3-10:”金閃”纏いし守護者 ●
月明かりの下、銀の放つ衝撃が、大気を揺らす。
ブレイハイドだ。
銀色の装甲を纏った巨躯が、大地へと踏み込む。期待の重量を受けとめた大地は、次のダッシュの衝撃に、大きく土砂を後方へと撒き散らす。
武装などもっていない。いや、この機体の武器は、前にエクスが乗ったときに見ていた。
両腕にある巨大な籠手のような形の特殊装甲。腕のほとんどを隠してしまうほどに大きく、盾としても有効なものだ。
そして、その内側に秘められている、光の放つ兵装。
”シア”の地下の岩盤をいともたやすく、砕き、自分達を地表へと誘った、障害物を破砕する圧倒的な威力。
それを使うには、
『光れーーーーーーーッ!!』
ブレイハイドが響く声と共に、突進する。
右の腕部を振りかぶる。正面に剣を構えて迎える純白の騎士へと。
うなりをあげて、攻撃が奔る。
だが、ウィルの思う通りには行かなかった。なぜなら、
『―――勇んで走り、何かと思えば……』
ブレイハイドの右腕の武装は沈黙していたまま、空を切っていたからだ。
『ただの、ストレートな打撃だったとは…な!』
ただの打撃攻撃に過ぎない直線的で、単調すぎるうかつな一撃。
リッターの操る”エーデル・グレイス”は、軽く膝をおり、最小限の動きで姿勢を下げ、そして、左へと舞うように流れる。
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機体の動きというより、人間の動きに近い。
金属は、人間の皮膚のように伸縮しない。ゆえに機動兵器には、決まった動きというものがあることが常識。
しかし、エーデルグレイスは、膝の関節をバネに、柔らかい屈伸運動を見せたのだ。
……装甲の細分化か!
ヒミツはすぐに看破された。
通常の機体に比べ、エーデル・グレイスには細かい装甲が数多くある。
ブレイハイドと比較しても、明らかに繊細な細かい構造が随所に見られる。内側は、おそらくさらに細かい技術が集約されているはずだ。
リッターは、エーデル・グレイスを”西国で最も美しいと称される存在”と言った。
それは、”近接戦のため”、というより、”より軽やかに動ける”ことに重点を置いているように思える機体。そのあまりの精巧さはまさに誇りなのだ。
いったいあの機体の建造には、どれほどの想いが秘められているのか。
情熱だけではない、もっと他の何かが秘められているように思えてならなかった。
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流れた純白は、すでにブレードを一閃していた。
月明かりに、装甲の文様が照らし出され、淡く青く輝く。ブレードの輝きと一体となっているかのように。存在そのものが、鋭利な刃物であるかのように。
放たれた斬は、確かに銀の色の装甲を捉えていた。そう、装甲を、だ。
ほう、とリッターが意外そうな声を発する。
間合いは完璧だった。だが、敵機は無理やり機体を前へと、刃の範囲から逃れようと、跳んでいた。無論、逃れられはしなかった。
瞬間的な、斬撃の軌道修正も行った。
それでも、刃は腕部にある盾のような装甲に阻まれ、急所―――すなわち、関節部分を突くにはいたらなかった。
……こちらの狙いを読んだ上での防御、か?
エーデル・グレイスが、ステップを踏み、すべるような動作で振り返る。そして、再度訪れるであろう敵の攻撃に備え、
『なに…?』
妙な光景に、思わず踏みとどまった。
ブレイハイドは―――転んでいた。それも、見事なまでに頭から大地を削り、近くの廃屋を粉砕して止まっていた。
いたた、と銀色の機体が、両腕をついて立ち上がる。頭部に積もった土をボロボロと落としながら。
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ブレイハイドは、片膝をつき、そして立った。
見据える先にいるのは、先ほどとまったく同じ剣の構えをとり、こちらの様子をうかがう騎士。
……あ、あぶなかった。
まさか、武装が使えないとは思わなかった。あんなに気合いをこめたのに。
とはいえ、思った以上に機体は自分についてきてくれた。日ごろ、作業で慣れていただけの成果はあった。おかげで、敵の攻撃をとっさに腕の装甲で受けることができた。
しかしどうする、と思考する。
動かせるようになって初めて分かる、力量の差。こっちは素人で、相手は騎士。技量では、到底及ばない。
いや、と首を振る。
そんなこと端から分かっていた。
自分は弱い。どうしようもなく、というほどに。
なら、なにを思い、戦いの場に足を踏み入れた?戦えるものをおしのけ、戦ったことのないものが前に出た理由はなんだ?
……決まっている。
アウニールの力になっていくためだ。それを選択した。後悔のないよう、進むと決めた。
―――ウィル……私は、あなたを傷つけるかもしれない―――
彼女の声を聞いた。
彼女の奥底にある願いを知った。
―――それでも…頼っていいですか?―――
アウニールに頼られた。
なら、自分は彼女を隣で支えられる人間になる。
……そうだ、迷いなんて―――
『―――あるわけない!』
ブレイハイドは、再び大地を蹴り突進。前方へと戦意をぶつける。不退転の意思を込め、目の前にいる強敵へと拳撃を振るう。
先ほどとは違い、今度は小刻みに、勢いに飲まれないように。
だが、エーデル・グレイスは、避わす。素人の攻撃には何の意味もない。
脚部の先端がヒール状になっているのは、よりステップを踏みやすくし、地に足をついた場合での運動性を考慮しているためだ。
軽量のボディは、それこそ軽やかな挙動で、右へ、左へ、時折しゃがみ、後方へ軽く跳んだかと思うと、
『せあっ!』
膝をたわめ、そして前へと向かう加速にのせ、ブレードをによる刺突をかける。
うお!?、とブレイハイドが腕の装甲で防御する。だが、重量ではこちらに圧倒的に分があるはずなのに、それでも一撃の威力をとめきれず、弾き飛ばされた。
『うわあああああっ!?』
銀の機体が、背中から大地を削りすべる。
仰向けに倒れた機体への、追撃はすばやかった。エーデル・グレイスが前のめりになり、風を切り、こちらへと加速をかける。
ブレードを再び、刺突に構え、突進の慣性を味方にし、威力を増加させる。
『この一撃で決着としよう!』
ブレードの一撃に対して、ブレイハイドが再び腕を盾にする。コックピットと、頭部を守る形で、
……いや、ダメだ。
ウィルの中に、刹那の思考が奔る。
……防ぐばかりじゃ、ダメだ。
ブレイハイドは、防御を解く。そして、地を踏みしめ、再び立ち上がる。
迫る、剣先に対して、
……逃げない。ただ、前へ!
『迎え討つんだ!』
思いの叫びが共鳴する。