4-1:”言葉”リサーチ ●
「ありがとう、アウニールちゃん。いつも助かるよ~」
アウニールは、厨房にて食堂担当のおばあさんから感謝をうけていた。
なんてことはない。
ただ、厨房のレンジの調子がおかしいから見てくれないか、と頼まれたので、言われたとおり見てみただけだ。
これがアウニールの仕事である。
自分には、機械が発する独特の”心”のようなものが分かる。
いや、厳密には”心”とはいえるかどうか分からないが、もっと感覚てきなもので、あくまで言葉で理屈的に説明するとそんな感じ。
それによって、なんとなく悪い部分とか分かるわけである。
よって、もっぱら”修理員”という役柄が当てられている。
「でも、不思議な特技だね~。コツとかあるのかい?」
こんな質問は結構もらう。
しかし、
……「心」が分かります、とか言い過ぎるとなんか話が広がって説明が面倒くさくなりそうですね。
という結論に至り、
「”勘”です」
そう説明することにした。自己結論である。
ここの従業員たる老人達は、男女問わず面白い話題があればすっごく盛り上げようとする。
自分が何気なく穿きはじめた脚部用の”黒インナー”を”黒タイツ”と間違えた上、その話題だけで一晩飲み明かせるほどだ。
……まあ、次の日仕事にならなくてウィルが人5倍働かされてましたが、―――それはどうでもいいですね。
というわけで、自分の言動にも慎重にならざるを得ないわけである。
「ところでアウニールちゃんは、代えの服とかもってないのかい?いつも同じ服きてるけど?女の子はもっとおめかししないと」
「変えの服はありません。必要とも思いません。それにこの服は結構動きやすいので平気です」
「まあ、ここの洗濯設備なら、洗うのも乾燥するのもあっという間だから、着るものは一着でも充分だけどねぇ…。というかいつ洗ってるんだい?」
「夜、部屋に帰ってからです」
「洗濯してる間はなに着てるんだい?」
「全裸です」
「なんだって!?」
「エンティさんから肌着とかもらいましたが、小さすぎて逆に苦しいので使ってません。”メガネ”さんに頼んだら、Yシャツくれたのですが、ブカブカすぎて落ち着かないので、これも使ってません」
「まあ、あの2人は極端すぎるからね…大きさが」
「何回か街には寄っただろう?お買い物とかは?」
「前の1件依頼、どうにもマークが厳しいみたいです。出口近くにさりげなくエクスがいたりしますし。若干ストーカー地味てきてます」
「アウニールちゃんも大変だね……」
「そんなこんなで服とか買いにいけません。とはいえ、買う気もないです」
「とはいってもねぇ……」
そういうと、食堂おばあさんが再び、アウニールを見つめた。今度は全体的に、頭のてっぺんから、足先まで。むぅ、とうなりながら、顎に手をあて品定めするかのごとく。
アウニールも、なにやら妙な視線のように感じたが、”邪念”はなさそうだ。”邪念”を感じるのは今のところウィルぐらいなものである。見習ってほしい。
すると、食堂おばあさんは、
「やっぱりおめかしは必要だね。年頃なんだし。好きな男の子とかいないのかい?そいうのがいると女の子ってのは自然とめかしこむものだけど」
「いません」
即答。
「そ、そうかい…。う~ん…なら、気になる子とかは?ほら、同い年ならウィルとかいるだろう?」
「気になる、というと?」
「ほら、スキンシップとかだよ」
「それならウィルを時々―――」
「うんうん」
「―――ぶっとばしてます」
「なるほど、それはいいこ……って、どういうことだい!?」
「よくわかりません。条件反射です」
「いやな条件反射だね。ウィルが何か悪いことでもしたのかい?」
その質問に対して、アウニールは考えた。
……よく考えると、何も悪いことしてないですね。でも殴ると―――
―――平気ッス!ドンとこいって感じッス!男の子だから泣かないッス!―――
……と、笑顔で言ってましたね。半泣きしてるようにも見えましたが、おそらく気のせいですね。
なので、こう言った。
「殴るとウィルが喜ぶので」
「なんてことだい!? ウィルは目覚めちまったのかい!?」
「目覚める? もう起床して仕事してると思いますが?」
食堂おばあさんは、開いた口がふさがらない様子であったが、ため息をついて、しばらくすると話題を切り替えた。
「そういえば、この間シュテルン・ヒルトに乗った乗客が子供つれてきただろう?」
「はい。かわいい、と思いました」
「そうだろう。子供ってのは、あれくらい元気なのが一番。親にとっては、かけがえのない宝物だからね」
「そうですね。あの両親の笑顔を見れば分かります」
アウニールはそこには納得する。
まだ赤ん坊に近い、幼い少年が一生懸命に、無邪気に、ところせましと好奇心のままに艦内を走り回る姿と笑顔には癒された。
なんかいろいろ騒ぎがあったようだが、それについては自分にはよく分からないところで起きていたので、知る由もない別の話だ。
「いつかアウニールちゃんも母親になれるといいね。きっと綺麗な子のお母さんになれるよ」
「そういえば、分からないことがあります」
「なんだい?」
「子供はどうやったらできるのですか?」
食堂おばあさんの、料理を混ぜる手が止まった。
「い、いま、…なんて言ったんだい?」
「子供はどうしたらできるのですか、と尋ねましたが?」
しばらく、鍋がコトコトする音だけが、聞こえ、
「―――こいつは一大事だ!!」
食堂おばあさんは、近くの艦内の連絡用通信機をタッチした。目を輝かせながら。
「一大事だよ!一大事!女衆は食堂に集合!仕事してる場合じゃないよ!早く切り上げるんだよ!」
その姿を見てアウニールは、
……慎重な発言とは難しいですね。
と、吹き零れそうな鍋にかかる火力を静かに弱めていた。