4-5:朝霧の”開戦” ●
シュテルンヒルトは、もうすぐ城西都市”ウォールペイン”を視界に捉えようとしていた。
定期物資の輸送、ということで年間航路の1つにもなっている。
「―――ヒマダネー」
珍しくブリッジにいるエンティは顎をテーブルに乗せ、呟いた。
一応、艦長的立場なのでいるが、操舵は無口な老人が担当しているので、実質ここでやることはない。
「もうっ、”ウォールペイン”は治安が悪いんですから、しっかりしてくださいよ?」
近くで、スケジュールチェックをしていたヴィエルが、半目で言う。
「なんか最近刺激足りないと思うの。そうだ、ねぇ操舵士のおじいさん。ちょいとバレルロールしてみて」
と、エンティは腕をグルグル回して合図する。
「何をバカなことを…」
とヴィエルが呆れる。
すると、
「……いいんだな?」
操舵爺さんの目がキラリと光を放つ。
「やめてくださいよ!?」
ヴィエルは思う。これは本気の目だと。
「…戦場では、上官の命令は絶対だからな」
「この幼女の形した有害生物の言うことは聞き流してください!」
慌ててそう言われ、
「…仕方ないな」
操舵爺さんは、通常航行を続けた。
まあ、無理な注文だとは分かっていたのだろう。
「ちっ、余計な真似を…」
「舌打ちしない。だいたい、バレルロールなんかしたら積荷が凄いことになるじゃないですか」
「ねぇ、お昼まだ~?」
「人の話を聞きなさい!」
「じゃあさ、なんか面白いことやってよ」
「え、私が?」
「そ」
「いきなり言われたって…」
「ホレホレ早く~」
「やりません! ていうかその怪しい動きをやめんかい!」
まったく…、と呟き、ヴィエルがまじめ路線に戻る。
「そんな抜けてて大丈夫なんですか? 結構前ですけど、この空域で空賊と民間船の艦砲戦あったって聞きますよ?」
「ああ、そういえばそんなこともあったね」
「民間船が無傷で勝利収めて、その時の新聞に”凶悪民間船現る!”とか”無傷民間VSボロクソ空賊!賊はどっちなんだ、お前ら!?”とか、でかでかと一面飾ってましたよ?」
「そうだね。派手で楽しかったよ。次にきてもコテンパンにしてやるけど」
「だから気をつけないと……ってその”民間船”って”シュテルンヒルト”のことですか!?」
「え、知らなかったの?」
「初耳ですよ!」
「まあ、社長とアンタは別のところの商談に行ってたからね。こっちで処理したよ」
「相手、”カナリス”だって分かってたんでしょうか?」
「たぶん知ってたと思うよ? その時の積荷って、悪徳商人の密輸物資だったみたいなんだけどそれ狙ってきたから義賊かもね。容赦なく撃沈したけど」
「鬼ですか。この悪党」
「まあ、輸送させて、”シュテルンヒルトは密輸物資を運んでる”とか疑惑の声出させたかったみたいだけど、そこは社長が裏で根回しして、その商人の企業を破産させたわけ。それで一件落着」
「エグい…」
「悪党は根っこから絶やさないと消えないからね。ま、”カナリスに手を出すとこうなる”ってのを社会的にも広めたから、それ以来めっきり艦砲戦しなくなってね。ヒマナノー」
「あなた、私と別れてから数年の間に変わりすぎですよ…。ていうか別人?」
「考えすぎじゃないのー?」
「昔はいつも私の後ろにちょこちょこついてきたのに…」
「そういうソッチも変わったじゃん。メガネなんてかけて属性開発しおって」
「属性っていう意味はわかりませんけど、これ伊達です。社長が”これをつければ君が呼吸をするように放っている威圧感を緩和できる”とか言ったので」
「そうだね。メガネかけてないと、”ぶっ殺す!オーラ”出すもんね」
「……そんなに殺気だしてましたか?」
「眼力で岩貫けそうなぐらい」
「そこまで!?」
「メガネって偉大だね~。エクスにもつけさせようかな」
「あ~、彼も結構、殺気出してますよね」
「気が合うんじゃないの?」
「いや、私、殺気を向けられる側になるのはちょっと…」
「同類相容れぬ、とはこのことか…。同属性ゆえに反発しあうと」
「なんか身も蓋もないこといってません?」
「気にしない、気にしない。それに―――」
そんな会話を続けていると、
「……おい、お前さん方。前方に何かおる。…戦艦か?」
操舵爺さんが、声だけで状況を伝えてきた。
え?、と会話を打ち切り、エンティとヴィエルの注意は前方に向けられる。
操舵爺さんは、すでにコンソールを操作。
シュテルンヒルトに搭載された空間認識のグラフィックが、前方にいる艦影の分析用簡易ホログラムを形成した。
「これって…”西”の戦艦?」
「いや、だいぶ小さいね。シュテルンヒルトの3分の1くらいかな。それに、今は使われてない旧型っぽいね」
「それがなんでこんなところに?」
「分からなーい」
「のんきですね…」
方や首をかしげ、方やため息をつく。
するとまた操舵爺さんから言葉が来た。
「…通信きとるぞ。おそらく前方の艦からじゃろうな」
「なんて言ってる?」
「…”ヴァールハイトにつなげぃっ”といっておる」
「ふ~ん」
どこ吹く風といわんばかりの表情のエンティに、
「あの、社長呼ばなくていいんですか…?」
「社長が出張るほどでもないと思うな。いまので大体誰かわかったし」
つないで、と一言告げると、操舵爺さんが無言で機器を操作した。
すると、
『―――おう!? ヴァールハイトかぁ!?』
展開されたウインドウ一杯に、謎の毛玉が映し出された。