後で聞いといて。悪いもんじゃないよ」

「ありがとうッス! それじゃ!」


 ムソウ達と共に登場口へと消えていったウィルの背中を眺めながら、エンティは、フゥ、とため息をついた。

 そこに、一団が追いつき、


「ま、間に合わなかったぞい!?」

「お前が、腰が痛いから手加減しろ、とか言ってるからじゃ!」

「入れ歯をどこかに落としてきてしまったわい! あとで拾いにいかねば!」


 息の上がっている一団に対してエンティが告げた


「残念でした。ウィルは旅立ってしまいました。連れ戻そうとしても―――」

「―――違いますよ」


 遮ったのは、唯一呼吸の乱れていないヴィエルだった。


「みんなで、ウィルを送ろうって言って、ここに来たんです」

「あれ? みんな知ってたの? てっきりつれ戻しにきたのかと」


 その言葉に、じいさん達が返した。


「そ、そんなこと、せんわい…ぜぇ」

「ウィル坊が、決めた道なら…尊重してやるのが、ぜはぁ」

「親心って、もんよ。みんな同じじゃ!」


 その言葉にエンティは微笑み、


「じゃあ、大丈夫。私から全部伝えといたから」



 ”カヤリグサ”のブリッジにて、ムソウが背伸びをした。


「さーてと、久しぶりに故郷に帰るとするかい」


 すると、スズは、


「後でたっぷり説明責任を果たしてもらいますからね」

「はいはい。分かりましたよ貧乳お姫様」

「あんたはねぇ…」


 拳を握り、頭に青筋をたてはじめる。

 すると、


「……悪かったな」


 不意にムソウがそう告げてきた。

 キセルを口から離し、煙を吹きつつも、その視線はどこか遠くを見ていた。

 表情はうかがい知れない。

 スズはそれ以上追及するのをやめた。

 こういう雰囲気を纏った時の彼が、どういう心境を内に秘めているのかについては、すぐに理解できるからだ。


「今回は、ちょいと急ぎの土産話がある。さあ! 野郎共! ”カヤリグサ”最大船速で行こうぜ!」

「アンタが仕切るな! 総員、出航するわ! 最大船速で”東”への帰還進路をとりなさい!」


 スズの号令に対して、


『―――御命のままに!』


 一同が、声を合わせて返した。



 あてがわれた船室で、ウィルはエンティから渡されたメッセージを開いていた。

 そこから、音声のみでヴァールハイトの言葉が流れてきた。


 ―――まったく貴様の行動には呆れ返る。最悪、国際問題なる可能性もあるのでな。よって貴様を解雇する。どこへなりといくがいい。この大飯ぐらい―――


だが、と言葉は続いた。


―――どこでもいい。生きていろ。そして、可能ならまた帰ってこい。私からはそれだけだ―――


 そこでメッセージが終了する。

 ウィルは、端末を切り、肩にかける程度に持ってきた少ない荷物の中に入れた。


「俺、帰ってくるッス。アウニールと一緒に…必ず」


 決意を宿し、手のひらを見つめ、希望を込めて握った。

 自分にとって未知の場所―――”東国”。

 そこに何が待とうとも、己が成すと決めたことを果たすために。




 世界は、変わらぬ時間みちを刻み続ける。

 滅びへと。

 しかし、それに抗おうとする意思もまた存在していた。

 そして、その意思は2つに分かたれ、それぞれの道へと向かわせていく。

 滅亡の日がいつ訪れるとも、誰もが知らないままに。

 物語は、新たな舞台へと進んでいく。




 ~第4章・完~

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