4-5:朝霧の”開戦”【Ⅱ】 ●
3人は、怪訝な顔をした。
「なにこれ? 毛の神様?」
「いや熊じゃないですか?」
「…こんな猛獣を昔しとめたことがある」
口々に第一印象を述べる。
すると、ウインドウの向こう側から話し声が聞こえる
『―――ボス。画面が拡大されています。それでは相手には顎鬚しか見えませんよ?』
『そ、そうなのか?』
拡大が調整され、ようやく相手の全貌が明らかになった。
ゴーグルをかけ、顎鬚をたっぷりと蓄えた大男だ。
「やっぱりコイツか…」
エンティが小声で、呆れ声を漏らす。
「知ってるんですか?」
ヴィエルも、一応あわせて小声。
「コイツが前に撃ち落とした義賊のボス」
「ええ!?」
そんな会話は露にも聞こえないボスは、
『む、そこの幼い嬢ちゃん! ヴァールハイトさんはどこだい? ちょっと呼んで来てくれるかな?』
エンティの指差してそう言った。
「……もしかして顔知らないんですか?」
「まあ、”カナリス”で顔割れてるのって、社長ぐらいだしね」
「どうするんですか?」
「そうだね、こうしようか」
そう言って、エンティは相手に向かって、
「―――おじちゃん、だーれ? しゃちょーさんにヨウジあるのー?」
子供スタイルで話しかけた。
……うわ、この人怖っ!
とヴィエルは思った。
あたかも無垢な子供を装い、相手から情報を引き出そうというのだ。
彼女ならではの、相手の良心につけこむという外道作戦である。
そして、思惑どおり、
『おう! ちょいと社長さんにガツンとかましてやりたくてな!』
襲撃宣言である。
「…敵艦内の出力あがっとるぞ」
「まずいですよ! プラズマ砲来ますよ!?」
慌て気味のヴィエルであったが、エンティは冷静だった。
「大丈夫だって。あいつらいい奴らだから」
ヘっ、と鼻を鳴らし、目を細め、微笑を浮かべる。
もちろんウインドウ越しに見えないようにだ。
すると、相手から、
『安心しろお嬢ちゃん! 俺達が用があるのはヴァールハイトという男のみ! その男がこの場で土下座して謝るなら許してやらんでもないぞ!、と伝えてくれ! それまでは手を出さないと約束するぞ!』
その言葉を聞いた後、エンティは再び子供モードになる。
若干の上目遣いで、
「ほんとー?」
と問いかける。
『ああ! 俺は約束は守る男だからな! ウハハハハハ!』
「わかったー。よんでくるねー♪」
チャイルド言葉を送って、子供っぽく、こちらから通信を切る。
ヴィエルは、
「…相手、身なりは汚いですけどいい人ですね」
そうほのぼのしている。
方やエンティは艦内通信を開き、ゴホン、と咳払いすると、
『―――え~、艦内の皆さんにお知らせします。敵艦が出現しました。これより物資護衛という大義名分を得た我々は、あ・く・ま、で正当防衛のため、敵を八つ裂きにして、粉微塵にします』
隣でヴィエルが、へ?、と目を丸くしているのは気にも止めず、
『艦長命令です。指揮官組じいさん達は、ブリッジ集合! 溜弾装填組は、好きなだけ火薬さわってよし! 落っことさないように! ―――総員、宴の準備だ!』
通信終了。
ふぅ、と笑顔の外道幼女に、ヴィエルが食らいつく。
「ちょっと!? 戦闘回避するんじゃないんですか!?」
その言葉に、は?、という表情が返答。
「何言ってるの? せっかく獲物が来てくれたのに、追い返すなんて商業魂が許さないよ。フフフ…」
「目に影を落として明るい笑顔をするなぁ!」
エンティの肩を掴んで、ガクガク揺らすヴィエル。
すると、ブリッジの扉が勢い良く開け放たれ、
「―――エンティ嬢! 宴会場はここかぁ!?」 「―――火気管制は任せい!!」 「―――敵艦情報の分析を担当しよう!」
指揮官組じいさん達がやってきた。
「はやぁっ!?」
「あ、よろしく。久しぶりに血を滾らせるかね! 返答!」
「了解!」 「御命のままに!」
ヴィエルは、
「うわぁ…この人達ノリノリだぁ…」
もはや自分には止められないと悟った。
艦内のどこからともなく歓声が聞こえてきた。
●
格納庫にいたエクスは、艦内がバタバタとあわただしくなっている中、いつもどおりコンテナの上に座っていた。
この騒動に無関心なわけではない。
証拠にブリッジから送られてきたデータを見ている。
”西”の小型戦艦…と聞いて、新しい手がかりの布石となるかと半ば期待していたのだが、
「―――廃棄された旧型艦だと…?」
そう言って、下に立つムソウを見る。
ああ、とムソウが肯定し、手元のデータを見つめる。
「こいつは、”朽ち果ての戦役”よりもかなり前に運用されてた艦だな。昔、何隻か沈めた記憶がある」
その言葉を聞いているのか、いないのか。
エクスは、次のデータを展開し、目を通す。
この空域の仮想マップだ。大まかではあるが地形把握には充分である。
……山岳地帯だが、シュテルンヒルトが隠れられる場所は1箇所に限られる、か。
前方にある山を越えた先に敵艦はいるようだ。
つまり、そこに行くまでに何か手を打つ必要がある、ということだ。
「敵艦の主武装は、”プラズマ砲”か…?」
「お? 知ってんのかい?」
ムソウが半目で、伺うような視線を向ける。
勘ぐられるのが気に食わないエクスは、
「……少しな」
目を合わすことなくごまかした。
ほぉ、とムソウは、いぶかしむ感じではあったが、続ける。
「お前さん、シュテルンヒルトに勝ち目あると思うか?」
「ないな」
即答。
ムソウも同意する。
「シュテルンヒルトは、敵艦よりも旧型だ。見る限り改修もされてるみたいだが、それでも主武装は時代遅れどころじゃない”実体榴弾砲”。戦艦がプラズマ砲持ってるのが当たり前のご時勢には、明らかなご老体ってわけだな」
「まともにぶつかれば勝ち目はない、か」
「そうだな。まともにぶつかれば、な」
エクスにも、その言葉の意図は理解できた。
それが今の落ち着きの根拠でもあるわけだが。
むしろ気になっているのは、
「…何故西の旧型艦がこの場にある?」
「さあ? 横流しでもされたのを手に入れたんじゃねぇの?」
廃棄予定の艦の横流し。たまにあるらしい。しかし、
……たいていは金持ち共が買うぐらいだろう。
”ウォ-ルペイン”は、都市とは言われてはいても、実際は巨大市場に近い。
一応、管理者はいるようだが、それでも手に負えない連中が集まると聞いている。
その連中も裕福ではない。
なら、それがどうして横流しの戦艦などを手に入れられたのか?
……なにかあるな。
エクスは、そう直感していた。