4-1:”言葉”リサーチ【Ⅱ】
『―――一大事だよ!一大事!女衆は食堂に集合!仕事してる場合じゃないよ!早く切り上げるんだよ!―――』
その放送を聴いていたエクスが、
「……なんの騒ぎだ?」
すると傍らのムソウが、
「会合って奴かね?女って話し出すと止まらないからねぇ」
作業員のじじい達が、
「ほう、こいつぁ、ガールズトークっちゅうやつじゃな」
「いいのぉ。今度男飲みでも開くか?」
「よっしゃ、こんどは負けんぞ!飲み比べじゃ!」
「お、いいねぇ。俺様つきあっちゃうぜ?」
「若いの、後悔するなよ?ワシらは容赦せんぞぉ?ガハハ」
エクスは思う。
……なぜ、ここの老人達の会話は最期に酒の話題になる?
●
10数分後の食堂にて、
「は?子供のつくり方ぁ?」
エンティが声をあげた。呆れ声である。
「そんなことで、緊急招集かけたわけ?」
「そうだよ、エンティちゃん。これは一大事だと思わないかい!?」
「別にぃー? いつかわかることでしょ」
「今が大事なんだよ! 年頃だから、なにか間違いがあったらどうするんだい」
食堂ばあさんの意見に、別のばあさん達も口々に同意した。
「そうだね。下手すると一生の問題だねぇ」
「知らなきゃ損するよ~。知ってると得するよ~」
「こんな婆さんになってからじゃ、なかなか聞かない話題だわね~」
「若いっていいねぇ。こういう悩みはジャンジャンするといいよ」
あーもう、と椅子に座っているエンティが頭をかきながら、足をぶらつかせる。
「それに子供とか…”セックス”してりゃいつかできるでしょ?はい、それで終わり。アウニール聞いてた?」
クルリと椅子の上で回転したエンティは、傍らで聞いていたアウニールに確認した。
「……”セックス”というと、どのようなことでしょうか?」
エンティがピクリと眉をあげ、その他の女衆の動きが再び止まった。
「知らないの?…本当に?」
「はい」
アウニールは真顔…というよりいつもと変わらぬ表情であった。
婆さん達はうひょー、と戦慄していた。いや、ワクワク8割という感じだ。
……こりゃ、マジだわ…
エンティの目が光った。
……そして、面白くなる予感!
自分用の通信機器のウインドゥをオープンし、発信。ほどなくして、相手からの応答がある。
『―――はい、もしもしヴィエルです』
ヴィエルだ。この場にいない唯一の女。音声のみで、通話に水音が混ざっていることから察するに、仕事が終わって部屋でシャワーを浴びているようだ。
「あ、もしもし、私ー。元気してるー?」
『…ってエンティですか。なんの用です?私、ゆっくりシャワー浴びて、部屋でゴロゴロしたいんですけど?』
「それだから男できないんだよ」
『いきなりなんですか!?もうっ、…きりますよ?』
「あ、ちょい待ち。追加でお仕事命じたいんだけど?」
『はいはい、会計権限ですから、私に拒否権はありませんよ。で、何です?この際なんでもいいですよ』
「じゃあ、アウニールに”セックス”について教えてあげてちょ-だい♪」
『……は?』
「だから”セックス”だよぉ」
『えっと…”性別”のことですよね?そうですよね?』
「違うよ~。男女で主導権取り合うベッド上での営みっていう、あ・れ♪」
『あれ、って、えぇっ!?なんで私が!?』
「なんで動揺してるの?もしかして経験ないの?”ヴぁーじん”ですか?この”メガネ”」
『そういうこと言わないでくれますぅーっ!?』
「じゃあ、よろしく~」
『あ! ちょっと、まち―――』
通信終了。電源オフ。これでかけなおしても無意味。
そして、輝く笑顔でアウニールに告げる。
「というわけで、いまから”メガネ”さんのとこ行ってきて、改めて尋ねてくるといいよ」
アウニールが頷き、
「では行って来ます」
と、食堂を後にした。
婆さん達がヒソヒソ話を始める
「さて、どうなるかね」
「というか”メガネ”さん、未経験かい? 意外だねぇあの魅惑ボディで」
「元ストリートチルドレンらしいけど、本当かい?」
「守りすぎたね。いろいろと」
「ある意味もったいないね。人生損してるね」
と、婆さん達が好き勝手に会話する。
若者の成長を心より願うと自然と笑みがこぼれる。決して面白そうだからではない。
年齢食っても、心は可憐な乙女。決して面白そうだからではない。
断じてない。
●
数分後の一室…というかヴィエル部屋。
「く、来るの早かったですね…」
シャワーから上がって、ハーフパンツと薄い長袖のパジャマの上着という姿のヴィエルと
「近かったので」
と、普段と同じ服装のアウニールが座って向かい合っていた。
「そ、そうですか…」
ヴィエルは、なんともいたたまれない気持ちになっていた。
別に、適当にごまかせば済む話なのだが、
「よろしくお願いします」
やけにアウニールが気合が入っている(ようにも見える)。そのため、なぜかは知らないが責任を感じてしまう。ていうか、押し付けられただけなのに。
それに意外とアウニールは口が軽い。知ってることは、聞かれればポンポン周りに話してしまう。
適当に教えると、それはそれで後から誤解が広がりそうだ。
でも、
……どうやって教えればいいんですかーっ!?
そんな叫びを心の中で。
普通に教える?
……言葉で?いや無理です!なんか知らないが無理です!
実践?
……論外っ!いろいろまずい!
方法とか知ってるけど、どうにも伝え方がピンとこない。
仕方ない。
……ここは別の人に投げるのが無難ですね…!
と思っていると、手元の端末が鳴った。
「あ、はい。もしもし」
『やっほー、元気ー?エンティちゃんです』
「あ! さっき通信機の電源切ってましたね!?」
『いや~、最近通信機の調子悪くて。ゴメンネー』
「く、白々しい…!」
『ところでどう?ちゃんと伝えられたの?』
「まだです。どこかに適任いないんですか?私の口からは…ちょっと…」
最期の言葉が小さめだったが、エンティにはちゃんと聞こえたらしい。
こういうのは、結構デリケートな話題だ。その辺はエンティも考慮して―――
『いや、あなたじゃないと面白くないから。他の人に投げるとか論外だよ?他のばあさんたちには口止めしてるから。孤軍奮闘だけどがんばって』
くれるわけなかった。
「この外道ぉ…」
『あれ?泣きそう?』
「泣きませんよ!」
『オッケーオッケー。じゃあ、チャンスもあげる。他の人に投げるチャンス』
「あるんですか?」
『私が口止めしたのは、女性陣だけ、…っていえば分かる?』
「つまり…それ以外なら教えてくれる可能性がある、と?」
『そーいうこと。自分なりに考えてみたらいいよ。だれが理性的な答えをくれるか、ね。フフフ』
「なんでゲームみたいになってるんですか?」
『じゃあ、がんばってね。オウエンシテルヨー』
通信終了。
ヴィエルは、ガクリと肩を落とし、アウニールの方を向いた。
アウニールはまだ待っていた。
答えを知るまでガンとして動かない…ように見えた