4-3:ただ”望む”こと【Ⅱ】
アウニールは、自らの心のうちに”安らぎ”が生まれていることに気づかずにいた。
ただ、ウィルがいると、自然と落ち着くのは分かる。
隣にいてくれるだけで、それだけで…。
―――今、誰が浮かんだのかな―――
エンティの問いに、最初に浮かんだのはウィルの笑顔だった。
●
「私には、あなたと出会う前の記憶がありません…。どこで生まれ、何をして育ち、いつからあの”棺”に入っていたのかさえ思い出せないんです」
聞く。
ただ、彼女の言葉を。
「”西国”からきたあの”変人”は、私が元々”西”に所属する存在であるように言いました。でも、私は、それに対して拒絶を示しました。自らの意思で」
アウニールは、服の胸元を握り締めた。
「どうしてなのか、いまだによく分かりません。結果的に、あなたが状況を打開してくれました。でも、一歩間違えば、傷つく人が増えていたかもしれない、そう思うと―――」
……どうして、あんな答えが出せたのか、よく分からない……
しばらくの間を置いて、そしてまた言葉を放つ。
視線は、ウィルへと向く。
今は隠された、彼の身体に刻まれた”傷”へ。
「あなたは…どうして、傷つくことを恐れないのですか…。私のせいで、こんなにも傷つくことに、意味なんてないのに」
答えはすぐにきた。
「意味ないなんてことないッスよ」
笑顔だ。
でも、これまでと、少し違う。
それは、他者へではなく、自らに対するもの。
「俺、アウニールのためなら、傷つくことは怖くないッスから」
●
胸が痛い。
どうしてだろう。
彼が傷つくことで、自分が苦しくなる。
彼は、なぜそこまで……。
いや、分かっている。
どうして、彼がそうあるのか。
自分は知らないふりをしている。
卑怯者だ。
これでは彼を利用しているのと同じだ、とそう思ってしまう。
●
「―――俺、初めてあった時、アウニールのことを”すごく綺麗な女の子”ぐらいにしか見てなかった。でも、そうじゃないんだって、後からだんだん考えが変わってきたっス」
憧れるだけじゃダメだ、と。
「泣いたり、殴ったり、雛を助けたいと思ったり、普通の女の子なんだなって―――」
何も変わらない。
ちょっと感情表現が乏しいだけで、なんら変わらない。
悩んで、少しばかり天然で、誰よりも感情にまっすぐな―――そんな女の子。
アウニールという、自分が好きになった女の子。
「―――俺は……、っと…?」
アウニールの頭が、そっとこちらに寄ってきた。
「アウニ―――」
「―――こちらを見ないで、そのままで…いてください」
「あ、はい…」
今の顔を見られたくない。
そう思い、空を見ていた。
銀色の髪の先端、織り込まれているかのような金の領域。
それらが風になびき、光を帯びて、ほのかに輝きを放つ。
2人を加護するかのように。
●
アウニールは思う。
自分は怖い。
彼が傷つくことが。
自分は嬉しい。
彼が傷ついてもかまわない、と言ってくれた事が。
どちらを望むべきなのだろうか。
そばにいたい、と思う。
だが、それは彼が傷つくことを望む、ということに他ならない。
いつまで、こうしていられるかは分からない。
それでも、
……いつまでもこうしていられたら、どんなにいいだろう……
そう思っていた。
●
ウィルは思う。
自分は怖い。
彼女を失うことが。
自分は嬉しい。
彼女は自分に寄り添ってくれることが。
この身を賭してでも、彼女を守りたいと思う。
アウニールにとって、それが迷惑になるかもしれない。
でも、彼女に救われた命だ。
なら、その命は彼女のために最期まで使い尽くそう。
だから、
……いつまでも、こうしていたいから……
そう思っていた。
●
”西国”のとある訓練場で、男は激しい動作を繰り返していた。何十回、何百回と。
振るのは、二振りの鋼剣。
突きから、下への切り下ろし、続いて逆袈裟への軌道。
足さばきも余念がない。
ステップから、時折強く踏み込み、瞬間的な一太刀のイメージを捉える。
すでに何時間経過したかは意識していないが、体中に汗がにじんでいた。
かなり、勘は戻ってきた。
実践でも遜色ないだろう、と思いながら、
「……いつまで見物を決め込んでいるつもりだ」
先ほどから感じていた気配に、声を飛ばした。
「―――ごきげんよう。リバーセル隊長さん」
ユズカだった。相変わらず、屋内だというのに、日傘をさしている。
その後ろには、さらに2人の人影がついてきた。
「けっこう、広~い。施設ですね~」
「…贅沢」
リヒルとシャッテン。
ユズカ直属の2人だ。
「”魔女”に”両翼”か…」
向ける視線は鋭い。
敵意すら込めている。
「…なんの用だ」
そんな視線すら意に介さず、ユズカは要点だけを告げた。
「今度の作戦。私達も参加させていただくわ。なので、挨拶でも、と思って」
「なに? どういうことだ?」
「言った通りよ。2度言う必要あるなら、お望みどおりにするけど?」
作戦とは言うまでもなく、”特殊物資”である”イヴ”の奪還。
しかし、極秘に進めていたはずのこの作戦は一部の人間しか知らない。
だというのに、どうしてこの女が知っているのか…。
……油断ならない奴だ…
そういう不可思議な点が、彼女を”魔女”と呼ばせる。
この思考は無駄だ。
「”両翼”と”知の猟犬”との衝突の件、忘れたとは言わせんぞ」
「あれは”行き違い”。当然でしょ?西国の戦力は互いを研鑽しあい、尊重するもの。あれは”偶然”だった、と”王”の決定。それが事実よ」
「貴様…」
「とはいえ、こちらの過失であったことは認めているのよ?だから、今回の参加は、そのお詫びと思ってくれていいわ。全面協力といきましょう」
リバーセルは、汗を拭いて、上着を羽織る。
「魔女の”甘言”を信用しろと?」
剣は地面に刺したまま。
その声は疑念しかない。
「あら、疑り深いのね。そんなに信用ないかしら?」
「当然だ」
ユズカは、相手の反応を楽しむように微笑み、そして次の言葉を送る。
「…果たして”知の猟犬”だけで可能かしら?」
「……」
リバーセルは言葉を返さなかった。
ユズカの問いのようにみせかけた、確信をつく発言の意味は、承知していたからだ
”知の猟犬”は、前の作戦でかなりの被害を被った。
それを作り出した元凶が目の前にいるのだから、腹が立つのも仕方がないというものだ。
「”知の猟犬”の部隊は、半数以上が前線復帰できない状態……だから、今回は戦力補充を手伝ってあげるわ。どちらにせよ、地上の待機戦力は確保しておきたいでしょう?」
「…どこまで知っている?」
作戦内容まで漏れているようだった。
「フフ、”両翼”をなめていないかしら?」
そういうユズカの後ろで、シャッテンが半目で、どうだ、といわんばかりに胸を張っている。
「…気に入らんな」
「確実に成功させたいのでしょう?今回は、あなたのご自慢の専用機を持ち出すというけど、あの男がいる以上、思ったとおりに事が運ぶかしら?」
あの男…言うまでもない。あの手錬れのナイフ使いだ。
一度戦い、敗北を喫した相手。過小評価はしない。
身のこなし、放つ気配、状況判断力、―――奴は一流だと、確信できる。
まともにやりあえば、苦戦は避けられないだろう。
下手をすると、作戦失敗の可能性すら跳ね上がる恐れすらある。
「予備戦力が欲しくないかしら?」
流れが完全にこの女に向いている。
いや、自分が誘導されているのか?
舌打ちする。
選択の余地がないように追い込まれていることに。
「……”特殊物資”の回収が最優先だ。そのための俺の指示にも従ってもらう。呑めないなら断る」
「断る…ね。地位的に職権乱用してもいいけど、それだと大人気ないから呑んであげる」
その代わり、とユズカは付け加えた。
「”特殊物資”の回収後は、こっちの好きにさせてもらうけど」
「勝手にしろ。俺の目的を邪魔しないなら関係ないことだ」
「成立ね。じゃあ、握手でもしておきましょうか?」
「勘違いするな。味方とは思っていない」
「あら、つれないわね。フフフ…」
リバーセルは、剣を鞘にしまった。
何を考えているのかは分からないが、”魔女”と”両翼”による戦力補充は大きいところもある。
裏切れば、相応の報告をさせてもらうだけだ。
そこはこの女も理解しているところだろう。
……”イヴ”、今度こそお前を連れ戻す。お前を本当の意味で守ってやれるのは俺しかいないんだ……
夜は深まる。
それぞれの思いは、近いうちに激突する。
それは、この先にあるものを狂わせていく。
それが正しきか、間違いか。
どちらの狂いとなるか。
それは、”神”しか知りえないことである……




