3-10:”金閃”纏いし守護者【Ⅲ】 ●
その場にあった視線の全てが見開かれる。
なんだあれは!?、と思わず叫んだ者もいる。
その先には、夜の冷たき大気すら焼き尽くす閃光があった
金色の光の奔流は、爆発的に膨れ上がり、空を割る柱となったのだ。
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『バカ、な…!?』
リッターが発する声と、柱と見まがうほどに巨大なエネルギーの怒涛が着弾するのは同時だった。
ブレイハイドの両腕のブレード状であったプラズマエネルギーは、機体を覆い隠すほどに巨大な2つの光球へと変貌。そこから、砲撃のごとく光の柱が振り下ろされた。
『うおおぉっ!?』
直撃。
2本の巨大なプラズマブレードが、真上からエーデルグレイスの両腕へと。はるか遠くから一瞬で。
圧倒的な熱量の前に、あらゆる耐熱加工も無意味。純白の騎士の両腕は、融解して数瞬後―――消し飛んだ。
回避できなかった。光の速度に反応できる人間などいない。
光の柱が消失する。
両腕部の完全な損失。戦う力を失った純白の騎士は両膝をついた。
熱によってやられたのは、両腕に留まらない。内部の細かいパーツまでやられていた。
制御系がシステムダウンする。これで、完全な敗北が決定してしまった。
……負けた、のか。
敗者としての、感覚を悟った。
すると、
『のぉぉぉぉぉおおおおおお―――』
勝者となった者が、
『―――おおおおお―――あだぁっ!!』
重力に引かれて落ちてきた。頭からだった。
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いたた、とウィルは、落下で伝わってきた衝撃に頭をかかえながら、ブレイハイドの姿勢制御を行う。
仰向けから、また直立へ。
あれほどの高さから落ちたのに、機体の駆動系、制御系にまったくもって問題はなかった。
……めっちゃ、頑丈ッスね。おかげで助かった。
ウィルがそんなことを思っていると、
『―――少年……』
通信が入った。リッターからだった。
『決闘の勝者は…君だ』
え?、とその言葉を一瞬、信じられず、ウィルは呆けた。
見ると、そこには肩部から両腕部を失った純白の騎士が膝を折っていた。
『俺が…勝った……?』
『そうだ。そして、勝者には、権利がある』
『権利って、なんのスか?』
エーデル・グレイスのコックピットが開放された。そして、そこから姿を現したリッターは両腕を広げ、インカムに声を通した。
『―――敗者の末路を決定する権利だ。正確には命を奪う権利、とでも言うべきか』
ウィルは黙っている。
言葉を見つけられないのか、とリッターは続ける。
『騎士にとって敗北とは、死と同義。生き恥をさらすことは最も美しさにかける。君の手で引導を渡すんだ。それが、決闘の場に踏み込む者のルールだ……』
言葉が終わり、数秒後。意を決したかのように、ブレイハイは歩き出した。無力となった敗者の元へと。
周囲が静まりかえった。
一歩一歩、確かな歩を進める金閃の巨人。ついにリッターの前に立ち、右腕を振り上げ、そして、
『―――いえい!俺の勝ちッスね!』
ブイサインを見せつけた。
え?、周囲があっけにとられた。
『情けをかけるのか、少年!』
生身であるはずのリッターの叫びに、なぜかブレイハイドが気押され、後ずさり。
『え、いや、その……”引導”ってなんスか?意味分からなくて、とりあえず勝利宣言しとこうかと思ったッス!はい!』
なんだと……、とリッターは呆れてものも言えなかった。
ウィルは、そんな彼の心情にも気づかず、続けた。
『リッターさん。俺、戦ってもらって、なんとなくだけどわかったことがあるッス』
彼が見る視線の先、こちらに駆け寄りたそうにしている少女がいる。
『―――誰かのために戦うことって、それを思うだけで、大きな力がもらえるものだって。俺、生まれてから弱いままだった。弱い自分だけを守るのに精一杯だった』
ウィルは、少し間を置いて、続ける。
『…この勝ちが偶然とか、まぐればかりかもしれないけど、何か大切なものつかめたような気がするッス。生きてて、よかったって思う。だから―――』
ブレイハイドが、騎士の高さに合わせて片膝を折り、コックピットハッチを開放する。ウィルは、そこからなんの躊躇もなく、姿を見せた。
「少年…いや、ウィル=シュタルク、か」
両者の距離は、手を伸ばせば届くほどに近い。
まだ子供だというのに、という印象をリッターは持った。それでも、この敗北に悔しさを微塵も感じなかった。
ウィルは微笑んだ。屈託のない、純粋に勝ちを喜ぶ子供の笑顔のままに。
「俺は、リッターさんのこといい人だって思うッス!」
フ、とリッターはつられて笑みを浮かべた。
過去にあったどんな決闘より、すがすがしい幕引きに感じられた。
「こちらこそ、すばらしい戦いだった。礼を言おう。君は美しき立派な戦士だ。ウィル」
リッターは右手を差し出した。
敬意の込められたそれを、ウィルもまた握り返した。
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「―――なんか、こういうのいいですね。マッチョ同士じゃないから絵面も暑苦しくないですし」
決闘を終えた両者のすがすがしい姿にヴィエルは、そんなことを呟いた。
「ありゃ?あの変なジャケット着た兄ちゃんがいねえがや?」
野次馬と化していた農民(警備部隊)の1人がそう言う。
その時、
『そこまでーーーーーーッ!!』
上空から声が響き渡った。
何事!?、と全員が空を見上げ、そこにある巨大な浮遊物体を目にする。
「”シュテルン・ヒルト”ですか!?」
ヴィエルの視線見上げる先―――黒い航空艦が、夜空を巨なる存在感で、制圧する。
発せられる声は、間違いなくあの外道年増幼女のもの。声の行き先は、リッターへ向けてだ。
『”西国”の”リッター=アドルフ”。あなたの目的は知りません。ですが、ウィル=シュタルクとそちらの少女、アウニールは我々”カナリス”に所属する人間です。あなたが、”西国”からの任を背負い、このような行動に及んでいるのなら、今後の”西国”と”中立地帯”との関係にいささか問題が生じます』
その言葉に、リッターは苦笑いし、通信を入れた。背後の通信兵にだ。つなげ、と一言。
誰にも聞こえない場所で、両者のやりとりが展開される。ウィルは近くにいたが、付近は航空艦の駆動音につつまれていて聞き取ることができなかった。
そして、再度、声を発したのはエンティだった。
『―――わかりました。その条件で妥協していい、と代表者も言っています。今回の1件はこれで終結とします』
それが終わると同時に、先に待機状態だった量産機が、今は起動してエーデル・グレイスに寄ってきた。大破状態の機体を運ぶためだ。
リッターは、量産機の通信を使い、声をあげた。
『―――全部隊、速やかに退却せよッ!』
指示に応じ、部隊が退却準備を進める。元々、エーデル・グレイスのみの戦闘を想定しており、部隊展開はほぼなかったようで、動作もすばやかった。
リッターは、通信機を切ると、再びウィルに振り向いた。
「ウィル少年。この勝敗は、私にとっての誇りの一部となるだろう。そして、この命、一度の借りとしよう。また会えることを楽しみにしている」
「俺もッス!ありがとうッス!」
”美”の隊長は、機体に搭乗している部下に、指示を送る。純白の機体が肩を貸され、若干足先を引きずられながら、離れていく。
ば、ばか者!もっと丁寧に運べ!、とか、これ以上持ち上げるには出力が足りませんよ、とか聞こえたが、何とかなりそうだった。
「―――お疲れ様ッス。ブレイハイド」
ウィルはそういうと、機体を包んでいた金の燐光が、徐々に薄まっていく。
その時、
「―――エ、エクスさん!?」
「―――うおぅ、たいしたもんだ!」
「―――兄ちゃん、身軽だな!」
とそんな声が聞こえ、
「―――ウィル!どけッ!」
突如として、叫び、コックピットに飛び込んできたのは、エクスだった。しかも、いつもより表情が、鋭い。
「ど、どうしたんスか!?怒ってるんスか!?」
「いいからどけっ!」
「わ、わかったッス!」
エクスは、ウィルの身体を押しのけ、シートに座り、すばやくコンソールのボードを指で叩く。
……やはりか。データのプロテクトも解除されている!
思っていた通り、リミッターが解除されている間は、性能を解放するため全ての情報のブロックが外されている。
いまなら、この機体の正体を突き止められる。そう確信した。だが、
……時間がなさすぎる!
燐光の消失が進行するに伴い、次々とすさまじい速度でデータが閉じられていく。
……なんでもいい、なにか確信が、いや、手がかりがあれば―――
最後のチャンスかもしれない。だから、なにか―――
そして、
「これは……!?」
その最期にその単語を見つけ、目を見開いた。
消えいく、その文字は、ある意味で確信につながり、新たな疑問を生むものでもあった。
―――サーヴェイション・システム―――
消失。
ブレイハイドのその身が、元の”銀”となり、その力と機密はその深き内側へと完全に封じ込められた。
どうしたんスか?、というウィルの声が、思考にふけるエクス聞こえたのは、しばらく経ってからのことだった。