3-11:”魔女”のささやき【Ⅱ】
「―――この搬入口は、どうした?」
エクスは、ゆがんだ搬入口に目をやった。どうにも内側からの一撃を受けたかのような。
「あいつだよ、あいつ」
近くの整備員が、親指で指したのは、固定されているブレイハイド。
「急に動き出してな。搬入口の隔壁をぶち破ろうとしたんだよ。急いで開放して正解だった」
「無人か?」
「ハッハ。不思議なもんだな。長生きするといろいろ見れていい」
そう言って、整備員は笑いながら応急修理に戻っていった。
……やはり、そうか。
エクスが考えにふけっていると、
「―――よぅ、なに悩んでるんだ?」
そんな声をかけられた。
振り返り、
「……なぜ貴様がここにいる?」
眉間にしわを寄せて、その相手を睨み返した。
そこには、白煙を立ち上らせるキセルをくわえた男―――ムソウが立っていた。羽織り服を纏い、カッカと笑っている。お気楽に、お調子者のように。
「おや、せっかくのお客を歓迎してくれないのかい?」
「客、だと?」
「そうだよ。金払って乗ってる」
「どういうつもりだ」
「決まってるだろ。…ひ・ま・つ・ぶ・し」
左手で、キセルを一度手に持ち、フッと煙をはいて、続ける。
「お前さん達についていれば、いろいろ面白いことがおきそうだ。我が人生に、充足見たり。まあ、気ままな落ち武者の放浪旅行。その一環ってわけだ」
「迷惑だ」
「お前にどうこう言われたくないね。エンティちゃんの許可つきだからな」
「……妙なマネはするな」
「そんなギスギスすんなって、あ、そうだ」
ムソウは、思い出したかのように懐から一枚の手紙を出し、ほれ、とエクスに差し出す。
「…なんだこれは?」
「いや、この船に乗ろうとしたときに手渡されたもんだ。お前さんに届けてくれってな」
受け取る。見ると、宛名は書いていない。
「誰だ?」
「さあな。だが、きれいな女だった。緑色の髪ってもなかなか見ないもんだから、いまだによく覚えてるぜ」
その言葉に、エクスの目が見開いた。
「どこだ!どこで、この手紙を受け取った!?」
先ほどとは打って変わったその形相に、ムソウも、うお!?、と思わず半歩下がるほどに驚く。
「どうしたんだ、おい?」
「どこで受け取ったかと訊いているんだ!」
「ついさっき、ミステル内でだ」
ということは、降りてすぐだ。
エクスは、礼を言うこともなく走り出した。ムソウの脇をすり抜け、あっという間にその場から消えていった。
取り残されたムソウは、キョトンとしながらもキセルをくわえなおし、こちらを見ていた整備員に、おつかれさーん、と手を振った。
整備員達も、おーす、といい、作業を再開する。
「……アンタの言うとおり、またひと騒乱起こる前触れなのかね。…アリアさんよ」
隻腕の侍の呟きは、作業の音にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
●
ミットとロブは、自分達が立ってる場所に、いまだに現実味を感じられなかった。
「―――では、話をしよう」
『は、はい!』
そう、ここはシュテルンヒルトの”社長室”。ヴァールハイトの書斎、そして―――中立地帯における最も権威ある場所。常人には入れない、そう異界にも等しい空間である。
そこに直接招かれた2人が恐縮するのもわけなかった。
「今回の件、君たちの行為の意味は分かっているかね?」
若さに見合わない風格と威厳ある、静かな声が無表情な男の口から発せられる。
「す、すいません!」「申し訳ないさ!」
2人が問答無用で土下座した。そうしなければ、どうにかなってしまいそうだった。
いくら知らなかったとはいえ、中立地帯最大の企業に喧嘩を売ったにも等しいこの状況。こうして、ここに立ってるだけで、身を削られる思いだ。
もう生きていける場所などないのか、と半ばあきらめ、それでもなんとか希望を見つけられる最中であったというのに。
「……顔を上げたまえ」
そういわれ、2人は恐る恐る顔を上げた。姿勢は土下座の名残で正座のままだが。
「何か勘違いをしているようだ。私は、わが社の社員を”保護”してくれたことに礼を言うために、この場を設けたに過ぎないのだが?」
え?、と2人は顔を見合わせた。
「”保護”……した?」
「そう。今回の”西国の機体演習”に巻き込まれた件。社員2名の迅速な保護に感謝を意を表する、ということだ」
言っている意味が分からない、とミットとロブはそういう顔をしていた。
そんな2人にかまわず、ヴァールハイトは続けた。
「実際に現場に居合わせた社員、ウィル=シュタルクからの報告だ。君たちのおかげで助かった、とな」
「あの坊やが……」
「君たちは仕事を探しているとも聞いた―――」
そう言って、ヴァールハイトはペンと書類を差し出した。
「―――わが社で働きたい、という意思があるのなら雇ってもよい、と考えているが? 無論、別の街の支部社員としてだ」
そこに書いてある文字を見て、2人の目は丸くなる。
―――カナリス・入社契約書―――
夢じゃないか、と思った。だが、夢じゃない。
戦いから逃げ、当てもない旅を続けた2人。飢えに耐え、生きていく術にすら器用に立ち回れない負け犬。だが、絶望の果てにつかんだものは、
「よろしくお願いします!」
”希望”だった。
●
シュテルンヒルトから、ミステル内部に降りたエクスは、
……どこだ!
周辺を見回した。走って探した。
……どこにいるんだ!
そして、
「ライネ! いるのか! いるなら返事をしろ!」
叫んだ。
しかし、反響する声だけがむなしく響いた。
もう夜も遅い、ミステル内には、人影などない。明かりも最低限。通路を照らしているのは、オレンジ色の夜間灯だけだった。
「……くそ!」
すれ違ったか、と元来た道を引き返そうとしたとき、
「―――どなたをお探しかしら?」
声をかける者がいた。
聞いたことがある。それも割りと最近に。
「貴様は……」
その人物は、暗がりの中にあるソファに座っていた。
世闇のエントランスの中で一際の異彩を放つ存在。その姿は、ぼんやりと光を帯びているようにも錯覚した。それでいても、静かにそこにあった。
「……ユズカ」
エクスは、その女性の名前を口にする。イラつき気味に。
「そうよ。覚えてたのね」
「今日はどうも、妙な奴ばかりに会う」
「私もその1人かしら?」
「それ以外になにかあるのか?」
ユズカは、微笑を浮かべていた。まるでこちらを嘲笑するかのごとく。ますます、勘にさわる。
「さっき、叫んでいたのは女の名前かしら?」
「貴様には関係ない」
「そんなことないわ。私、あなたのこと好きだから、その女のことが気になるのよ」
「ふざけるな」
フフ、とエクスの反応を楽しみながらユズカは腰を上げた。立てかけたあった”日傘”を手に取る。
「その手紙を渡した人は、私よ。残念ね。探してる女じゃなくて」
「貴様が…?」
確かにユズカの髪は緑色。ムソウの言うとおりだ。自分の気が先走っただけの徒労だった。
「ま、内容はこの場所にくるように、って書いておいたんだけど、開けなくても着いたみたいだからもう必要ないわね」
「……くだらん」
エクスは、踵を返した。こんな女のために俺は走らされたのか、と自分にも嫌悪を抱きつつ、その場を去ろうとした。
「……”サーヴェイション”のこと、何かわかったかしら?」
足が止まる。
「……なぜ、その言葉を知っている?」
振り返り、そして、疑念を向ける。
サーヴェイション、という名は、エクスのいた未来において、数多の犠牲を払って得られた情報だ。
それまで、どの記録にも残っておらず、運よくハッキングに成功したことで、機械軍勢の中枢より判明した。
この過去の時代において、それを知っているとなれば、
「……貴様、俺と同じ―――」
未来人か、といいかけて止まる。未来から来た人間なら、あの”船”に乗ってきた船員に限られる。しかし、こんな女などいなかった。自分は、記憶力はいい。自信がある。
……なら、こいつは何者だ?
思考するエクスに、ユズカは言葉を放つ。
「―――私が何者か、と考えているのかしら?」
「……ッ!…」
また、表情に出ていたか、と自分に毒づく。
「教えてあげてもいいわ。ただし、私の前に膝を折って頼むなら、ね」
「ふざけるな」
フン、と吐き捨てる。こんな女に教えを請うなど、くたばっても願い下げだ。
「あなたって、どうしてそうプライド高いのかしら。ホントくだらない」
フフ、とエクスの反応を楽しむように笑うユズカは、でも、と続ける。
「そうね。1つだけ教えてあげる。―――何も変わってないわよ。何1つね」
エクスには、それだけでわかった。わかってしまった。
「なに…?」
「このままいけば、また貴方のいた”あの時間”へとつながる。間違いなく」
「信じろ、と?」
「判断はあなたが勝手にすればいい。だけど、ほしかったんでしょ、情報?。サービスよ。私からの親愛の証」
何も変わっていない。あの―――滅びの未来へ、いまだにこの世界は進み続けている。
ライネの顔が浮かぶ。いつも自分に道を示してくれる存在である彼女を。しかし―――
「―――いない人を頼ってもしょうがない、と思うけど?」
「黙れ」
「あなたの中には、ある種の答えがでている。でも、そこに踏み込む勇気がない。戦う力があるのに、決断力はない。まるで”機械”ね」
「黙れ!」
エクスが声をあげ、右腕を横に振り払う。叫びは無人で静まり返るエントランス内に響き渡った。
「俺を…”機械”と呼ぶな…!」
眉間のしわが深くなり、その表情が憤怒に染まる。静かな炎を宿し、しかしなにかのきっかけが1つあれば一気に燃え上がるであろう、静かな激情。
ユズカは、それに驚く様子もなく。表情も変えず―――いや、どこか悲しげな表情をしているように見えなくもなかった。
「―――あなたは、なんのためにここに来たの?女のため?それとも未来を変えるため?どちらが大切なのかしら」
エクスは答えない。ずっと、自分でも疑問だった。だが、結局は―――
「……まあ、いいわ。また会いましょう。1人ぼっちの兵士さん」
話は終わった、とユズカはその身を反対へと向ける。日傘をさし、エントランスの奥―――暗がりの中へと姿を消していった。まるで、溶け込むように、自然に去っていった。そこにいたのが幻であったかのように。
気配が消えたことも、深く考え込む今のエクスには意識の中に入らない。
自分がすべきこととはなにか。
ブレイハイドの中にあったあの文字を思い出す。
―――”サーヴェイション・システム”―――
あれが示す意味は―――
ウィルとアウニールの姿が浮かぶ。
「俺は……どうすれば、いい…」
答えてくれる者などいない。決めねばならないのだ、自分で。その結果が何を生もうとも。
夜はさらに深さを増して行く。
過去の世界で生きている少年と少女は、道を見つけつつある。
しかし、全てが止まってしまった未来からきた男は、道を見つけられず立ち尽くしていた。
~第3章・完~