4-1:”言葉”リサーチ【Ⅲ】 ●
作業終了後、間もないシュテルン・ヒルトは、夜にさしかかった空の上を、次の目的地に向け、航行する。
次の街、”城砦都市”を目指して、いつも通り空を流れていく。
しかし、この日は少しだけ、いつもと違った。
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「―――まずはここからですね…」
ヴィエルが立っているのは”社長室”の前である。
「”メガネ”さん。なぜ、ヴァールハイトの部屋の前に来たのですか?」
と尋ねるのは、後ろに律儀についてくるアウニールである。
理由といえば、いろいろあるが、ヴィエルの中で、最も良識的な解答をくれるのではないかと思ったのが強い。
なにしろ口止めは”女性に限る”ということだから、いうなれば”男に聞け”ということと同義。
でも、やっぱり、
……常識的におかしいですよね?
いきなり、”セックス”について教えてください、とかいえるわけもなし。はて、どうすべきか…。
そう考えていると、
「―――お邪魔します」
「てっ、先に入ってるぅーっ!?」
先に社長室に乗り込んだアウニールを追って、ヴィエルも中に反射的に飛び込んでいた。
「―――なんだ、就業時間は終わっているはずと思うが?」
ヴァールハイトはいた。
社長椅子でコーヒーを飲みながら、様々な情報が表示された空間ウインドウに目を通している。
仕事終わりなのか、礼服も若干着崩している。
「あ、あの…お忙しいところ、申し訳ないんですが…」
ヴィエルがうつむき加減に、どう切り出すべきか悩む。
……心の準備!心の準備が!1%も収拾ついてないんですけど!?
内心は焦りまくる。
すでに、地獄にきている感じだ。
「こちらも趣味で忙しい。整理がついてからまたきたまえ」
「趣味?」
ヴィエルの興味が向いた。
秘書ではあるが、ヴァールハイトのプライベートについてはまったく知らないのだ。
「ああ、君もやってみるかね?なに、気ままなゲームだよ」
ヴァールハイトが指差したものを、アウニールと2人して、覗き込むように見る。
目に付いたのは、1~10までの数字が書かれた巨大なルーレットと、拡大されたマス目。
そして、マス目には文字が書いてある。
これは、一度見たことがある。
「”東国”の”すごろく”とかいうボードゲームですか?」
うむ、と頷くヴァールハイト。
「オンラインプレイしている。ささやかな童心に帰ることもできて気に入っているところだ」
「へぇ」
堅苦しいイメージのあるヴァールハイトだが、こういうのを見ると、結構身近に感じる。社長も生き抜きしたいのだ。
と、思っていると、
「む、別の人間が私の所有する建造物のあるマスに止まったか」
「こういうのは、お金をとれるということですか?」
「当然だろう」
そう言っていると、手元に新しい端末が開いた。
そこには、軽く目が飛び出るくらいの金額が書いてあった。
……いや、架空のお金ですよね。うん。
ヴァールハイトが、文章を打ち込む。
”では入金は『×××口座』だ。当然ながら、情けなどないからそのつもりで覚悟してくれたまえ”
「え?」
なにか、やけにリアルだ。現存する口座名まで再現しているのか?
「まったく、運のない奴だ。明日から借金取りに追われないか心配ではあるな」
「えっと、ゲームですよね?」
「その通りだ」
「借金取りっていうのは?」
「現実だ」
「リアルマネーが飛び交うゲームですかっ!?」
「その通りだ、スリルがある」
「いやいやいや!なんてお高いゲームですかそれ!?」
「そうでもない。別に手持ちはいくらでもいい。小銭からでもな。その代わり、私のような高利貸の人間が支配するマスに止まるときのリスクはあるがな」
「ハイリスク通り越してますよ!ギガクラスで人生賭けるレベルですよ!?」
「止まった人間が悪い。逆を言えば一攫千金していく輩もいる、ということだ。どうだね?」
ヴァールハイトは、さも当たり前のことのように涼しげな顔をしている。
「いや、遠慮します……ちなみにお尋ねしますけど、…支払う立場になったことはあるんですか?」
「ない」
「強っ!?」
ヴィエルが、改めて戦慄していると、ひと段落ついたのか、今度はヴァールハイトから、声がきた。
「…ところで、君達が来た目的はなんだね?」
そこで、ハッとなる。
そうだ。ここに来たのは、あの非道な幼女型生物からの、上司命令という理不尽な展開を解決するためだ。
……とりあえず、落ち着いていきましょう。
さっきの流れで、ある程度落ち着いている。いけるはずだ。まずは無難に―――
「”セックス”について詳しく教えてください」
「って、先手取られた!?」
待ちきれなくなったのか、アウニールが先に質問を飛ばしていた。
……私の覚悟はいったい…
その質問に対して、ヴァールハイトは、ふむ、と真剣に考えているようだった。表情は変わらないが…。
「まず、どういう視点から”セックス”というものを知りたいのかね?」
「視点、というと?」
「その言葉にはいくつか目的が内包されているものだ。君は、どういう目的でそれを知りたいのかね?」
「よくわかりませんが、発端は、子供がかわいい→子供はどうやったらできる?→”セックス”すりゃできるよ、という感じです」
「つまり、君は子供が欲しいのか?」
「そうではありませんが、具体的によく分からないので、始まりである”セックス”から突き詰めるべきか、と思いました」
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結構会話できてるな、とエンティはアウニールのことを思った。
社長相手に物怖じしないこともそうだが、思っていたより無口な子ではないらしい。
ていうか、
……無表情で連呼していい言葉じゃないですよね?なんですか、この空間?
さっきまで恥ずかしがっていたのが、バカみたいに思えてくるのだが。
まあ、なにはともあれ、けっこう期待できそうだ。
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ヴァールハイトが口を開いた。
「ふむ。私の見解からすれば、スキンシップとコミュニケーションの一種だろうな」
「しゃべるのと、そんなに違いはないのですか?」
「他者と会話することは誰にでもできる。もっと根の深いところの”会話”だ。大半は男女間に限られるが」
「男女間でしかできないのですか?」
「うむ。生物学上はそれが理想だ」
「では、具体的な方法について教えてください」
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……きましたね。
最も難しい部分だ。社長はどのように答えるのか…。
……さすがに「”実践”してみるかね?」とかはないですよね?
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「”実践”してみるかね?」
さらりと言った。
「では、おねがいしま―――」
「ストォォォォーップッッ!!!」
「なんだね。さわがしい」
「うるさいです。耳がいたいです。”メガネ”さん」
いやそうな顔をする2人の間に、ヴィエルが割り込む。
「いいですか!アウニールさん!1つだけ教えます!”セックス”は簡単に了解したらダメです!いいですか!?」
「そうなのですか?」
「そうなんです!」
次にヴィエルは、ヴァールハイトに、キッ、と向き直り、
「社長もなに考えてるんですか!?」
「百聞は一見にしかず、という”東”の言葉もある。問題あるまい」
「おおありですよ!?」
「知識は若いうちにあった方がいい、と思うが?経験がある者からの助言だ」
そんなこんな言っていると、別のウインドウが開いた。
「む、別の回線か。すまないが、別件が入った。話はまたの機会にさせてもらいたい」
「いえ、もう大丈夫です!」
ヴィエルはアウニールの手を引き、社長室を後にした。