4-6:”使命”を求める者 ●
……なんだ?
エクスは、データを進める手を止めた。
「どうした?」
どこともしれない遠くをうかがうような気配に、ムソウも気づく。
しかし、答えは返さず。
「……」
ジャケットを翻し、コンテナから飛び降りる。
そして、近くの端末へアクセス。
「―――ブリッジ。応答しろ」
『―――はい、なんでしょうか?』
返答はすぐに来た。
ヴィエルだ。
「艦内への侵入者はいないか?」
『侵入者ですか?この高度で?』
「そうだ」
しばらくの沈黙。確認中だ。
そして、
『―――やっぱりなんの反応もないですね。何かあったんですか?』
思い違いか…、とエクスは考えるが、
『…あれ?誰か、今さっきハッチ開きました?』
「なに…?」
『いや、3番格納庫の貨物用のハッチ付近の気圧が数十秒だけ変動した記録があるんですけど…開放履歴はないし―――って、どこ行くんですか!?』
それを聞いた瞬間、エクスは確信し、反転して駆け出した。
……やはり来ていたか!?
気圧変動が確認されているのに、ハッチの開放履歴がない。つまり―――ハッキングされたということだ。
この高度まで、どうやって上がってきたのかは分からないが、敵はすでに入り込んでいる。
狙いはおそらくアウニールの確保だろう。
「間に合うか…!?」
エクスは、アウニールの部屋へと急ぐ。
●
ウィルは、見知った顔ぶれに驚きを隠せずにいた。
「確か…ユズカさん、でしたっけ?」
緑のショートボブの女性は、その問いを受け、微笑み、
「ええ、そうよ。覚えててくれたの?嬉しいわ」
いや~、とアウニールにマウントされたままの状態で照れる。
「邪念―――ふんっ」
「でばぁっ!?」
アウニールからの鉄拳を再び受けた。
一応、マウント解除。腹をさすりながら立ち上がる。
「それに、リヒルに……シャッテンさんまでどうしてここにおられるのでしょうか?」
その問いは、殺意で返される。
「…ここで会ったが100年目」
シャッテンの服の袖から、明らかに収納できないはずのサイズの長刀がスラリと見えた。
「い、いきなり死の予感!?」
ウィルが戦慄していると、新たな人物が3人をかきわけるように、後方から現れる。
「―――貴様らは手を出すな」
セミロングにクセ毛の少年だった。ウィルと同い年か少し上ぐらいかもしれない。
エクスと同種の刃物めいた気配を感じた。
「はーい。テンちゃん抑えて抑えて~」
「リヒルが言うなら…」
2人が1歩退き、代わりにクセ毛の少年が先頭に立つ。
そして、手を差し伸べて言った。
「こっちに来い、”イヴ”。お前を迎えにきたんだ」
●
その言葉に、アウニールはどこか懐かしさを覚える。
―――来いよ、イヴ。迎えにきたんだ―――
聞いたことがある。ずっと昔に。
忘れてしまった、欠片すら失ってしまったずっと昔に。
でも―――思い出せない。
ずっと、待っていて、恐れていたような、その言葉。
「私は……アウニールです」
振り絞るように、そう返した。
奥底から湧き上がりかけた、何かを抑え込み、その言葉をかろうじて返す。
「やはり、記憶はないのか。いや、そうだろうな…」
少年の声は、どこか悲しそうだった。
大切なものを失ってしまったかのうような哀愁を漂わせる。
しかし、それも一瞬。
すぐさま、表情を戻し、
「…俺と来い。ここは、お前のいるべきところじゃない」
少年が、歩を進める。
対するアウニールは、
「……ッ」
後ずさった。
拒絶を示したのだ。
クセ毛の少年が示す”いるべきではない”という言葉に。
「私は……」
目の前に歩み寄ろうとしてくる少年が怖い。
待ち望んでいた言葉をかけてもらったはずなのに。
「”イヴ”俺たちが帰る場所はもうないんだ。―――あの日、全部、失われてしまったんだ」
少年は語りかけるように、一歩。
「あの…日?」
「そうだ。俺はお前を生かすために、ある男と契約を結んだ」
一歩。
「生か、す…? 私は、どうしたの、ですか…?」
尋ねてはいけない気がした。
少年は続けた。
「お前は―――、一度、死んだ」
その言葉を聞いた瞬間、
「―――あぁ……いやああああああああああああっ!!」
アウニールが目を見開き、絶叫を放った。
頭を抱え、その場にうずくまる。
「いやあっ!! やめてえええっ!!」
恐怖に怯え、自らの身体を抱きしめる。
その目からは、とめどない涙があふれる。
……そうだ、あの時、あの事故で私は…!
焼け落ちる残骸。
人々の悲鳴。
世界が一瞬で崩れ去ったあの瞬間。
知った。
―――死ぬ、と。
「ううぅ…。いやぁ…、いやだいやだいやだ…!」
フラッシュバックに怯えるアウニールに対し、リバーセルは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。
ある種の後悔に似たものだ。
「……思い出させたくはなかった。だが、下手に暴れられても困る。荒療治だ。…許せよ」
そう言って、また一歩を踏み出そうとした時、
「させないッスよ」
アウニールの傍らにいた少年が、前に出た。