4-12:”東”からの使者 ●
「うっひょおーっ!? やべぇ! おい、やめろって!?」
格納庫内に乱入したローブをかぶった2機。
その内の1体が鋼の拳を放ち、ムソウを羽虫を叩き潰すような動作で追いかける。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…!」
シャッテンが、呪文のように連呼しながら、こちらに黒い視線を送り続けているのが見えた。
「お前、これ卑怯だろ!? おい! 誰が動かしてんだ!?」
「知らない。でも殺す殺す殺す…!」
まるでシャッテンの怨念が宿ったかのように、正体不明の機体は追撃の手を緩めない。
拳撃がムソウのいた空間に落ち、床を陥没させる。
「ちょっとは遠慮しろよ! ―――ん?」
一目散に逃げ回っているムソウだったが、
……もう片方は何してやがんだ?
他に意識を配る余裕はあった。
格納庫内に乱入したもう片方の機体は、格納庫の奥にある隔壁を強引にこじ開けようとしていた。
腰のハンガー部分からせり出した長方形の金属を手に取ると、そこからブレードが飛び出す。
それを隔壁へと突きたて、バターのようにあっさりと切り開いた。
……小型にしちゃ、たいした切れ味だな。
と関心する一方で、
……ありゃ、なんだ? 大破した機体かよ? 見たことねぇ形してやがるな。
切り開かれた奥をみた。
そこにあったのは、無残なまでに崩れた状態にある機動兵器。
……あれが、目的だったのか?
そう思っていると、隔壁を破った機体が、膝を折って停止する。
そして、胸部装甲を横に展開し、コックピットを開放した。
無人だった。
……遠隔操作にしちゃぁ、やけに精密な動きをしやがる。
そのコックピットに飛び乗ったのは、リヒルだった。
開放から閉鎖へ。
機体の目が光を一瞬だけ強く光り、次に駆動音をたて、直立する。
そして、大破した機体を固定しているハンガーを機動兵器の出力に任せて強引に捻じ曲げ、引きちぎる。
前に倒れそうになった機体を正面から受け止める。
『―――テンちゃん。追いかけるのストップ! こっち手伝って!』
リヒルが機体越しに、言ってきた。
それを聞いたシャッテンは、非常に不服そうな、恨みがましい視線を残しつつ、
「…わかった。手伝う」
従った。
すると、ムソウを追いかけていた機体が追撃を停止。
シャッテンの元まで後退し、先ほどと同じように膝をつき、コックピットを開放する。
やはり誰も乗っていない。
シャッテンが、装甲を2回の跳躍で駆け上がり、コックピットに潜り込む。
コックピットが閉鎖され、再起動した機体が、リヒル機の方へと向かう。
ムソウは、ユズカに目をやった。
彼女は、壁際の床に倒れ伏しているエクスに歩み寄っていた。
エクスの方は、うつぶせに倒れており、出血もかなりあるようだった。
「―――そいつ、死んだのかい?」
放たれたその言葉に対して、ユズカは、
「…死んでないわ」
淡白に返した。
だが、不思議と冷たさは感じさせなかった。
「死なれたら…困るわ」
●
ユズカが呟くと同時に、”花弁”が仮の姿である日傘としての形態へと戻る。
半数が失われたことで、穴だらけの貧相な状態になっているが、なんとか原型は留めていた。
リヒル機が、近づいてきた。
鹵獲目標であった、あの大破した機体は、シャッテン機が肩を貸すように抱え、先に搬入用ハッチから飛び出していくのが見えた。
『ユズカさん、脱出しましょう。”東”の部隊が近づいてるみたいです』
「…どこの部隊?」
『”東雲”です』
「”東”の”将”が? もしかして”カヤリグサ”かしら?」
『そうです。すぐに出ないと、捕捉されそうです。乗ってください』
そう言い、リヒル機が手甲部分を床につける形をとる。
するとユズカは、
「…そうね。やっぱり―――」
独り言のように何かを呟くと、”花弁”を再び展開した。
今度は中サイズを5枚だけ操作し、それをエクスの四肢と胴体の下に潜り込ませ、持ち上げさせた。
『…ユズカさん?』
「……」
ユズカは黙ったまま、意識のないエクスをマニュピレーターの上にそっと乗せた。
遅れて自分も飛び乗り、親指に捕まる。
「…ごめんなさい、リヒル。これは私のわがまま。大変だと思うけど、お願い…」
『分かりました。あと、謝らないでください。私達は、ユズカさんのためにいるんですから』
「…ありがとう」
リヒルの機体が、脚部に出力を込めて立ち上がっていく。
右手の指を軽くあげ、乗せた2人を落とさないよう、慎重に、そして迅速に動いていく。
「―――おい、”魔女”さんよ!」
ムソウは、ユズカの耳に届くよう大声を飛ばした。
「そいつを連れていくことが、”世界の根幹を揺るがす事象”とやらに関係あるのかい!」
ユズカは、
「―――違うわ」
そう言い、
「これは、私個人の問題よ」
最期は、小さな声で、自分に言い聞かせるように呟いていた。
リヒル機が、背面のスラスターを稼動させ、空へと飛び出していった。
「…飛べる機体ねぇ。”西”は、相変わらずの技術革新が盛んなことで」
ムソウは、戦う者のいなくなった格納庫の中で、抜き身で落ちていた”炎月下”を回収し、腰の鞘に逆手持ちでおさめた。
”ライド・ギア”を、単身で相手にするには、少しばかりきつい。
見送るしかない。
そう判断した。
●
山を挟んだ、湖の上空で爆炎が大気を振るわせた。
爆炎は、敵戦艦の後部から吹き上がり、高度を急速に失わせていく。
「―――よし! 勝った!」
最期の敵艦を戦闘不能に追い込み、エンティはガッツポーズを決める。
「わしらの勝利じゃ! 勝どきをあげるぞい!」
「食堂に入電! 今夜は焼肉を所望する、とな! 繰り返す! 今夜は焼肉で!」
艦内のあちこちからも、歓声がアップアップだった。
すると、
「…敵艦から連絡来とるぞ」
と操舵じいさんが言う。
「降参しますって?」
「いや、”俺達は諦めない”的な感じのあれじゃ」
「あ~、なるほど―――野郎共、榴弾再装填よろしく~」
エンティが満面の笑みで、指示をやんわりと飛ばす。
「って、追撃すんな!」
すかさずヴィエルがとめに入った。
「違うよ~。威嚇砲撃だよ~。当たっちゃったらゴメ~ン的な感じで」
「当てる気でしょ!」
「だって、敵は諦めてないんだよ? とても感動的じゃない。だから、引導を渡してあげるの。男らしく散らせてやろうっていう私の優しさを感じるでしょ?」
「その発言の時点で”威嚇”で済ますつもりないのが見え見えなんですけど!? さっさと指示を取り下げなさい! これ完全にこっちが悪役です!」
「やだ~。撃つの~」
「子供みたいに言うな! 鳥肌立ちますから!?」
そんなことを言っていると、
「…おい、新しいお客さんがきたぞ」
「え? また敵?」
「目を輝かすな! ―――って、あの戦艦…」
望遠表示されたカメラに映し出されたのは、シュテルンヒルト級の巨大艦だった。
「”カヤリグサ”!? ”東”の旗艦じゃないですか!? どうしてこんなところに!?」
ヴィエルが言うと同時に、巨大艦”カヤリグサ”の側壁が、展開した。
内側から人型機動兵器を固定した可動式ハンガーが露出。
45度近くまで角度を上げると、ロックを解除し、機動兵器を次々と地上へ降下させていく。
その数、10機。
続いて、甲板にせり出してくる機体があった。
通常の機体よりも一回大きいそれは、重厚なる鎧を着込んだかのような姿をした”武者”だった。
武装として一振りの刀を、甲板に突き立てるように構え、両の手を柄尻に乗せている。
威風堂々たるそれは、そこにあるだけで同胞の士気を高め、敵に対する最大の脅威として機能している。
「―――相変わらず、見事な威圧感出してるね。”東雲”に受け継がれる”最強”ってのは」
エンティが苦笑いしながら呟くと、
『―――”東雲”の名をこの場に掲げ、宣言を伝える! 双方、戦闘を停止せよ!』
”武者”を介し、凛々しき少女の声が響き渡った
言葉が大気を伝わり、戦いの終わりを知らせた。