1-1:”新世界”へ【Ⅱ】
いつから機械が人類を”採取”し始めたのかは、エクスは知らない。
機械の軍勢は生まれたときから『敵』で、『災害』の一種とも教えられた。
ライネなど、学識に通じる者は、歴史を紐解こうと文献を解読していたようだが、兵士として戦場にいたエクスは、そういった知識にあまりに疎い。というより、ほとんど無知に近い。
今理解できたこと。
この時代では、世界の支配者はまだ『人間』だ。
『機械』の支配は、まだ影も形も見えない・・・
●
年数と日時を聞いてから、急に黙りこむエクス。
すると、エンティが切り出す。
「―――そろそろいいかな?」
「なにがだ?」
「先にそっちの質問には答えた。ひと段落着いたんなら、今度はこっちの質問に答えてもらえる?」
両手で頬杖をしながら、笑顔でそういってくる少女に、エクスは、ああ、と返す。
「まず1つ目。名前から」
エクス=シグザール、と淡白に返答する。
仮にも治療してもらった身。だが、それだけで相手のことを信用しきるのは迂闊である。とはいえ、話しても問題ない情報程度なら話すべきだろう。
「どこから来たの?」
エクスは一度沈黙。思考に入る
ここで『未来から来た』というのは、事実ではあるが現実味がない。相手が信用するわけもない。
結果的に、
「―――思い出したくもない、場所だ…」
半分本当のことを言った。
相手もあまり深く触れないほうがよいと察してくれている様子・・・かと思いきや、
「―――ふーん。そこんとこ詳しく。ぜひぜひ」
このガキ…踏み込んできやがった、と悪態をつく。
「大丈夫だって、他の人には言わないから」
ね?、という笑顔。到底信用できない部類である。
エクスは、ふん、と顔を背け、それ以上の追及をはねつける
「つれないな~。せっかくお金かけて治療して、マンツーマンで寝ずに看病までしてあげたのに?」
「…貴様が勝手にやったことだろ」
「…まあね。でも指示したのは別の人だけど」
「別の・・・?」
口ぶりから察するに、エクスを生かすことに利点を見出した人間がいるようだ。
「その人が治療しとけって。私は見つけた時に、身包み剥いで海に捨てるべきだ、って言ったんだけどね?」
もちろん冗談だよ、と続けるエンティ。
コイツ、半分本気だったな・・・、とエクスは根拠なく直感した。
この女、見た目は少女のようだが、どう考えても年相応には思えない。どこか得体の知れない。というより・・・腹黒い。
「すいません。遅くなりました」
そこにさっき出て行ったウィルが帰ってきた。しかしその手には頼まれてたはずの食事が見えない。
「さっきそこで食事ひっくり返しました!。申し訳ないッス」
敬礼に似たポーズをとるウィル。彼なりの謝罪の表し方なのだろう。
その様子をエンティはしばらくじっと眺め、不意に告げた。
「・・・あ、ご飯粒ついてる」
げ!?、とウィルは自分の口元にあわてて手をやるが、
「ついて・・・ない・・・?はッ!?」
この男、病人の食事をつまみ食いどころか全部食べるとは、とエクス呆れた。
「あれ~? 落としたのに、口元にご飯粒がついてるわけないよね~? それとも口の中に落としてきたのかな~?」
ゆらりと椅子から降りるエンティにウィルが戦慄し、必死に手を振る。
「ち、ちがうッス!これにはやむにまれぬ深い事情があるんス!」
「ほ~? ちなみに『俺の鳴り響くこの腹が悪いんス』っていうのはもう100回以上聞いたからなしね?」
「に、逃げ道ふさがれた!?で、でも3日も寝ずにその人看病してたんだから、さすがに空腹で―――」
「―――減棒決定♪」
「のおおおおッ!?」
ん?、とエクスが疑問に思う。
「…おい、寝ずに看病してたのは、ウィルの方か?」
「え? 当たり前でしょ。なんで私が男を看病するのよ。このバカ体力だけはあるから適任だったわ。私は時々連絡とってて、たまたま様子見にきたら、君が起きただけ」
なんて女だ、とさらに呆れつつも、エクスは力を抜き、ベッドに沈んだ。腹黒女と馬鹿な男だったが、今すぐどうこうされる心配はなさそうだ。
シーツに深く身体が沈み、心地いい。
まどろみに飲まれつつも、いろいろなことを考えた。
これからのこと。
この過去の世界のこと。
自分の置かれている現状のこと。
そして、彼女のこと。
またお前に会える・・・必ず、会いにいく・・・必ず・・・
●
ウィルに制裁を加えていたエンティは、いつの間にかエクスが深く寝てしまっていることに気づく。
はあ、とため息をついて、
「まったく…こっちの話は終わってないんだけど…」
「無理ないっすよ。この大ケガで生きてるほうが不思議ッス」
「あれ? 思いのほか早く立ち直ったね。制裁が足りなかったかな~ウィル君?」
「いやいやいやいやッ!もう十分ッス! 反省しました!」
「そっか、ならよし。じゃあ、私は社長に『目を覚ました』って連絡とって来るから」
「了解ッス」
「君は、ソイツが逃げないようしっかり見張っといてよ?」
「大丈夫。この人は逃げたりしないッス」
「ん? 自信ありげだね」
「この人、見た目は怖いけど、悪い人間じゃないッスから…」
「フフ、君のその勘、当てになるからね。信用してるよ」
んじゃ、と出て行くエンティを見送ったウィルは、布団に沈み、深く寝息を立てる男を見る。
「やばい、さすがに限界だ…」
そういって、彼は壁を背にして座り、すぐに深い眠りに入った。
2つの寝息と鳥のさえずりだけが部屋の中にあった。