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4-12:”東”からの使者【Ⅱ】

『―――戦闘を停止せよ!』


 発せられた宣言に、不時着した戦艦のブリッジで、ボスは、


「おめえら! 全員無事か!?」

『―――ぶ、無事でさぁ。機関部だけに妙にきれいに当たってるが、誘爆の危険もありやせん』

『―――こっちも同じく…』


 とりあえず、手下の無事を確認し、安堵の息をつく。

 そして、会計が、


「この状態なら即座に降参だと理解してくれます。ラッキーですね」

「バカやろう! とりあえず白旗つくって振っとけ! 早くしろぃ!」



 シュテルンヒルトの格納庫に、巨大な機影が3つ入ってくる。

 1機は、ブレイハイドだ。

 両側から抱えられ、格納庫に搬入される。


「―――オーライ、オーライ…よーし! 降ろせー!」


 両腕部の武装を損失し、各部装甲も削り取られた姿は、出撃前と比べかなり弱弱しく感じられた。

 まるで牙を抜かれた犬のようだった。


『こちらでよろしいですか?』


 と、声が発せられたのは、”東”の機体からだった。

 頭部に”笠”をかぶったかのような独特のセンサーヘッド。

 簡素化されつつも、バランスのよい軽量基礎フレーム。

 ”東国”の誇る量産機―――”機羅童子”だ。

 扱いやすさ、改良から改造、低いコストによる量産性の高さ、と”東”の主力として非常に優れた機体である。


「おー、そこだ。ゆっくり降ろせよー!」


 機羅童子が、膝関節を曲げ、ブレイハイドを寝かせるように降ろした。



 その光景を、遠くから眺めているのは、ウィルだった。

 雨に濡れた後、着替えも、拭くこともせず、そこにいた。

 壁際に座り込み、移動されてきたブレイハイドを、ただただ見つめている。

 その目はどこか虚ろで、どこか遠くを見ているようでもあった。


 ―――知ったような口をきくな―――


 心の内が、ズキリと痛む。

 結局、彼女アウニールのことなんて、何も分かってなかった。


 ―――兵器となってしまった彼女を受け入れられるのは、同じ境遇にある俺以外にはいない―――


 心のどこかで納得しかけている。

 

 ―――あなたに傷ついてほしくない…。そうでないと、私は苦しくなる。あなたが傷つくたびに、私は苦しくなるんです…―――


 自分が傷ついて、アウニールを守れるなら、それでいいと思った。

 だが、違った。

 逆に苦しめてた。

 彼女は、誰かが自分のために傷つくことを、一番怖がっていたのに。

 率先してその状況をつくりだしてしまった。

 だから、彼女は自分の元から離れていったのだ。


「本当…俺って、ダメだ…」


 そう言って、床にうつむき、自責を課していると、


「―――よぅ、元気ねえなぁ」


 頭の上にバスタオルが1枚落とされてきた。

 ウィルは、ずぐにバスタオルをとり、それをくれた相手へと目をやる。


「ムソウ、さん…」


 そこには、いつもと変わらぬ飄々とした姿の男が立っていた。


「おっと、”さん”づけは必要ないって、前に言ったろ? 俺様、そういうの堅苦しくてかゆくなるわけよ。わかるか? おい」


 ヘラヘラとしてるが、この人のこういう打ち解けやすい雰囲気は結構好きになれた。

 少しだけ、人と話そうと思った。


「ムソウ…さん」

「だーかーらー…まあ、いいや、お前が呼びたいように言え。で、なんだよ?」

「俺、何も出来なかった…」

「コテンパンにされたってことか? あの機体の損傷見てりゃ分かるって。命あっただけでもたいしたもんだ。お前、運いいな。長生きするぜ?」

「違う…力がなかったから、あの2人を助けられなかった…」


 ウィルは、嗚咽を漏らし始めた。

 またむせび泣きだしそうになった瞬間、


「―――おい、ちょっと立て」


 そういわれ、いきなり胸倉を掴まれて立たされたかと思うと―――壁に押し付けられた。

 気づくと、ムソウの目が、鋭くこちらに向けられている。

 若干の怒気を秘めてもいた。


「助けられなかっただと? お前の事情はよくしらねぇが、どうしてそう思うんだ?」

「俺が…負け―――がっ!?」


 言おうとした瞬間、軽く引かれ、今度は壁に背から軽くたたきつけられた。


「そうじゃねぇだろ。人間、負けるときは負けるもんだ。一生勝ち続ける人間なんかいやしねぇ。いたらお目にかかりたいもんだ」

「じゃあ、なんだって―――っ!?」


 また、たたきつけられる。

 冷えた背筋に、痛みが走る。

 相手は片手なのに、抗うことができない。


「なら、その助けたい奴はどうなった? 死んだか?」

「死んでない…ッス」

「なら、どうして助けられないって決めつけてんだ。人間が救えない奴ってのはな……死んでいった奴だけなんだよ」


 ムソウは、何かを思い出すように言った。


「昔な、ある男に拾われたバカがいた。そのバカは、男が現れるまで、お山の大将気取って、誰も信用しない、全身が刃物で出来てるようなやつだったんだよ。だがな、負けたんだ。その男に。完膚なきまでに。だがな、それでよかったんだ。そのバカは、負けたおかげで”家族”ってのができて、”負ける強さ”を知って、救われたんだ。だが、救ってくれた男を救うことはできず、生き永らえちまった。どれだけ、その時の選択を悔やもうと、死んじまった後に救い返すことなんざ、できねぇんだ…」


 ムソウの右目を隠していた髪が風に吹かれてわずかになびいた。

 そこにあったのは、右目を縦に縫い付けるように刻まれた、傷跡。

 それは、彼の過去を、彼自身が忘れないように、内に封じ込めるかのように存在していた。


「生きてるうちに救えないと諦めるなら、端から救おうとするんじゃねぇよ。そんなのは、偽善通り越して害悪だ」

「でも、彼女は…さようならって…」

「だから? 相手が言ったからなんだ? 肝心なのはそこじゃねぇ。ウィル、お前がどうしたいのか、だ」


 そういうと、やや突き放すようにウィルを解放する。

 ウィルは、よろめきながらもしっかりと足をつけて立ち、


「どうしたい、のか…?」


 思い出す。

 短くても、確かにあった共に過ごした時間を。

 そして、戦いの中で、彼女が自分に与えてくれたものを。

 あの”解放”の温もりを。


 ……そうだ、あの力は、”彼女”の望みだった。


 どうして、気がつかなかったのか。


 ――― 助けて。兄さんを、助けて ―――


 ”イヴ”は、”アウニール”となっても、その中で生きている。

 記憶は壊れて、消えてしまったのかもしれない。

 でも、”心”があるなら、想いが消えることは、決してない。   

 ウィルが進むべき道筋を決めた。

 光を取り戻した目が、ムソウを見据え返す。


「―――俺、強くなりたいッス…! 救いたい人を救えるだけの力を身につけたい!」


 ムソウが、へっ、と笑みを浮かべた。


「ようやく、自分ってのが分かったようだな。お前のような思い切っていく奴が、俺様は気に入るぜ」

「あ、でも、どうすれば…。とりあえず筋トレでも始めればいいんスかね?」


 現実的な問題に入りはじめたウィル。

 すると、


「―――”東”に来いよ」


 ムソウが不意にそう告げた。


「”東国”に…?」

「そうだ。お前が本気なら面倒見てやるよ。あそこには、強くなれるヒントが多くある。お前と同じように、強くなりたいと願う奴もいる。そいつからも何かを学べるかもしれねぇ」

「どうしてそこまで?」


 ウィルの疑問に対して、ムソウは、決まってんだろ、と、


「俺様が、最高の師匠だからだ。お前を今日から俺様の弟子にしてやる。文句あるか?」


 あるわけなかった。


「よろしくお願いするッス!」


 ウィルが、真剣な表情で頭を下げる。

 先に進む覚悟を、見の内に宿し続け、進むために。


「これからお前は負け続ける。だが、それでいい。負けて負けて負け続けろ。そして、いつか本当に大切なときに勝てる奴になれりゃ、それでいいんだよ」


 その背には、まさしく”東国武神”としての風格があった。

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