4-7:”爆”と”断”の撃翼 ●
「―――きろ」
……誰かが、…呼んでる。
「起きろ、ウィル!」
「―――ッ!?」
ウィルの意識は取り戻した。
遅れて、自分が揺さぶられていたことに気づく。
周りを見ると、自分の部屋。
そして、目の前には、
「エ、エクス…ッスか」
眉間にしわが寄せている男がいた。
「気がついたか。アウニールはどこだ?」
そう言われて、ハッとなる。
「そうだ! アウニールは連れて行かれて…!」
「ちっ、…どっちに行った?」
「わからないッス…気絶してる間に」
エクスはまたも舌打ちし、ブリッジに連絡を取った。
「―――おい、ヴィエル=マッドレス。聞こえているか!」
返答はすぐに来た。
『―――はいはい。そんな大きな声で怒鳴らなくても聞こえますよ。なんですか?』
「艦内に侵入者だ! そちらで何か気づいたことはないか!」
『ん~…特には…、―――って、わ! 撃沈追加ですか!? 機関部に当てただけ!? よくそんな器用な真似が―――』
明らかにこちらの用件とは関係ない会話をしているのは分かる。
若干イラつきながら、
「…おい、まだか」
『あ、すいません。―――確認してますけど、監視カメラにも不審人物は映ってませんね』
「くそっ!」
エクスが、拳を壁に叩きつける。
敵は相当に錬度を積んでいる。
完全に後手に回ってしまった、と。
敵の侵入口はおろか、退路すら予測できない。
その時、
『―――壁をそう簡単に殴るな。修理代を払うなら別だがな』
新たに通信が割り込んできた。
展開したウインドウに映し出されたのは、いつもどおり涼しい顔をした礼服男の顔。
「―――ヴァールハイトか」
なんの用だ、と言わんばかりの表情のエクスに対して、ヴァールハイトは、普段と変わらぬ口調で話す。
『侵入者はこちらで捕捉している。向かっているのはおそらく―――”0番格納庫”だ』
その言葉を聞いて、
……ソウル・ロウガのある格納庫…!
『―――急ぎたまえ』
「言われるまでもない…!」
エクスは再び駆けだそうとして、
「……」
一瞬振り返った。
そこには、座り込んだ姿勢のまま、うつむいているウィルの姿。
その内にある思いは、たやすく読み取れた。
だが今は、先にすべきことがある。
「―――ウィル、俺は行くぞ」
それだけ言って、エクスは通路を駆けて行った。
●
『……貴様は行かないのか、大飯食らい』
開いたままの通信から放たれた言葉に、ウィルは目をあわせられない。
うつむいたままだ。
……自分は、何もできなかった…。
一方的に叩き伏せられ、なんの抵抗もできず、アウニールを奪われてしまった。
「社長…俺がいってもなにも―――」
技量、実力において、勝てるはずがない、と。
相手は軍人。こちらは一般人。
自分が、多少体力があるだけの素人に過ぎないのだという現実を、明確に見せ付けられた。
『―――できないか』
ヴァールハイトは、言葉を継いで、言った。
「……」
沈黙が肯定だった。
身体は動く。
走ることもできる。
しかし―――先に踏み出すことができない。
『実力で負けた。それで引き下がるのか? 貴様は』
「追っても足手まといになるだけで―――」
『―――今、エクスはどう言った』
ヴァールハイトは、ウィルの言葉を遮るように言った
『―――貴様が足手まといだ、役立たずだ、と言ったか?』
その言葉に、
「エクスは―――ッ!」
失意に沈んでいたウィルの目が光を取り戻した。
……そうだ、エクスは―――
駆け出す前に、こちらを一瞬だけ見たのだ。
その目にあったのは、”侮蔑”でも”蔑み”でもなかった。
その反対。
ただ、
――― 俺は行くぞ ―――
彼は、相手が誰であろうとひるまない。
実力があるだけではない。
すでに知っているのだ。
『ウィル、人の”力”とはなんだ? 腕力か? 戦うための技量か? お前は、その答えを持っているか?』
「答え…」
『お前はバカだ。バカだからこそ、思考するな。バカの思考はただ邪魔なだけだ。思考に適した人間と、そうでない人間がいるとするなら。貴様は間違いなく後者だろうな』
「あのぅ、あんまりバカバカ言われると傷つくんスけど!?」
『貴様は天才か?』
「いや、そういうわけでもないッスけど」
『ならバカでいい。バカならバカらしく、思うとおりにやってみろ。何にも囚われず、やりたいことを全力で。その程度もできない人間を、”カナリス”の人間として雇った覚えはない』
ウィルは気づいた。
バカであることは、短所ではない、と。
特別な技量などいらない。
できないことを期待するな。
どうあがいてもできないのだから。
……なら、できることを…!
『思い込むな。それは、望む答えを見えなくする行為だ。覚えておけ、自分が負けを認めず、そして命ある限り、それは敗北ではない』
ウィルは、四肢に力を込めて、勢いよく立ち上がった。
アウニールの表情を思い出す。
恐怖に震え、泣く少女を。
過去に何があったとしても、
……俺は、全部受け入れるって決めた。
決意を固め、拳を握る。
……そうだ、自分で選ばないとダメなんだ。
「社長…俺、行くッス。アウニールと、自分のために!」
エクスの後を追い部屋を飛び出した。
『…そうだ。弱さを逃げる理由にしない分、少しは成長したようだな。―――ウィル』