4-12:”東”からの使者【Ⅱ】
『―――戦闘を停止せよ!』
発せられた宣言に、不時着した戦艦のブリッジで、ボスは、
「おめえら! 全員無事か!?」
『―――ぶ、無事でさぁ。機関部だけに妙にきれいに当たってるが、誘爆の危険もありやせん』
『―――こっちも同じく…』
とりあえず、手下の無事を確認し、安堵の息をつく。
そして、会計が、
「この状態なら即座に降参だと理解してくれます。ラッキーですね」
「バカやろう! とりあえず白旗つくって振っとけ! 早くしろぃ!」
●
シュテルンヒルトの格納庫に、巨大な機影が3つ入ってくる。
1機は、ブレイハイドだ。
両側から抱えられ、格納庫に搬入される。
「―――オーライ、オーライ…よーし! 降ろせー!」
両腕部の武装を損失し、各部装甲も削り取られた姿は、出撃前と比べかなり弱弱しく感じられた。
まるで牙を抜かれた犬のようだった。
『こちらでよろしいですか?』
と、声が発せられたのは、”東”の機体からだった。
頭部に”笠”をかぶったかのような独特のセンサーヘッド。
簡素化されつつも、バランスのよい軽量基礎フレーム。
”東国”の誇る量産機―――”機羅童子”だ。
扱いやすさ、改良から改造、低いコストによる量産性の高さ、と”東”の主力として非常に優れた機体である。
「おー、そこだ。ゆっくり降ろせよー!」
機羅童子が、膝関節を曲げ、ブレイハイドを寝かせるように降ろした。
●
その光景を、遠くから眺めているのは、ウィルだった。
雨に濡れた後、着替えも、拭くこともせず、そこにいた。
壁際に座り込み、移動されてきたブレイハイドを、ただただ見つめている。
その目はどこか虚ろで、どこか遠くを見ているようでもあった。
―――知ったような口をきくな―――
心の内が、ズキリと痛む。
結局、彼女のことなんて、何も分かってなかった。
―――兵器となってしまった彼女を受け入れられるのは、同じ境遇にある俺以外にはいない―――
心のどこかで納得しかけている。
―――あなたに傷ついてほしくない…。そうでないと、私は苦しくなる。あなたが傷つくたびに、私は苦しくなるんです…―――
自分が傷ついて、アウニールを守れるなら、それでいいと思った。
だが、違った。
逆に苦しめてた。
彼女は、誰かが自分のために傷つくことを、一番怖がっていたのに。
率先してその状況をつくりだしてしまった。
だから、彼女は自分の元から離れていったのだ。
「本当…俺って、ダメだ…」
そう言って、床にうつむき、自責を課していると、
「―――よぅ、元気ねえなぁ」
頭の上にバスタオルが1枚落とされてきた。
ウィルは、ずぐにバスタオルをとり、それをくれた相手へと目をやる。
「ムソウ、さん…」
そこには、いつもと変わらぬ飄々とした姿の男が立っていた。
「おっと、”さん”づけは必要ないって、前に言ったろ? 俺様、そういうの堅苦しくてかゆくなるわけよ。わかるか? おい」
ヘラヘラとしてるが、この人のこういう打ち解けやすい雰囲気は結構好きになれた。
少しだけ、人と話そうと思った。
「ムソウ…さん」
「だーかーらー…まあ、いいや、お前が呼びたいように言え。で、なんだよ?」
「俺、何も出来なかった…」
「コテンパンにされたってことか? あの機体の損傷見てりゃ分かるって。命あっただけでもたいしたもんだ。お前、運いいな。長生きするぜ?」
「違う…力がなかったから、あの2人を助けられなかった…」
ウィルは、嗚咽を漏らし始めた。
また咽び泣きだしそうになった瞬間、
「―――おい、ちょっと立て」
そういわれ、いきなり胸倉を掴まれて立たされたかと思うと―――壁に押し付けられた。
気づくと、ムソウの目が、鋭くこちらに向けられている。
若干の怒気を秘めてもいた。
「助けられなかっただと? お前の事情はよくしらねぇが、どうしてそう思うんだ?」
「俺が…負け―――がっ!?」
言おうとした瞬間、軽く引かれ、今度は壁に背から軽くたたきつけられた。
「そうじゃねぇだろ。人間、負けるときは負けるもんだ。一生勝ち続ける人間なんかいやしねぇ。いたらお目にかかりたいもんだ」
「じゃあ、なんだって―――っ!?」
また、たたきつけられる。
冷えた背筋に、痛みが走る。
相手は片手なのに、抗うことができない。
「なら、その助けたい奴はどうなった? 死んだか?」
「死んでない…ッス」
「なら、どうして助けられないって決めつけてんだ。人間が救えない奴ってのはな……死んでいった奴だけなんだよ」
ムソウは、何かを思い出すように言った。
「昔な、ある男に拾われたバカがいた。そのバカは、男が現れるまで、お山の大将気取って、誰も信用しない、全身が刃物で出来てるようなやつだったんだよ。だがな、負けたんだ。その男に。完膚なきまでに。だがな、それでよかったんだ。そのバカは、負けたおかげで”家族”ってのができて、”負ける強さ”を知って、救われたんだ。だが、救ってくれた男を救うことはできず、生き永らえちまった。どれだけ、その時の選択を悔やもうと、死んじまった後に救い返すことなんざ、できねぇんだ…」
ムソウの右目を隠していた髪が風に吹かれてわずかになびいた。
そこにあったのは、右目を縦に縫い付けるように刻まれた、傷跡。
それは、彼の過去を、彼自身が忘れないように、内に封じ込めるかのように存在していた。
「生きてるうちに救えないと諦めるなら、端から救おうとするんじゃねぇよ。そんなのは、偽善通り越して害悪だ」
「でも、彼女は…さようならって…」
「だから? 相手が言ったからなんだ? 肝心なのはそこじゃねぇ。ウィル、お前がどうしたいのか、だ」
そういうと、やや突き放すようにウィルを解放する。
ウィルは、よろめきながらもしっかりと足をつけて立ち、
「どうしたい、のか…?」
思い出す。
短くても、確かにあった共に過ごした時間を。
そして、戦いの中で、彼女が自分に与えてくれたものを。
あの”解放”の温もりを。
……そうだ、あの力は、”彼女”の望みだった。
どうして、気がつかなかったのか。
――― 助けて。兄さんを、助けて ―――
”イヴ”は、”アウニール”となっても、その中で生きている。
記憶は壊れて、消えてしまったのかもしれない。
でも、”心”があるなら、想いが消えることは、決してない。
ウィルが進むべき道筋を決めた。
光を取り戻した目が、ムソウを見据え返す。
「―――俺、強くなりたいッス…! 救いたい人を救えるだけの力を身につけたい!」
ムソウが、へっ、と笑みを浮かべた。
「ようやく、自分ってのが分かったようだな。お前のような思い切っていく奴が、俺様は気に入るぜ」
「あ、でも、どうすれば…。とりあえず筋トレでも始めればいいんスかね?」
現実的な問題に入りはじめたウィル。
すると、
「―――”東”に来いよ」
ムソウが不意にそう告げた。
「”東国”に…?」
「そうだ。お前が本気なら面倒見てやるよ。あそこには、強くなれるヒントが多くある。お前と同じように、強くなりたいと願う奴もいる。そいつからも何かを学べるかもしれねぇ」
「どうしてそこまで?」
ウィルの疑問に対して、ムソウは、決まってんだろ、と、
「俺様が、最高の師匠だからだ。お前を今日から俺様の弟子にしてやる。文句あるか?」
あるわけなかった。
「よろしくお願いするッス!」
ウィルが、真剣な表情で頭を下げる。
先に進む覚悟を、見の内に宿し続け、進むために。
「これからお前は負け続ける。だが、それでいい。負けて負けて負け続けろ。そして、いつか本当に大切なときに勝てる奴になれりゃ、それでいいんだよ」
その背には、まさしく”東国武神”としての風格があった。