4-11:”花弁”と”鋼鉄”の舞う時 ●
私には分からない。
こんな目つきも口も悪い、礼儀知らずな男をなぜ?
いつも自慢げに話してくれたのを覚えてるけど、私はそうは感じない。
コイツは、あなたに頼りきって、自分で選択していない。
曖昧な意思と強い武力を持ったこの男は、アンバランスすぎる。
結末を変えられるわけがない。
世界に訪れる災厄に立ち向かえるわけがない。
でも、もしエクス=シグザールという男が、私の求める選択をしているなら―――
―――ライネ=ウィネーフィクス。どうして、あなたはこの男を愛したの?
●
格納庫に、鋼鉄の花弁が舞い踊る。
ユズカの振るう指揮にあわせ、鋭利な鉄の花吹雪が、エクスへと殺到する。
エクスは、後方に跳び、そのまま回り込むように駆けた。
しかし、
……やはり、追ってくるか!
鉄刃の群れの追跡はやまない。
緑光をほとばしらせながら、ユズカの意思に従い空中を蛇行し、蜂の群れのように追いかけてくる。
速度も人間の足で逃げ切れるものではない。
ゆえに、エクスは、
「く!」
飲み込まれた。
2つか3つに、ナイフで切りつけるも、刃は通らず弾かれる。
咄嗟に目を守る体勢をとった。
鉄刃が、数え切れない裂傷を容赦なくその身体に刻みつけていく。
「―――私の花は、滅びを知らない。いつ、いかなるときもその力は私を守り、敵を裂く」
ユズカが語り、”花弁”が、竜巻の形態をとり、エクスを取り囲む。
エクスは、苦悶の声を漏らすが、
「ッ!」
それをこらえ、鉄の竜巻を振り切るように前方にダッシュを切る。
直接ユズカを狙いにいく。
……”翼”よりは遅い!
ライネの”翼”は、彼女自身の精神と同調することで、タイムラグなしに縦横無尽に動いていた。それも、何千枚という膨大な量を一度にだ。
だが、”花弁”は、そうではない。
指揮棒であるブレードを中心に、見えない糸に引かれるかのように飛び回っている。
しかし、速度こそ”翼”と同等であるものの、動きは操作に追従しきれていない。
いかに速度があれど、操っているユズカの動きを見れば、”花弁”ある程度予測できる。
所詮は、未来技術の劣化コピーに過ぎないということ。
だがそれでも、
「―――分かっていて突っ込んできたのかしら?」
突破が容易ではないことに変わりはなかった。
ユズカの周囲を固めているのは、鉄殻の中でも最も大きい4枚の”花弁”。
それが、瞬時に正面に回りこみ、即席の隔壁を形作る。
それほど広い範囲ではない。回り込もうと思えば、充分に可能だ。
しかし、そのわずかな時間すら、与えてはもらえない。
……鉄刃を呼び戻したか!?
ユズカが指揮を振り上げる。
呼び寄せられた鉄の群れが、エクスの背中目掛けて空気を裂いて飛来する。
再び、横っ飛びに回避行動をとる。
飛来のコース上にはユズカにもいたが、
「自分の武器で傷つくなんて間抜けなことしないわよ?」
当然ながら主の手前で静止していた。
ブレードの先端がエクスに向けられ、
「行きなさい」
再び、鉄の群れが迫り来る横殴りの雨と化してきた。
だが、エクスはその表情に、
……ライネ。やはり、お前はたいしたやつだ。
笑みを浮かべていた。
あの時の”絶対強者”と同じ状況おかれ、今さらながら”翼”の厄介さがわかった。
……お前に守られて、俺は今ここにいるんだな…
エクスは、咄嗟に近くにあった貨物にかぶせるための布を手に取った。
2メートル近い大きさの布が、片手で大きく振り上げられ、一瞬の幕をつくり、エクスの姿を覆い隠した。
「無駄よ」
鉄殻の刃が、次々と布に突き刺さり、たやすく貫通する。
薄い布切れなど、意味がないように思われた。
だが、
「―――なるほど、”刀”か。やけにしっくりくる」
布が落ちると、そこには多少の傷を増やしつつも不適な笑みを浮かべるエクスの姿があった。
●
その手には、柄から刀身まで、全てが黒塗りの刀が抜き身で握られていた。
「黒刀”炎月下”…」
ユズカが、その名刀の名を呟いた。
炎のように波打つ刃紋。
そして刀身は、淡く、青白い光を反射させる。
ユズカが、遠くで”両翼”相手に立ち回っているムソウに目をやった。
ムソウは、こちらの視線に気づくとニヤケ顔でブイサインをだした。
その腰には、普段”炎月下”を収めている、布で巻かれた鞘が残されている。
どうやら、布で隠れた一瞬で、刀を抜いて投げて渡していたらしい。
……たいしたものね。
と、ユズカは、エクスの手に渡った黒刀へと視線を戻す。
「―――”東”の歴史において最高とされる名刀…。実際に抜かれた刀身にお目にかかったのは初めてね」
名刀”炎月下”は、闇のように黒く、しかし炎のように猛るかのごとき存在感を放っている。
それをエクスは、右上段に振りかぶる体勢をとる。
「刀を使ったことはあるのかしら? ナイフとだいぶ違うわよ?」
微笑を浮かべるユズカの問いに対して、エクスは、別の返答を返した。
「…この前言ったな。”なんのために、ここに来たのか”と」
ユズカがブレードを、掲げ、”花弁”を攻撃態勢で周囲に旋回させる。
「ええ、言ったわ。答えが出たのかしら?」
「俺は、”ライネ=ウィネーフィクス”を選ぼう」
それは、彼の意思から出た言葉。
「いつか訪れる遥か遠くの未来と、アイツを天秤にかけろというなら、迷わずにアイツを選ぶ。彼女に会って、俺は言う。”サーヴェイションのこと、未来のこと、何もかも忘れて、俺の隣で1人の女として生きろ”と。そのためなら何を犠牲にしても惜しくはない」
「彼女が望まなかったとしても?」
「そうだ。俺はライネの意思に従い、それを叶えることだけが生きる道だと思っていた。だが―――」
あの時、未来での最期の戦いで、思ったのだ。
自分が最も恐れたのは、彼女と共にいられなくなることなのだと。
「俺は、本当は世界のことなど、どうでもよかった。彼女の隣で1人の男として生きること。それこそが真に俺が求めていたことだ。ライネがいなくなって、ようやくそれに気づくことができた…」
エクスの目には、もう迷いはない。
「―――アイツの存在より、重い世界など…ない!」
刀を上段に構えなおす。
「……そう。よくわかったわ」
ユズカの表情から笑みが消え、冷たい視線へと変わる。
「あなたは、やはりそういう人なのね…」
「どうとでも言え。貴様を叩きのめしてから、ライネに関する情報を全て引きずり出す」
「それはさっきも聞いたわ」
ユズカから仕掛けた。
ブレードの動きに連動し、鉄の群れが襲い掛かる。
黒い刀を横に倒し、エクスは真っ向から”魔女”に挑んだ。