4-10:激突する”巨躯”【Ⅱ】 ●
ブレイハイドに金色の光が宿った。
装甲の隙間から、金閃があふれ出す。
リバーセルは、銃撃を止め、警戒しつつ、すぐに通信を入れる。
『応答しろ。何があった?』
『―――例の”特殊物資”が目を覚ましました。そちらのパイロットの名を呟いています』
リバーセルは舌打ちした。
そして、前方にいる機体に向き直る。
金色の光を纏ったブレイハイドの四肢に力が戻っていく。
いや、それはもう異常としか言いようがない。
『…これが”サーヴェイション・システム”か』
相手の脚部は砕けていた。本来なら立てるはずがない。
だが、システムの”解放"は、それすら無視させている。
この世界において、異質とも言える”何か”。
……これが、俺達が行き着く先にあるものなのか。
兵器として生きる運命。
それを覆すことはできない。
ならばせめて、
『行く末ぐらい、見定めておかなければな…』
ラファル・センチュリオは銃剣を交差させ、迎撃の構えをとった。
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ウィルは、理解した。
温かい、と。
金閃に包まれて、ようやく気づいた。
……アウニールが、ずっと守ってくれてたんだ。
この力は彼女のものだ。
自分は、それを使っているだけに過ぎない。
あの人の言うことは正しい。
自分は部外者なのかも知れない。それでも、
……一緒にいたいって気持ちは、本当なんだ…!
ブレイハイドが、一歩踏み込んだ。
右腕部の武装が展開。
破損し、残り2本となった爪状のパーツの間に、膨大な熱量を持つ光球が形成される。
全身の装甲がきしんでいる。
銃撃による損傷が響いていた。
すでに、装甲は脱落寸前。
脚部も、無理やり稼動している。反動は相当なものになると、想像できた。
攻撃は、一回が限界。
……相手の攻撃の態勢に合わせて―――
ブレイハイドが、右腕を引いた。
前に戦った機体”エーデル・グレイス”が用いた刺突法を、無意識の内に真似ていた。
黒い機体が、地を蹴った。
銃剣を交差させたまま、突っ込んでくる。
『そこだーーーーーーッ!!!』
ウィルの叫びに呼応し、ブレイハイドがプラズマ兵装を放った。
それは、瞬時に対象へと飛来する巨大な光の柱だった。
巨大なプラズマソードにも、砲撃にも見えるそれは―――避けられていた。
ラファル・センチュリオは、躯体をかがめている。
プラズマの閃光は、頭部右側と右肩部をわずかに焦がして、後方へと抜けていた。
膨大な熱量は、避わされた先にあった進路上の森林を全て焼き払った。
それは大地すらも抉り、焦土へと変えた。
だが―――外れていた。
『ここまでだ!』
敵のブレードが来た。
避ける術はない。
ブレイハイドの最期の武装である、右腕の装甲が両断され、完全に破壊された。
同時に、機体を包んでいた金の燐光も力尽きるように消えていった。
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―――雨が降リ出した。
黒い機体は、武装を失って地に膝まづく敵機に歩み寄る。
焦げて、砕け、黒くあせた銀色の機体は、立ち上がろうとしていた。
『……』
黒い機体が、無言で蹴りを入れた。
中破したブレイハイドは、それに抗えず仰向けに倒れた。
『……出ろ。機体を破壊する』
そう告げると、
『…お断りッス』
拒否が来た。
『死にたいのか?』
『死ぬ気は…ない』
『なら―――』
『―――どうして、戦うんスか…。本当は、あなただって戦いたくないはずッス』
言葉が遮られた。
同時に、リバーセルは軽く眉間にしわを寄せた。
『……どういう意味だ』
『その気になれば、俺の命を奪うなんて簡単だったはず。なのに、あえてブレイハイドの腕だけを狙って―――本当は、初めから俺の命を奪う気なんて、あなたにはなかったんだ…』
『勘違いをするな。可能なら奪還することが目的だからだ』
『違う。あなたは戦う前にブレイハイドはいらない、って言ってた。なら俺と一緒にさっさと破壊できたはずなんだ。なのに…』
『…もう黙れ。おとなしく、機体から降りろ。それで、貴様はいつもの日常に戻れ』
リバーセルは諭すように告げた。
俺たちに関わるな。
……もう戻れない場所に、引き戻そうとするな。希望など、とうの昔に捨てた。
だが、
『ダメッス…このまま行ってしまったら。兵器として人を捨てて生きるなんて、そん―――がッ!?』
ウィルの言葉が終わる前に、ラファル・センチュリオがブレイハイドの胴体を踏みつけた。
あえて、衝撃が伝わるように踏みつけ、反論を封じる。
……俺を迷わせるな。迷ったところで、意味はないんだ…
無言で、銃口がコックピットに向けられる。
この距離なら、数発撃つだけで終わる。
リバーセルは思う。
……俺には、進む道を変えられる力はない。
トリガーにかかる力が、徐々に強まっていく。
その時、
『―――隊長』
通信が入った。
『…なんだ?』
『例の”特殊物資”から敵パイロットに話がある、と』
リバーセルは、少し考えたが、
『―――まず俺につなげ』
そう返した。
すぐに通信が来た。
『話を、させてください…』
”イヴ”の声だ。
『何を話す気だ? 内容によっては―――』
『―――お別れを、言わせてください。彼を諦めさせます…から』
またもしばらく考えたが、
『……音声だけならいいだろう。諦めさせろ。必ずだ』
そう言い、経由による通信操作を行った。
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ウィルは、諦めていなかった。
ブレイハイドのコックピット内で、何かができないかを懸命に考える。
その時、
『―――ウィル…』
突然、目の前に音声のみ回線が開いた。
「アウ、ニール…?」
『はい…私です』
待ち望んでいた声だった。
「アウニール! 今、どこッスか! すぐに助けに―――」
『―――お別れを、言わせてください…』
自分の言葉を遮ってきたその言葉に、ウィルは二の句が繋げなくなった。
「どういう…ことッスか?」
『私は彼と…リバーセルと共に…”西国”へ行きます。それが、私のあるべき形です』
「そんな! ダメッス! 諦めたら! 何か方法が―――」
『ありません』
はっきりと言われた。
アウニールは続ける。
『…決して追わないでください。私を見つけようとしないでください。そうすればあなたは、もう傷つかなくていい。"カナリス"でこれまでどおりに生きてください…』
「アウニール、俺は傷ついてもかまわないって―――」
『私を、苦しめないでください』
「そんな、こと…」
『あなたに傷ついてほしくない…。そうでないと、私は苦しくなる。あなたが傷つくたびに、私は苦しくなるんです…』
だから、
『―――さようなら』
「アウニール!!」
通信は、切れていた。
同時に鈍い衝撃がきて、コックピットが揺れた。
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ラファル・センチュリオは、踏みつけていた脚部を離すと、数発の弾丸を撃ち込んだ。
それは、ブレイハイドの四肢に撃ち込まれ、内部機構を完全に破壊する。
それは、銀の機体がこれ以上行動しないようにするための処置だった。
『―――終わったか?』
リバーセルは、”アウニール”に語りかける。
『……はい』
『なら、おとなしく”棺”に戻れ。こちらは約束を守ったぞ』
『彼は―――』
『命はとらない。お前が錯乱しても困る』
『ありがとう。ございます…』
通信が切れる。
……ありがとうございます、か…
兄妹だったのに、遠い存在になってしまったと、リバーセルは思った。
そして、沈黙した銀の機体に向け言い放つ。
『―――2度目はない』
黒い機体が反転した。
雨の中に消えていく機体の背は、どこかむなしさを漂わせていた。
抗えない運命に、先の見えない場所に再び戻っていくかのように。
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ラファル・センチュリオが去った後、ウィルはようやくコックピットから出ることに成功した。
わずかに戻った動力で、強制開放したのだ。
ハッチが開くと同時に、雨粒が降り注いできた。
胸部の装甲の上に立ったウィルは、空を見上げた。
遠くから、砲撃音が聞こえる。
しかし、それすら、意識の中には入る余地がなかった。
「アウニール…ごめん…」
無数の水滴が、ウィルを濡らす。
「助けられなかった…。君も、お兄さんも…」
また、繰り返してしまった。
「ごめん…ごめん…」
”後悔”を。
「うわあああああああああああっー!!」
ウィルは、叫び、泣いた。
自分の無力さに。
彼女に選択させてあげることができなかった事実に。
そして、彼女を大切に思う人の絶望をぬぐえなかったことに。
今このとき、最も自分が傷ついた瞬間になった。