3-9:”白”と”銀”の騎士 ●
気配が完全になくなったのを確認してから、
「―――2人とも無事だな」
改めて、ウィルとアウニールに歩み寄る。
「エクスこそ、無事ッスか?なんか、右肩血まみれッスけど?」
「貴様こそ、なぜ背中をおさえているんだ?」
「い、いや。新たな喜びのようなものと、新たな制裁を同時に体感した結果、こうなったッス」
「意味が分からん」
とりあえず、バカは問題ないようだ。
次にアウニールはどうか、と思っていると、彼女はエクスの横を過ぎ、
「……そのウィンドラスがどうか―――」
「ウィンド…?」
……この時代では、まだ固有名称がないのか。
「―――機械兵がどうかしたか、アウニール?」
エクスが問うが、アウニールは返答しなかった。
アウニールは、両膝をついたままでまた止まってしまった兵士へと手を触れた。
そこにあるのは、鉄の骸。
すでにその目に光はない。
右肩が丸ごと抉り取られ、各部の装甲も剥げ落ち、ローブに包まれて目立たなかったが、中は動力パイプのほとんどがむき出しの状態であった。
それもまた、破断していたり、爆風で黒焦げになっていたり、とどうしてこれで動けていたのか不思議に感じるくらいだった。
ウィルは、そのアウニールの背中を見て、傍らのエクスに告げる。
「―――あの機械の兵隊が、助けてくれたんスよ」
「なに?」
「最初は敵みたいで、襲ってきたんスけど、気づいたら俺たちを背にして、守ってくれたッス。少なくとも、俺にはそう見えたッス」
……機械兵が最初に敵として認識していた相手を、今度は助けただと?
エクスは、半信半疑だった。
確かに、鹵獲した機械兵をプログラム修正して味方に加える、ということは可能だ。
しかし、それには相応の設備と電子関係に精通した専門家がいる。
それなのに、この石に囲まれた場所でそんなことがありうるのだろうか?
しかし、その疑問は、
「―――あの、アウニールさんが光ったのって、なにか関係あるんじゃないでしょうか?」
”メガネ”さんの発言によって、エクスの中にある種の”答え”を見出させた。
「ヴィエル=マッドレス。どういうことだ?」
「は!?久しぶりに名前で呼ばれた気が!」
「いいから詳しく話せ」
「あ、はい。いや、言ったままですけど。ウィル君のピンチをアウニールさんが、ガバーっと押し倒したところで、彼女の髪が金色になって、光り輝いたんです。そしたら、あの鉄兵が止まって…次にまた起動したと思ったら、今度は西国相手に殴りかかっていって―――」
……機械のプログラムを強制的に書き換えた?
エクスは、アウニールに目をやる。
彼女は、まだ鉄の骸へ弔いの意志を込めているようだった。
その口が、小さく動いている。
「―――ありがとう……安らかに―――」
あたかも人間を弔っているかのような、そんな雰囲気だった。
すると、ウィルが近づいていき、彼女の傍らに立つ。
「―――こいつ、俺たちを守ってくれたんスね」
「気づいていたのですか?」
「いや、勘ッス。そうなんじゃないかな、っていうやつ」
「それでも…いいと思います。”彼”も報われるでしょう」
「アウニールって、どこか不思議ッス」
「そう、でしょうか?」
「人って、生き物相手にしか普通優しくしないッス。でも、アウニールはだれでも平等に感情を向けてる。それがたとえ機械でも」
「おかしい、でしょうか?」
「いや、それはそれでいいと思うッス。きっと”心”が分かってるから」
心…、とアウニールは呟いた。
万物には”心”がある。哲学だ。
人は、知覚できないものを容易に認められない生き物だ。
だからこそ、見えないものに価値があることも知っている。
目の前の機械兵の行動は、”任務”と言う命令に基づいたものだ。
だが、最後に振り返ったあの視線は、なんだったのか。
ただ、その場で朽ちるわけではなく、守るべきものへ何かを伝えようとした……”心”といえたのか。
答えはだせない。
しかし、出せないからこそ、”彼”は肯定されたのではないだろうか?
あるかもしれなかった”証”だったのではないだろうか?
「―――ウィル」
「どうしたんスか?」
「”彼”には、”心”があったのでしょうか?」
「分からないッスけど―――あったならいいな、って思うッス」
「そうですね」
……せめて、安らかに―――
「―――とにかく遺跡をでるぞ」
エクスの声に、一同が頷いた。
あの妙な部隊長が、部隊に向けて出した号令をエクスは思い返していた。
”撤退”ではなく、確かに”後退”と言っていた。
……奴らはまだあきらめる気などない、ということか。
そして、遺跡を出たときその意味を目の当たりにすることになる。
●
遺跡を出た一行を待っていたのは、
『―――待ちかねたぞ!老若男女諸君!』
後頭部に、まとまった細い髪の毛を生やした、装飾の巨兵であった。
聞こえてきた声からして、乗っているのはあの”妙な部隊長”だ。間違いない。
「ちっ、やはりまだ手を残していたか…!」
背後から月明かりに照らされるその純白の巨躯。
全体的に細身でありながら、優雅さ、高貴さ、そして強さを失わせない戦う芸術を形づくった姿だった。
見たところ武装は、サーベル型のブレードのみのようだが、それだけで充分な脅威であった。
……対抗できないわけでもないが、こう開けた場所では。
周囲は美しいデザインに目を奪われていたりする。
そしてエクスは、生身でどう相手にするかをかなりマジに考えていた。
すると、巨人から声が発せられた。
「―――して、代表者1名は誰か!?」
……へ?
その場の全員がそう思った。
てっきり、圧倒的な戦力による脅しをかけてくるかとも思ったが、
『その『金銀娘』をかけ、代表者1名との一騎討ちを申し込んでいるのだ。使用する機体は、あそこに用意してある』
巨人が視線を向けた先には、鎮座している機動兵器がもう1つあった。
目の前の純白のに比べれば、見た目が簡素だ。
おそらく、”西”の量産機と思える。
……好機だ。
エクスは思った。
騎士道かなにかは、知らないが条件が互角になった。勝ち目が見えた。
乗ったことない機体だが、ならしは乗って数分で充分だ。
さっそく、名乗りを上げようと息を吸い込む。
しかし、
「―――俺が行くッス!」
先に大声を張り上げた人物がいた。
ウィルだった。
彼は、純白の巨人の前に堂々と立ち、自らが代表として戦うことを宣言した。
「ウィル!貴様、なにを―――」
ろくに戦闘経験もない子供がなにを言っているのか、とエクスは、ウィルの肩をつかんだ。
だが、
「俺に……戦わせてほしいッス」
目があった。
そして、エクスはその時点で考えを改めた。
決意だ。
さっきの発言は、決して思いつきや勢いで出たものではない、と感じさせる目をしていたのだ。
ウィルが、戦いを知らない素人だということは、充分に分かっていた。
それでも、
「……勝てるのか?」
賭けてみる価値はあるように、思えた。
「エクスは怪我がひどいッス。なら、まだ充分に動ける俺の方が勝算があるッス」
「フン、たいした自信過剰だ」
「大丈夫ッス」
「なら任せる、があまり期待はせん。対応策をしくまでの間、目くらまし程度には粘ってみせろ」
「いえ、勝つッス。必ず」
ウィルの動いた視線は、アウニールとあう。
彼が頷く。
アウニールは、両手を胸の前で合わせ、
「信じます…あなたを―――ウィル」
そう告げた。
『―――では、代表者は決まったようだな。さっそく、機体への搭乗を―――』
「その必要はないッス」
『いかなる意味か?』
「俺には、”相棒”がいるッス!」
その言葉が放たれた瞬間だった。
巨大な、何かが決闘の場へと、飛来する。
「な、に…?」
目を丸くしたのはエクスばかりではない。ウィルとアウニールの2人を除いて、周囲の人間全員だ。
それは、
「これが、俺の相棒―――”ブレイハイド”。こいつで勝負を受けるッスよ!」
少年の決意と、少女の呼びかけに答え、馳せ参じた銀色の巨兵。
それは、意思を持つかのように、ひざまずき搭乗者を迎えるように、胸部装甲を左右に展開し、コックピットを開放した。
中には、当然のように誰も乗っていない。
ウィルは、ややぎこちなく装甲をよじのぼり、コックピットへと身体を預ける。
すると、搭乗を感知したかのように、コックピットがそれにあわせて閉じた。
『面白い機体だ。自律機能でも搭載されているのかな?』
『よくわからないッス!』
『フ、なるほど。そう簡単に情報は渡さない、というわけか』
純白の巨人が、手に持ったブレードを縦に構える。
あたかも試合を始めるかのごとく、礼儀を重視した戦闘姿勢をとる。
『君の機体の名称を明かしたことに私も応じよう。この機体の名は”エーデル・グレイス”。我が愛機にして、”西国”において最も美しいと賞される存在。そのことを胸に刻んでくれたまえ』
ブレイハイドもまた、構えをとる。
しかし、それは構えと呼べるようなものでもない。
軽く両腕を左右に広げただけの、姿勢。
ウィルの心の内は、きわめて落ち着いていた。
……アウニールは、俺が守るッス。だから、負けない!
月明かりの下、向かい合う2体の巨人は激突する。
次回、第3章クライマックス。
機体紹介【その5】
機体名:エーデル・グレイス
戦闘法:近接武装戦術
特機:エクセレント!先に言ったが、この機体は”西国”でも最も美しき機体である。装甲各部にに施された装飾は、職人達が1週間寝ずに仕上げたまさに至高の伝統技術である。ただの装飾ではない、”至高”だぞ?”至高”!忘れてはいけない!特に夜になり、月明かりを反射し、装甲に描かれた文様が輝く様は、まさに降り立つ神のごとく神々しい。本来なら戦闘になど使わず、博物館に永久保存してもなんら遜色ない。正直、この機体が完成した当時は、「こんな美しいものを戦闘に使えというのか!私にはとてもできん!?」と思わず叫んでしまったものだ。懐かしい。しかし、私は数多の戦場をこの機体と共に駆けてきた。それは、私だけの意志ではない。技術部の皆が私に「あなたに使われてこそ、この機体はさらに輝くのです!」とか言ってきかないのだ。答えないわけにはいくまいて!私は決意した。そして美しき純白の騎士に、名を与えた。今は亡き我が妻の名だ!美しさ5割増しだ!どうだ!?さらに加えるなら、彼女と私の出会いは、まさに美しさの最高潮と呼べるもので―――(割愛)