4-4:愉快、豪快、”お先暗い?” ●
城西都市”ウォ-ルペイン”―――
過去に、西国の軍事拠点として使われていたが、山岳に近く、ライド・ギアが配備されてからは無用の長物となり、廃棄された経緯がある場所である。
とはいえ、拠点として使われていただけあり、各種設備も豊富で、商人が少しづつ集まり独自のコミュニティを確立した都市。
都市とはいっても、かなり小規模で、治安も悪い。現在では、賊のたまり場にもなっており、相当なトラブル回避力のある以外の一般人は、あまり近寄らないところだった。
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街唯一にして、巨大な酒場を、その男達は独占していた。
「―――おっしゃあぁぁぁぁっ! もう降参かぁっ!!」
剛毛たるあごひげ、禿頭の頭にはバンダナ、目には四角いゴーグルの大男が歓喜の声を張り上げた。
空になったジョッキをテーブルに叩きつけるように置くと、机に突っ伏していた対戦相手が床に力が抜けて崩れ落ちた。
「うはははは!! 今日もボスの圧勝だぁ!」
「いやっはーっ!!」
「よっ! さすが、我らがボス! いつみてもいい飲みっぷり!」
周りの同じくゴーグルをかけた男達が、手を鳴らし、指笛をかき鳴らす。
機嫌をよくした大男―――”ボス”は、周囲の歓声に対して見せ付けるかのごとく、もう一杯、ジョッキビールを一気飲みにする。
「―――う、ぷはぁっ! 最高だぜ! そうだろ、やろう共ぉ!」
『おおおおおおおおおおおおっ!!』
一際歓声をあげる一団を周囲の人間は遠巻きに眺めていた。
迷惑そうな顔をする者。
雰囲気を楽しむ者。
そっちのけで他者との情報交換を進める者。
この場に集まる人間は様々だ。
しかし、1つだけ、大半の人間に共通する点がある。
”危険な自由人”―――
西と東。その2大国における数少ない共通言語。
独自の金稼ぎのために日夜活動する者の総称。
それに該当する者達がこの場の支配者だ。
「―――よっしゃ! 答えろ、野郎共! 俺達は誰だ!?」
その言葉を合図として、ボスの手下達総勢12名の内、11名が、同時に手を振りあげた。
『でっけぇ夢ある空賊”バディル団”!』
「欲しいものがあれば!」
『腕っ節でいただくだけさ!』
「金も女も!」
『大切に!』
「だが、忘れちゃいけねぇ! そいつはなんだ!」
『貧しきからは奪わねぇ!』
「強い奴には!」
『容赦しねぇ!』
「合言葉は!」
『男ならロマンに生きろ!』
「うははははははは!」
ボスは手下との友情に笑った。
「最高だぜ! ボス!」
「俺はあんたに一生ついていくさ!」
「ロマンをどこまでも追いかけようぜ!」
手下もまたボスとの友情に歓喜する。
しかし、
「……あ~、ボス。それくらいにしといてくださいよ。勘定する身にもなってください」
唯一乗り気でない手下1名からそんな声が漏れた。
周囲の男達より若干小柄で、メガネをかけた少々インテリ風な”会計”係だった。
「あ~ん? なんだ、おめぇ、全然飲んでねぇじゃねぇか!?」
「ボスが最期に飲んだやつが俺のですよ。ほら、今持ってるジョッキのことです」
その言葉を受け、ボスが手持ちのジョッキをしばらく見つめて、
「そーか、そーか! わりぃな! じゃあ、追加注文してきてやるからよ!」
「お金…どこから出す気ですか?」
その言葉に、ボスが、うぇ?、と妙な声を漏らす。
はい、と会計から渡された計算機に書かれた金額を見て、
「……なんだ、まだ全然じゃねえか」
と余裕の笑みを築く。
「あ、”0”を2個付け忘れてました」
「ぬあにいぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
と余裕の笑みが崩壊する。
酔いが一気に醒めたのか、計算機を見つめて愕然となる。
「……ボス、クリアボタン押しても現実の支払いは残りますよ? また計算するの面倒なんでやめてください」
「お、おう…」
ボスがションボリすると、周りの部下も連動してションボリになった。
急に酒場のボリュームが下がった。
「夢追う前に、仕事捕まえてください、というと嫌味ですか?」
会計の追い討ち。
「いや、おめぇの言うとおりだなぁ…最近は、柄の悪い欲張り共もほとんどいなくなっちまったしなぁ…稼ぎどころがねぇなぁ…」
ドカリ、と椅子に座りこみ、天井を仰ぐボス。
「ボス! 落ち込まないでください!」
「明日がありますぜ!」
「おれ、明日アルバイト探してきますから!」
手下が励まし、
「お、お前ら…!」
ボスは涙した。
「こうなったのも、あの”カナリス”のせいですぜ」
「そうだな。あいつらが、運送業をほぼ一手に担うおかげで、金持ち共の積荷を襲いづらくなったしな」
「それに、あの”カナリス”の社長のヴァールハイトってのは、結構な金の亡者だ。あくどいことも裏でやってるかもしれないぜ」
「おまけに付き合いの長い女までいるらしい!うらやましいぜ!」
「マジかよ!?」
「ゆるせねぇ!!」
「あの金の亡者に鉄槌与えてやりましょうぜ! ボス!」
これは八割八つ当たりだな…”八”だけに…、と会計は思ったが黙っておいた。
手下は威勢満々だったが、
「そうだなぁ…しかしなぁ…」
ボスはかなり弱腰だった。
無理もない。彼らには航空艦がない。
彼ら”バディル団”は空賊でありながら、空賊でない状態なのだ。
それというのも、
「…前ので”シュテルンヒルト”に落っことされたからなぁ…」
というわけだった。
すかさず会計が一撃。
「仕方ありませんよ。元々白兵戦がセオリーの我々が、相手を甘く見すぎて、近づかせてもらえずノーチャンで撃墜されました。この上なく、圧倒的な完敗でしたね」
「ぐおぉ…心の傷が抉られるようだぁ…!」
『大丈夫ですか!? ボス!?』
会計は、はぁ、とため息をつき、続ける。
「とにかく、”カナリス”の活躍で物資の大半が安全に空を飛べるようになった以上、空賊やるには限界があります。ですが、我々は気の知れた仲間です。どうです?ここいらでまじめに働くことを考えては?というか、ここの支払い済んだら無一文ですから、どの道、金作る手段考えないといけませんけどね」
ションボリボスは、その言葉を受け、
「そうだな…ロマンよりまず現実だよなぁ…すまねぇな、お前ら。こんなに苦労かけちまってよ…」
反省していた。
「ボス、気にしないでくださいよ」
「そうだ。俺達はアンタの心意気に惚れてんだ」
「どこまでもついていきますぜ」
「俺もだ」
部下達の励ましを受け、
「そ、そうだな。明日からまたがんばるぞ、おめぇら!」
『おおおおおおおおっ!』
歓喜が再び巻き起こる。
「―――あ、よく見たら”0”もう1個追加でした」
会計以外が全員ズッこけた。
ボスは絶望し、
「も、もうだめか…俺の骨は海に流してくれ…」
「ボス! ここで死なないでください!」
「そうです! 海まで運ぶには遠すぎます!」
「ここ、山中ですぜ!」
「てめぇらぁ! いまこそ励まさんかい!?」
そんな問答をしていると、不意に風が吹き込んだ。
それは外と店内を隔てる開き戸が開けられた証拠。
入り口より新たな来客があったのだ。
「―――お邪魔しまーす。”バディル団”の方々はいらっしゃいますか~?」
この場には、とても場違いな間延びした喋り方のニコニコした少女だった。