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4-3:ただ”望む”こと【Ⅱ】

 アウニールは、自らの心のうちに”安らぎ”が生まれていることに気づかずにいた。

 ただ、ウィルがいると、自然と落ち着くのは分かる。

 隣にいてくれるだけで、それだけで…。


 ―――今、誰が浮かんだのかな―――


 エンティの問いに、最初に浮かんだのはウィルの笑顔だった。

  


「私には、あなたと出会う前の記憶がありません…。どこで生まれ、何をして育ち、いつからあの”棺”に入っていたのかさえ思い出せないんです」


 聞く。

 ただ、彼女の言葉を。


「”西国”からきたあの”変人”は、私が元々”西”に所属する存在であるように言いました。でも、私は、それに対して拒絶を示しました。自らの意思で」


 アウニールは、服の胸元を握り締めた。


「どうしてなのか、いまだによく分かりません。結果的に、あなたが状況を打開してくれました。でも、一歩間違えば、傷つく人が増えていたかもしれない、そう思うと―――」

 ……どうして、あんな答えが出せたのか、よく分からない……


 しばらくの間を置いて、そしてまた言葉を放つ。

 視線は、ウィルへと向く。

 今は隠された、彼の身体に刻まれた”傷”へ。


「あなたは…どうして、傷つくことを恐れないのですか…。私のせいで、こんなにも傷つくことに、意味なんてないのに」


 答えはすぐにきた。


「意味ないなんてことないッスよ」


 笑顔だ。

 でも、これまでと、少し違う。

 それは、他者へではなく、自らに対するもの。


「俺、アウニールのためなら、傷つくことは怖くないッスから」



 胸が痛い。

 どうしてだろう。

 彼が傷つくことで、自分が苦しくなる。

 彼は、なぜそこまで……。

 いや、分かっている。

 どうして、彼がそうあるのか。

 自分は知らないふりをしている。

 卑怯者だ。

 これでは彼を利用しているのと同じだ、とそう思ってしまう。



「―――俺、初めてあった時、アウニールのことを”すごく綺麗な女の子”ぐらいにしか見てなかった。でも、そうじゃないんだって、後からだんだん考えが変わってきたっス」


 憧れるだけじゃダメだ、と。


「泣いたり、殴ったり、雛を助けたいと思ったり、普通の女の子なんだなって―――」


 何も変わらない。

 ちょっと感情表現が乏しいだけで、なんら変わらない。

 悩んで、少しばかり天然で、誰よりも感情にまっすぐな―――そんな女の子。

 アウニールという、自分が好きになった女の子。


「―――俺は……、っと…?」


 アウニールの頭が、そっとこちらに寄ってきた。


「アウニ―――」

「―――こちらを見ないで、そのままで…いてください」

「あ、はい…」


 今の顔を見られたくない。

 そう思い、空を見ていた。

 銀色の髪の先端、織り込まれているかのような金の領域。

 それらが風になびき、光を帯びて、ほのかに輝きを放つ。

 2人を加護するかのように。



 アウニールは思う。

 自分は怖い。

 彼が傷つくことが。

 自分は嬉しい。

 彼が傷ついてもかまわない、と言ってくれた事が。

 どちらを望むべきなのだろうか。

 そばにいたい、と思う。

 だが、それは彼が傷つくことを望む、ということに他ならない。

 いつまで、こうしていられるかは分からない。

 それでも、


 ……いつまでもこうしていられたら、どんなにいいだろう……

 

 そう思っていた。

   


 ウィルは思う。

 自分は怖い。

 彼女を失うことが。

 自分は嬉しい。

 彼女は自分に寄り添ってくれることが。

 この身を賭してでも、彼女を守りたいと思う。

 アウニールにとって、それが迷惑になるかもしれない。

 でも、彼女に救われた命だ。

 なら、その命は彼女のために最期まで使い尽くそう。

 だから、

 

 ……いつまでも、こうしていたいから……


 そう思っていた。

 


 ”西国”のとある訓練場で、男は激しい動作を繰り返していた。何十回、何百回と。

 振るのは、二振りの鋼剣。

 突きから、下への切り下ろし、続いて逆袈裟への軌道。

 足さばきも余念がない。

 ステップから、時折強く踏み込み、瞬間的な一太刀のイメージを捉える。

 すでに何時間経過したかは意識していないが、体中に汗がにじんでいた。

 かなり、勘は戻ってきた。

 実践でも遜色ないだろう、と思いながら、


「……いつまで見物を決め込んでいるつもりだ」


 先ほどから感じていた気配に、声を飛ばした。


「―――ごきげんよう。リバーセル隊長さん」


 ユズカだった。相変わらず、屋内だというのに、日傘をさしている。

 その後ろには、さらに2人の人影がついてきた。


「けっこう、広~い。施設ですね~」

「…贅沢」


 リヒルとシャッテン。

 ユズカ直属の2人だ。


「”魔女”に”両翼”か…」


 向ける視線は鋭い。

 敵意すら込めている。


「…なんの用だ」


 そんな視線すら意に介さず、ユズカは要点だけを告げた。


「今度の作戦。私達も参加させていただくわ。なので、挨拶でも、と思って」

「なに? どういうことだ?」

「言った通りよ。2度言う必要あるなら、お望みどおりにするけど?」


 作戦とは言うまでもなく、”特殊物資”である”イヴ”の奪還。

 しかし、極秘に進めていたはずのこの作戦は一部の人間しか知らない。

 だというのに、どうしてこの女が知っているのか…。 


 ……油断ならない奴だ…


 そういう不可思議な点が、彼女を”魔女”と呼ばせる。

 この思考は無駄だ。


「”両翼”と”知の猟犬”との衝突の件、忘れたとは言わせんぞ」

「あれは”行き違い”。当然でしょ?西国の戦力は互いを研鑽しあい、尊重するもの。あれは”偶然”だった、と”王”の決定。それが事実よ」

「貴様…」

「とはいえ、こちらの過失であったことは認めているのよ?だから、今回の参加は、そのお詫びと思ってくれていいわ。全面協力といきましょう」


 リバーセルは、汗を拭いて、上着を羽織る。


「魔女の”甘言”を信用しろと?」


 剣は地面に刺したまま。

 その声は疑念しかない。


「あら、疑り深いのね。そんなに信用ないかしら?」

「当然だ」


 ユズカは、相手の反応を楽しむように微笑み、そして次の言葉を送る。


「…果たして”知の猟犬”だけで可能かしら?」

「……」


 リバーセルは言葉を返さなかった。

 ユズカの問いのようにみせかけた、確信をつく発言の意味は、承知していたからだ

 ”知の猟犬”は、前の作戦でかなりの被害をこうむった。

 それを作り出した元凶が目の前にいるのだから、腹が立つのも仕方がないというものだ。


「”知の猟犬”の部隊は、半数以上が前線復帰できない状態……だから、今回は戦力補充を手伝ってあげるわ。どちらにせよ、地上の待機戦力は確保しておきたいでしょう?」

「…どこまで知っている?」


 作戦内容まで漏れているようだった。


「フフ、”両翼”をなめていないかしら?」


 そういうユズカの後ろで、シャッテンが半目で、どうだ、といわんばかりに胸を張っている。


「…気に入らんな」

「確実に成功させたいのでしょう?今回は、あなたのご自慢の専用機を持ち出すというけど、あの男(・・・)がいる以上、思ったとおりに事が運ぶかしら?」


 あの男…言うまでもない。あの手錬れのナイフ使いだ。

 一度戦い、敗北を喫した相手。過小評価はしない。

 身のこなし、放つ気配、状況判断力、―――奴は一流だと、確信できる。

 まともにやりあえば、苦戦は避けられないだろう。

 下手をすると、作戦失敗の可能性すら跳ね上がる恐れすらある。


「予備戦力が欲しくないかしら?」


 流れが完全にこの女に向いている。

 いや、自分が誘導されているのか?

 舌打ちする。

 選択の余地がないように追い込まれていることに。


「……”特殊物資”の回収が最優先だ。そのための俺の指示にも従ってもらう。呑めないなら断る」

「断る…ね。地位的に職権乱用してもいいけど、それだと大人気ないから呑んであげる」


 その代わり、とユズカは付け加えた。


「”特殊物資”の回収後は、こっちの好きにさせてもらうけど」

「勝手にしろ。俺の目的を邪魔しないなら関係ないことだ」

「成立ね。じゃあ、握手でもしておきましょうか?」

「勘違いするな。味方とは思っていない」

「あら、つれないわね。フフフ…」


 リバーセルは、剣を鞘にしまった。

 何を考えているのかは分からないが、”魔女”と”両翼”による戦力補充は大きいところもある。

 裏切れば、相応の報告をさせてもらうだけだ。

 そこはこの女も理解しているところだろう。


 ……”イヴ”、今度こそお前を連れ戻す。お前を本当の意味で守ってやれるのは俺しかいないんだ……


 


 夜は深まる。

 それぞれの思いは、近いうちに激突する。

 それは、この先にあるものを狂わせていく。

 それが正しきか、間違いか。

 どちらの狂いとなるか。

 それは、”神”しか知りえないことである……

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