4-10:激突する”巨躯” ●
黒い機体の射撃に対して、ウィルは反射的にブレイハイドの腕部を跳ね上げていた。
腕部装甲による防御だ。
しかし、
『!?』
砕けた。
これまであらゆる攻撃に対しても堅牢であった盾でもある武装。
その展開部分の”爪”が、岩を穿たれるがごとく砕かれ、千切れ、どこかへと飛んでいった。
次の瞬間には、黒い機体の銃口が全てこちらに向けられていた。
腕部にある固定武装と銃剣を合わせ、その銃口は合計4門。
『―――”ブレイハイド”は戦闘用でないとは言ったが、内包する戦闘力は相当なものだ。理解している以上、こちらにも相応の用意がある。”ラファル・センチュリオ”には、対装甲用の弾頭を装填している。いかに装甲強度があろうと―――無意味と思え!』
黒い機体―――”ラファル・センチュリオ”の火器が一斉に火を噴いた。
特殊手甲弾の豪雨を浴びせられた、ブレイハイドの装甲が、穿たれ、被弾箇所が細かく砕ける。
『く…!』
この弾幕を浴び続けるわけにはいかない、とウィルは機体を動かす。
削られていく両腕部を盾としながら、銃撃から逃れるように森林の中へと駆け込ませる。
『”森”を盾にするつもりか。だが、逃がさん!』
ラファル・センチュリオが、それを追う。
銃剣のブレード部分で、邪魔な木々をなぎ払いながら、一直線に敵へと突っ込んでいく。
一閃、二閃と、流れる動作で障害物を伐採すると、瞬時に照準し、
『そこか!』
激発。
特殊弾がブレイハイドの腕部に命中。装甲の一部を砕いた。
だが、ウィルは、
『待ってたッスよ!』
機体を反転させていた。
『ッ!』
逃げれば追ってくるのは分かっていた。
ブレイハイドは銃火器を持っていない。
追ってくる機体に対して、即座に反転し、距離を一気に縮める。近接戦に持ち込むためだ。
そして、森林というフィールドが相手の後退も阻んでいる。
ラファル・センチュリオは、ブレイハイドに比べれば体躯が細く、耐久力はあまりなさそうだ。
だからこそ、ウィルは確信した。
『近距離の殴り合いなら負けないッスよ!』
相手は、なおも正確な射撃を叩き込んでくる。
被弾するたびに削られるが、それに耐え、強引に加速。
間合いに入った。
ブレイハイドの拳撃が、カウンターで放たれた。
軌道は敵の正面ど真ん中。
確実に当たる、そう思った。
しかし、相手のフッと笑う声が漏れた。
『―――確かに、殴り合いならそちらに分があるかもしれん』
衝突。
『な!?』
ウィルが驚愕した。
防がれ―――否、受け流されていた。
ブレードの横腹を盾に見立て、攻撃角度をそらされていた。
卓越した技量が成せる技だ。
『反転から、強襲。強引ながらも得意なレンジに持ち込もうとしたようだな。なかなか思い切りがある。だが―――』
斬光が奔った。
攻撃を受け流され、隙をつくらされたブレイハイドの左腕と武装の隙間に、ブレードの切っ先が鎧通しの要領で、苦もなく沈み、
『―――それだけではな!』
引き裂いた。
刺し込まれたブレードが、装甲と腕部の接続部を両断。
ブレイハイドは、左腕の盾を切り落とされていた。
『ふん!』
ラファル・センチュリオが、すぐさま蹴りをこちらの胴体に叩き込んでくる。
距離を離すためだ。
銀の機体が、吹き飛び、背中を滑らせ、大地の土を巻き上げる。
ウィルは、次々と襲い掛かってくる衝撃にも翻弄されていた。
気がつけば、左腕の装甲を失っていた。
同時に、またも銃口を向けられるのを感じ取った。
転がるように機体を起こし、また森林の奥へと走らせる。
……どうすれば、勝てる!?
走らせる中で、ウィルは思考する。
相手の戦闘技術が勝っているのはとっくにわかっている。
……なにか、突破口は…!
望みがあるとすれば、”解放”だ。
しかし、アウニールがいない今、それはできない。
『―――そうだ』
『!?』
思考が声によってかき消される。
黒い機体から発せられる声だった。
『貴様は、”アウニール”なしでは、なにも成すことはできない。その力は、彼女から与えられたものだ』
いつの間にか距離を詰められていた。
そして、一斉射撃がくる。
4つマズルフラッシュと同時に、ブレイハイドの装甲が削られていく。
ウィルは、残った右腕部の盾を掲げ、防御体勢をとる。
しかし、それは時間の問題でしかなかった。
森林というフィールドに慣れたのか、黒い機体が放つ銃弾は、その隙間をぬい、正確にこちらに叩き込まれてくる。
踏み込もうにも向こうは絶妙な距離を保っている。
押せば退き、退けば押してくる。射撃に有効な位置どりを崩さない。
『諦めろ。貴様に勝機など来はしない!』
脚部の装甲が砕け、メインフレームが露出し、次の瞬間にはそこに被弾。
『くあ…!』
内部機構が損傷し、脚部の出力が低下。ブレイハイドが片膝をついた。
機動力を削がれても、銃弾の雨はやまない。
……だめだ。間合いを詰められない。負ける―――
ウィルは、焦りに飲み込まれながら、操縦桿を握りこんだ。
●
”知の猟犬”の別働隊は、アウニールを連れていた。
正確には、眠っている彼女を”棺”へと入れ、特殊な処理を行う途中だった。
「―――精神係数。安定している」
「―――こちらもだ。問題なし。静かなもんだ」
”棺”はまだ開放状態だった。
処理が完了しだい、閉じられることで、彼女を強制的に眠らせることができる。
「作戦の進行状況にも支障なし。隊長と例の機体はどうだ?」
処理をしていた隊員は、傍らで戦況をモニターしている別の隊員へと声をかけた。
「予想通りだよ。相手のパイロットは素人。隊長からの攻撃が一方的に通ってるだけ。半分キレ気味だったしな」
「少し容赦なさ過ぎるな。まあ、冷静さがなくても強いがな」
その時、
――― ウィ、ル… ―――
「―――おい!、そいつ!?」
「あ?」
隊員が振り返り見たのは、
「な!?」
”棺”から起き上がったアウニールだった。
「早く、沈静プログラムを! 何するかわからんぞ!」
「わかっている!」
そう言って、隊員が端末を操作した。
しかし、
「―――くそ! どうしてだ!? 操作を受け付けないぞ!?」
金色に輝く長髪をなびかせた少女は、”棺”から降り立つ。
その視界に、周囲の隊員は入っていない。
見つめる先には、戦っている機械の巨兵。
”イヴ”か、”アウニール”か。
そのどちらかを求める者たちの戦場がある。
「―――ウィル……」
少女は呟き、両手を広げた。
風のない場で、長髪がなびき、遥か彼方へと力の”解放”を伝えた。