4-8:二振りの”刃” ●
両翼の先手は、無論、長刀を携えたシャッテンからだった。
間合いの手前で踏み込むのも一瞬、次には回転を加えた斬撃がエクスを襲った。
……見た目どおりか!
エクスは、ナイフで受けるべきでないと判断。
即座に、床を蹴って横に跳ぶ。
エクスのいた空間を、回転斬が空振りする。
ふとシャッテンの目が、ウィルと合った。
「げ!?」
というウィルだったが、
「―――テンちゃん。今は、お仕事中だよ」
チッ、と舌打ちしたシャッテンは、再びエクスに飛びかかる。
先ほどと同じ、回転した斬撃。
だが、エクスは、
「―――パワー不足のようだな」
軽く膝を沈めたかと思うと、下段から上段への蹴りを放った。
それは、シャッテンを狙うものでなく、
「ッ!?」
持っていた長刀を、彼女の手元から弾き飛ばすものだった。
正確に武器の横腹を蹴りぬき、長刀は宙を舞い、貨物の1つに突き刺さる。
同時に、
「―――動くな」
エクスは、シャッテンを捕らえていた。
首に手を回し、身動きを封じると、ナイフの切っ先を、細い首元に突きつける。
警告は、捕らえたシャッテンと、近くにいるリヒルと、光景を遠巻きに眺めているユズカの全てに対してだ。
「見事な手並みね」
ユズカが、褒めた。
その表情には焦りなど微塵もない。
……ハッタリか?
そう思いつつも、エクスは、
「親愛なる”妹”と言ったか? その命は、俺の手でどうとでもできる状況だ。さあ、こちらの要求に答えろ」
そう言った。
だが、
「お断りよ」
即答される。
そして、ユズカが続けて言う。
「あなた、”両翼”をなめてないかしら?」
「?」
「私の”断撃翼”をその程度で捕らえたと思わないことね。―――そうでしょう、シャッテン?」
エクスは、ふと捕らえているはずの少女が小刻みに震えているのに気づく。
その表情は、
「せ、せ…背中に触れるなぁーーーーーっ!」
恥じらいだった。
その叫びと同時に、服の肩部を裂いて、鉤爪の先端が飛び出す。
「なに!?」
反射的にシャッテンを放したエクスだったが、奇襲は受けていた。
胸と、右肩を浅く切り裂かれる。
両者は同時に距離をとった。
顔を真っ赤にして、呼吸を荒くするシャッテンに、リヒルが駆け寄る。
「ほーら、テンちゃん。リラックス、リラックス~」
リヒルが、その背をポンポンとたたき、落ち着かせる。
「リヒル…あいつ、許さない…!」
「まあまあ、不用意に近づいたテンちゃんも悪いよ? あの人が強いのはわかってたでしょう?」
「服も、少し破れた…」
シャッテンに睨み付けられたエクスは、傷が浅いことを確認し、戦闘続行の姿勢をとる。
すると、リヒルの笑みが、少し変わった。
これまで、柔らかかったものが、不適なものへと。
リヒルが言う。
「やはり、あなたを止めるにはこうれぐらいしないといけませんね」
そう言った瞬間には、それは宙にあった。
……マニュアル式グレネードか!
丸いシルエットをした爆発物は、すでに安全ピンを外されている。
放物線を描き、飛んでくるそれを、
「返すぞ!」
手前で蹴り返した。
グレネードは、元来た道を帰り、
「はい、ご返却ありがとうございま~す」
リヒルの手元に再びおさまった。
「不発弾…、―――ッ!!」
その瞬間、気づいた。いや、気づかされた。
いつの間にか、足元に数発のグレネードが転がっている。その全てがすでに安全ピンを外されており、
「遅いですよ~?」
一斉に炸裂した。
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てくてくと、廊下を歩いていたムソウだったが、
「あっれ~? エクス達はどこだっけか?」
迷っていた。
「こういうときは、っと―――」
ムソウが腰の黒刀の方を鞘ごと抜き、
「こいつが倒れた方向にいくかね。いざって時に頼もしい”炎月下”ちゃん」
手を離した。
倒れる。
右だった。
「よっしゃ、祭り会場を探していこうかね~」
男は、適当であった。
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爆発の煙があたりに立ち込める。
小型とはいえ、人を吹き飛ばすには充分な爆力だ。
というか、
「もしかして、やりすぎですか?」
起爆した本人が、若干焦っていた。
「大丈夫よ。この船、内部が異常に堅いみたいだから。その証拠に床が少し焦げてるだけよ」
「あ、本当ですね~。って、いないですね、彼」
爆煙が多少晴れ、先ほどまでの位置に、エクスはいなかった。
砕けたダガーが2本残されているだけ。
「…リヒル、あそこにいる」
シャッテンが、向ける視線の先―――爆風があった場所から、かなり後ろにエクスの姿があった。
「あ~なるほど。爆発寸前にダガーで、いくつかのグレネードを外側に弾き飛ばしたんですね」
「…爆発をもろに受けてない」
「じゃあ、もう一度行こうか。今度はコンビネーションでね~」
「わかった」
リヒルの手元には、すでに新たなグレネードが握られている。
シャッテンも、新たに装備した長い鉤爪を、前に突き出すように構えた。