4-11:”花弁”と”鋼鉄”の舞う時【Ⅱ】
”両翼”とムソウは、戦闘(?)を継続している。
シャッテンのククリ刀の連撃を刀でいなしながら、リヒルの爆撃を飛び回って回避。
退き際に、
「―――ひゃあっ!?」
「―――ひんっ!?」
しっかり、金髪の尻と前髪パッツンの背中をひとなでしてから距離を離す。
「ハハハハ! ごちそうさん!」
余裕しゃくしゃくで、笑い散らすムソウに対して、”両翼”は、
「お、お嫁にいけなくなります…」
「……はあ、はあ」
顔を真っ赤にして、荒く息をしながら、若干、戦意喪失気味である。
「どうした、そろそろ降参か?」
「ユ、ユズカさんが戦ってるのに、”両翼”が先にギブアップするわけにはいきません!」
「……絶対、殺すぅ…」
「まあ、そう殺気立つなって。向こうもそろそろ決着がつくだろうからな」
そう言って、ムソウが”魔女”と”火傷男”の戦いに、視線をやる。
「”炎月下”も貸してやったしな。良くも悪くも互角じゃね? ま、どっちが勝つかは神のみぞ知る、ってところだろうがな」
「ユズカさんが勝つに決まってます! ”花弁”は、いまだかつて誰も破ったことがない、鉄壁の武装です!」
「……ユズカさんは、負けたりしない…!」
2人の少女は、心の底からユズカの強さを信頼していた。
その瞳の光は強く、他人の言動に惑わされたりはしない。
「たしかに”魔女”は強いだろうな。俺様も認めるさ」
だがな、とムソウは続ける。
「―――惚れた女のために命賭ける覚悟を持った男ってのは、お前らが思ってる以上に強ぇぞ」
●
鉄の群れの先端に、エクスが刃を一閃した。
斬撃の軌道と、鉄の群れの先陣が衝突し、
「…ッ!?」
鉄の花弁の1つが、両断され、砕けた。
ユズカの表情に、初めてこれまでとは違うものが現れた。
それは、わずかではあったが、確かに驚きを示していた。
エクスは、流れる動作で縦横無尽に、幾閃と振りぬいていく。
横からの斬撃から、逆袈裟に。次は振り下ろし、勢いで身体を回転させて一閃。
瞬く間に繰り出された4つの太刀筋は、その数だけ鉄の花弁を斬り墜としていた。
機能を失い、鉄屑となった破片がほぼ同時に音を立てて散らばる。
「―――刀の扱いに慣れているか、という質問に答えてやる」
そういうと再び、”炎月下”を横に倒し、
「得意分野だっ!」
床を蹴り、飛ぶように駆けた。
「ち…!」
ユズカが、眉端をあげ、表情を険しくする。
咄嗟の判断で”花弁”を呼び戻し、すぐさま向かってくるの頭上から、降り注がせる。
高速で飛来した鉄の雨を、エクスが黒刀を回転させ即席の盾とし、弾き飛ばしていく。
切れ味もそうだが、”炎月下”の最大の特徴は、決して折れない頑丈さにこそあった。
……得意分野、か。ハッタリではないようね。
現にエクスは、持っただけでその武器の特性を理解して扱っている。
それは、数多の武器に触れてきた経験と、彼自身の才がもたらす強さだった。
「裂け! ”花弁”!」
声を合図に、弾かれた鉄の花弁は、エクスを包囲するように旋回。一定数、集まると同時に一斉に襲い掛かる。
「逃げ場は与えないわ」
全方位からの刺突だ。回避する隙間もない。
だが、
「―――逃げなどしない」
エクスは、前へと走っていた。
黒刀が閃き、進む先にある鉄の花弁のみを切り捨てている。
……包囲網を崩してきた!?
囲んだということは、逆に一方向からの手数が減少するということ。
鉄の花弁を破壊されることを警戒して行った攻撃手段が裏目に出た。
そう考えている間に、ユズカとエクスの距離が大きく縮まっている。
「く…!」
防御用に待機させていた4枚の”花弁”を、前方に展開。
エクスの足を止めようとする。
だが、
「邪魔だ!」
正面から切り下ろされた黒い刀身が、いともたやすく鉄の盾に沈み、まるで紙切れのように両断する。
真っ二つになった、鉄屑が火花を噴出しながら力を失い、音をたてて地に落ちる。
次に差し向けた、盾も同様に切り捨てられる。
……止められない!?
3枚目も断ち切られた。
障害など初めからないかのように、エクスの突進速度はまったく緩まない。
ユズカの、”花弁”の弱点は、”防御シフト”と”攻撃シフト”のどちらかしか選択できないこと。
現在、”防御シフト”をとらせている以上、エクスの後方にある”攻撃シフト”用の”花弁”を呼び戻すことができない。
そして、今、自分とこの男を隔てているのは、鉄の盾1枚のみ。
それも、
「―――墜ちろ!」
今、目の前で切り裂かれた。
変わらぬ速度で、迫ってきたエクスは、刀を振るう。
「く!?」
ユズカが、ブレードで受ける。
しかし、鍔迫り合いになった時間は、ほんのわずか。
女と男が純粋に腕力でぶつかれば、当然軍配があがるのは男の方だ。
ユズカのブレードは、手元から弾き飛ばされていた。
すでに相手の間合いだ。
……後退が間に合わない…!?
逆袈裟から、再び引かれていた黒刀が、突きとなってユズカの喉元へと到達する―――その寸前でピタリと止められた。
「……」
喉元と切っ先を中心にして、2人の時間が止まる。
エクスは鋭い視線を向け、反対にユズカは一筋の汗を額に浮かべている。
”魔女”は―――敗北したのだ。
「……さあ、改めて問うぞ、”魔女”。ライネ=ウィネーフィクスについて知っていること全て教えろ」
切っ先が、白い皮膚を傷つけない程度に、絶妙に触れてくる。
冷たい鉄の感触を得ながらも、ユズカは答えた。
「…彼女のことは、”西国”へ行けばわかるわ」
「そこにいるのか?」
「私は”分かる”と言ったのよ」
「どういう意味だ。曖昧な答え方をして俺を苛立たせるな…」
切っ先が、数ミリだけに皮膚に沈み、ユズカの首筋から血が一筋流れる。
「う…」
「さあ、言え!」
エクスが鬼気迫る表情を浮かべ、選択を強いる。
「―――ユズカさん!」
叫び声が聞こえた。
リヒルだ。こっちを見ている。
ユズカの敗北を目の当たりにし、焦っているのだろう。
エクスは、妙な動きをしないように警告を発しようとした。
だが、その時、
「なに!?」
格納庫内の空気が震えた。
それと同時に、開放されていた搬入用ハッチから巨大な2つの機影が飛び込んできた。
どちらも、機体全体をローブで覆い隠している。
エクスは、驚愕に目を見開く。
乱入に対してではない。
その2機のことを知っていたからだ。
「”ヘヴン・ライクス”と”ヘル・ライクス”!? まさか機体まで!?」
わずかな驚きは、ユズカにとって最大の好機を与えた。
「フッ…!」
床を蹴って後方へとさがり、腕を振り上げた。
その手には、指揮をするブレードはない。
「―――裂きあがれ!」
だが、”攻撃シフト”用の”花弁”は、忠実に動き出した。
巻きあがった鉄の竜巻が、エクスに降り注ぐ。
「ちいッ!」
エクスは、襲い来る鉄の群集を刀で弾き飛ばす。
いくつかが砕かれ、その枚数を確実に削いでいく。
だが、虚を突かれたため、1つがその盾をすり抜け、身体に突き刺さる。
「ぐっ!」
エクスは、痛みに顔を歪めるが、この程度ならまだいけると判断する。
「―――私の勝ちね」
ユズカが笑った。
その時、突き刺さった”花弁”から、光が一気に迸った。
「ッ!? がああああッ!!?」
エクスが絶叫し、目が見開かれ、身体が仰け反る。
その手から”炎月下”がすり抜けて落ちる。
電撃だった。
屈強な男であっても、ものの数秒で意識を消失させる強力な電圧だ。
だが、
「―――お、おおおおおッ!!!」
エクスは意識を、繋ぎとめた。
身体に突き刺さり、電撃を放出している”花弁”を、わしづかみにする。
強引に引き抜いた。
血を引く鉄の花弁を、床にたたきつける。
電撃の拘束は消失した。
しかし、
「―――か、はっ…」
もはや、意識を保っているのがやっとの状態だった。
足に力が入らず、両膝を床につく。
武器を落としたことすら気づけない。
……ライ、ネ―――
記憶の中にある彼女の笑顔が鮮明に浮かぶ。
自分に語りかけ、救ってくれたあの笑顔が。
もう一度取り戻したい。
それだけを願った。
「……裂け」
ユズカが静かに命令を飛ばす。
半数まで減少させられた鉄の群集が、最期の濁流となり、獲物に襲いかかる。
エクスは、虚ろな目でそれを見据え、次の瞬間には自分の身体が浮いたのを感じた。
どうなったのかもわからないまま、壁に叩きつけられ―――そこで意識は途切れた。