4-5:朝霧の”開戦”【Ⅲ】 ●
リバーセル、ユズカ、リヒル、シャッテンの4人は、黒光りする巨大な艦を頭上に見上げていた。
場所は、両陣営の間を隔てている山周辺の樹海の中。
霧の立ち込める朝方で、山の上であるため気温も低めだった。
「うぅ……寒い」
「テンちゃん、我慢我慢~」
寒さが苦手なシャッテンは、身体を震わせながら耐える。
「本当に寒いの苦手ね、シャッテンは」
ユズカが生まれたての子猫へ送るような微笑みを向ける。
リヒルが、再び頭上の巨大艦を見つめ、
「”カナリス”ご自慢の”シュテルンヒルト”は、やっぱり大きいですね~。デザインも金の装飾がまた金持ちっぽい」
若干皮肉混じりの言葉だった。
「社長のヴァールハイトは、意外と見栄を気にする男なの。でもそれって大事なことよ。人間ってまず見てくれの印象で決まるから」
「そういうものなんですか~?」
「あなたが彼氏に会う前に、思いっきりおめかしに悩むのと同じ」
「あ、わかりやすくていいですね~」
「そうでしょう?」
そのやり取りに、シャッテンの目が、キラリンッ、と光って鋭くなる。
「…リヒル、彼氏ってアイツのこと?」
「もうっ、テンちゃんたら~。そうに決まってるよ~♪」
ニコニコ少女は、赤らめた頬に両手をあて、肯定の意味合いで恥ずかしそうに左右にユラユラ。
「…抹殺対象、確定」
無口少女は、表情に影を落とし、”リヒルの彼氏”なる人物を脳内暗殺表(公私混同)にリストアップ。
「シャッテン、リヒルの彼氏を抹殺するといろいろ問題なるわよ?」
「…大丈夫、証拠も骨も残さない」
「それより問題があるわ」
「…なに?」
「リヒルに嫌われる」
「………………じゃあ、他の方法を考える」
「やめる、と言わないあたり、あなたらしいわね」
1人恥ずかしさにユラユラ、1人嫉妬にメラメラ、1人微笑ましさにクスクス。
そんな状況に、
「―――貴様ら、まじめにやる気があるのか」
額に青筋をたてたリバーセルが、静かな怒りを込めて呟いた。
「当然よ。本番前の緊張をほぐす意味でもこういった会話は必要だと思うわよ、隊長さん」
「その割には、やけに馴れた日常会話に聞こえるんだが?」
青筋1つ追加。
それでもユズカはクスクスと笑い、
「そうカリカリしてると禿げるわよ? 若白髪とか見つけた日の絶望について、”知将軍”にても聞いてみたら参考になるかもね」
「知るか、だいたい俺が隊長になってからは”知将軍”に直接会ったことがない」
「先代の”王”が亡くなってから”知将軍”が、その職務の半分を一時的に引き継ぐ体制になっている。仕方ないことかしら? 目が行き届きにくくなったから、こうやって好き放題に部隊を動かせる」
「…何が言いたい?」
「”知将軍”は、この作戦を知っているのか疑問なのよ」
「当然だろう。直接会わないとはいえ、作戦内容を了承する書面が届いている」
「誰から?」
「何度言わせる気だ? いちいち勘にさわる女だ」
このとき、リバーセルには見えていなかった。
ユズカの表情が、険しくなっているのが。
それでも、次の時には普段の調子に戻り、
「ま、いいけど。―――そろそろ行きましょうか」
そう言って、真上に停止した黒い戦艦の底部へと目をやる。
”知の猟犬”の部隊は全て、別地点で待機している。突入するのは、より動きやすいように4人だけだ。
ユズカは、手にした”日傘”を、掲げて、開放した。
「―――楽しい共同作業といきましょう」
風が吹いた。
●
「―――ふふふ、まさか”西”が支援についてくれるとは、運が向いてきたな」
ボスは、上機嫌だった。
大柄のその身には、少しばかりサイズの小さい艦長席に座り、望遠モニターに映し出された黒い航空艦を見ている。
「まあ、非公式です。表向きには、関与していないと言い張るつもりでしょうから、ここから先は我々しだいでしょうね」
隣の会計が冷静に言い、人差し指でメガネのズレを直した。
「これだけで充分ってぇもんよ! あの時の雪辱を晴らすチャンスには違いねぇ」
「シュテルンヒルトが落ちると、”ウォ-ルペイン”はおろか、他の町への物資供給が混乱することはお考えですか?」
「なーに、何も墜とそうってんじゃねぇよ! ちょいと脅かして、”カナリス”の連中だけにでかい顔できないようにしてやればいいんだよ! そうなりゃ、こっちのもんだ!」
「ほぉ、後々のことも考えているんですね。珍しい」
「だろう! それにこっちには一昔前の型とはいえ、プラズマ砲が載ってんだ!まさか、戦おうなんて相手も思わねぇだろうよ」
「まあ、直射熱兵器ですから、狙って撃てばすぐに命中ですし、シュテルンヒルトはかなり前の旧式大型艦ですから、耐熱障壁加工も難しいでしょうが…」
言いよどむ会計。
心配事は尽きないようだ。
しかし、ボスは天井を仰ぎ、笑い飛ばす。
「ぶはははは! こっちは3隻だぞ? こんなんでも空艦乗りの端くれだ。スピード、火力が勝る方が圧倒的に有利! それぐらいわからぁ!」
そう言って、前方に布陣している2隻への通信を開く。
「ようし! 準備はいいか、お前ら!」
『―――いつでもいけますぜ!』
『―――ちょいと弱いものいじめみたいで気が引けますがね。ヘヘヘ』
代理艦長の部下2名が、意気揚々に応じる。
「初めに軽く威嚇してやれぃ! どっちからでもいいぞ?」
『―――んじゃ、こっちからやってやりますぜ! ―――充填完了! そーら、いっ―――』
ぱつめ、と続けようとしたとき、
突然の爆音が、大気を震わせた。
「……へ?」
ボスの視線の先。右翼に展開していた部下の艦後部から、突如として炎を吹き上げて、高度を下げていく。
「なにぃぃぃぃぃっ!?」
『―――ボ、ボス。機関部に被弾しちまいましたぜ!? 敵の攻撃だ! 不時着しますぜ!』
「そんなわけあるかい!? 榴弾ならこっちより射程は短いはずだぞぉ!?」
すると会計から、トントン、と肩を叩かれる。
「ボス、ひとつ間違っています。互いに射程距離には入っています。違うのは、攻撃角度ですよ」
「どういうこったい!?」
そう言った矢先、
「ボス! もう一発来るぞ!?」
操舵をしていた部下が、叫び声をあげる。
それと同時に、赤く灼熱した榴弾が飛来してきた。
「ぬおおおおおお!?」
しかし―――外れた。
榴弾は、艦の右の空間数メートルの位置を素通りして、地表に着弾し、眼下の針葉樹林を粉砕しただけだった。
「な、なんでだ!? というか先制攻撃かいぃっ!?」
「このままじゃ、狙い撃ちですね。早いところケリをつけたほうがいいかと」
会計は冷静に提案した。
「当たり前だ! 奴らどこだ!?」
「山をはさんだ向こう側です」
「よし! 急いで相手を射線に入れろぃっ! 目にものみせてくれるわぁ!!」
ボスが攻勢に乗り出した。
●
シュテルンヒルトのブリッジでは、
「―――よーし、まずは1隻墜としたわい! 他愛もないわ!」
発射計算を行った老兵が親指をたて、ガッツポーズをとる。
すると、となりにいた老兵がチャチをいれる。
「なーにを得意げになっておる! 2発目を景気よく外しおって! わしならば、すでに2隻ぶちぬいとるわ! へたくそ!」
「ふん! 元”西”の老兵ごときが、”東”の放物弾道計算技術をたやすくできると思うなよ? これは、まさに職人芸よ!」
3人目の老兵が、現状から敵を知る。
「敵艦はプラズマ砲を備えとるか。なら、一撃もらわなければいいだけの話じゃ!」
「おうさ! プラズマだか、ブラジャーだか知らんが、西の戦艦などこの程度じゃわい!」
「敵はおそらく、自分の戦艦を扱いきれとらん! フライングなホエールよ!」
言いながら、砲弾管理室への通信を開く。
「次弾装填状況を知らせぃっ!」
応答は、管理室の砲弾老兵から、
『―――すでに完了しとるわ! さっさとかませ!』
よしと、計算老兵に向き直る。
「そーら、計算遅れとるぞ!」
「そう急かすな! この角度が肝心だわい……よし、これでよい! 撃てぃ!」
「ハーイ!! 発射じゃあ!!」
そんな老人達を見ながら、隅っこにいたヴィエルは、
「ハハハ、皆さんテンション高いですねぇ……」
乾いた笑みを浮かべていた。
プラズマ兵器に比べれば、攻撃速度、継続火力で劣る榴弾砲。
しかし、榴弾にしかできない芸当もある。
それが、障害物越しの”曲射砲撃”だ。
弾道の緻密な計算、敵の進路予測、榴弾の射出タイミング、そのどれが欠けても実現不可能な攻撃手段である。
かなり昔、人型機動兵器がまだなく、艦砲戦が主力となっていた時代には、この連携技術を極めた戦艦が戦場を制すると言われていたらしい。
互いの信頼、卓越された錬度、高度な連携術が要求されるのだが、
「いや~、久しぶりだな。スリルあって楽しいな~♪ 野郎共! ドンドンぶっ放せ!」
「了解!」 「御命のままに!」
笑って、騒いで、悪態つきながらやってのける老兵達は、やはり凄い。
伊達に生きているわけではない。
シュテルンヒルトは、この老兵達のために旧型のままにしてあると、前に聞いたことがある。
人間が実力を発揮するためには”新しさ”ではなく”慣れ”の方が重要なのである。
慣れ親しみ、扱い方を極めているならば、そこから派生する戦術への応用は無限に近くなる。
それを体現しているのが今の状況というわけだ。
ヴィエルが、額に一筋の汗を流し、そっぽを向いて、
「なんというか、相手、かわいそうに……」
その呟きは、血の気の多いハイテンション共があげる声の群れに埋もれていた。