3-8:共にある”者”【Ⅱ】
機械兵が、襲い掛かった。
その矛先は―――”西国”の部隊だった。
「なにいぃっ!?」
長大なブレードを構え、2メートルの金属の兵隊がまっすぐにこちらに突っ込んできた。
ブレードを横薙ぎに一閃し、不意を突かれた何人かが吹き飛ばされる。
「リッター殿!?これは!?」
副官がリッターに、状況の説明を求めた。
「わからん!」
即答。
当たり前といえば、そうだった。
「これはどう見ても、離反であるな。技術部め、人工知能でも搭載したのか?」
「リッター殿!部隊が混乱しております!指示を!」
リッターは、この非常時にも動じた素振りはまったく見せない。
その表情が、引き締まり、
「我が部下達よ、一度退け!各自、深追いするな!被害を最小限に抑えつつ陣形を組みなおせ!傷ついたものに手を貸せ!返答は!」
『了解!』
鋭い指示が飛ぶ。
雰囲気が先ほどとは、打って変わった。
機械兵の、重量を持った攻撃に対し、後衛の部隊がすばやく前線と入れ替わって対応する。
ブレードの道筋を見切り、互いに連携。
空を切らせ、ブレードの効果範囲ギリギリで応戦する。
その間に外側を回り込む数人が、先に吹き飛ばされた少数の負傷者を救出していく。
「C隊!負傷者の撤退を支援せよ!A隊と、残存のB隊は後退しつつ―――私の戦う道を開け!」
了解!、の返答が3方向から同時に響き、それぞれが役割に徹する。
そして、リッターは腰に下げていた唯一の武器である、サーベルを抜き、前進を始める。
「全部隊!道を開けよ!」
副官の声に従い、隊列が開く。
リッターは機械兵と相対する。
機械兵もまた、リッターを部隊長=優先排除対象として認識する。
地を踏みしめ、真っ向から大型ブレードを振り下ろした。
だが、
「―――実に無粋で…美しくない攻撃だ」
音が聞こえた。
金属を穿つ、衝突音。
次の瞬間―――空を切った大型ブレードが、音を立てて半ばから―――破断した。
……な!?
リッターがどう動いたのか、その場の誰も目で追えてなかった。
唯一分かったのは、リッターが軽く身を避わすと同時にブレードの側面へ神速の突きを何発も叩き込んだこと。
破断した大型ブレードの破片が、周囲に四散した。
だが、武装を失っても機械兵の戦闘力は死んだわけではない。
すぐさま、鋼鉄の腕部を振りかざし、打撃に移ろうとした。
「―――撃て。華麗にな」
リッターの声と同時に、機械兵のボディに小型のランチャーの弾頭が、直撃。爆炎の花を咲かせた。
機械兵の右肩部が消し炭になり、自重に支え切れなくなった右腕部が、ケーブルを引きちぎりながら地に落ちた。
強力な一撃を受け、機兵の膝が落ち、センサーの光が不規則に点滅する。
リッターは、とどめとして、再度号令をかけた。
「―――せめて散り際は美しく飾ってやろう。ランチャー隊、再装填は?」
「いつでも!」
「よく狙え!外すのは美しくない!」
体の各部からショートの火花を吐き出す、機械兵。
その目が、ゆっくりと動いた。
視線の先にいたのは―――アウニールと『彼』。
―――損傷、過多…任務続行…困難。……謝罪―――
アウニールは、機械兵が何か言っているように思えた。
いや、確かに聞こえていた。
機械兵の”声”が。
『―――守りきれないことに…謝罪を―――』
「―――撃て!」
リッターの号令が飛んだ。
だが、弾頭は飛んでこない。
「―――ぐあっ!?」「―――なんだ!貴様!?」「―――とめろっ!」
後方から、部下の叫び声が響いた。
見ると、そこに影が乱入していた。
人だ。
ナイフを流れるように振り、銃を構えた対象にダガーを投擲。
銃を持った手に突き刺さったダガーにより、取り乱した相手に蹴りを入れる。
「何者だ!?」
リッターが問う。
しかし、その答えを示したのは、
「―――エクス!助っ人ッスね!助かるッス!」
立ち上がったウィルだった。
●
エクスは、部隊の背後から単独での奇襲を躊躇なく敢行した。
ナイフによる斬撃と、的確に急所をねらう体術を組み合わせ、虚を突かれた部隊を混乱に陥れる。
しかし、いち早く反応し、対応した人物がいた。
「―――そこまでだ、華麗なる野蛮男!」
リッターだ。
瞬時に踏み込んできたそのサーベルが、他の部隊員に向けられていたナイフの軌道を阻んだ。
「見事な美しい奇襲だ。よもや私が失念しようとはな」
「…貴様が部隊長か」
「いかにも!私は、陸戦機動”ソル・ライ―――」
「リッター殿。名乗ってはなりません」
「おっと、そうであったな。言い直そう。ただの”一般軍人”だ。覚えておくがいい」
「軍人に一般もなにもあるか」
強めた力が、互いを押して弾き、両者の距離が開いた。
「うむ。なかなかに華麗な戦い方をする。これほどの使い手、名を聞いておきたいところだ」
「戦いの場に名前は不要だろう」
エクスの言葉に、リッターはフッと笑みを浮かべ、
「なるほど、戦いのみに徹する姿勢…それもまた”美”といえるだろう。強者の哲学だ」
「その娘を取り返しに来たのなら、容赦はしない」
「はっきりいいたまえ」
「貴様ら全員……潰す」
「分かりやすいが、言葉は選びたまえ。エレガントにな」
声を飛ばしあいつつも、互いにうかつに踏み込もうとはしない。
……ちっ、やはり手錬れか。
エクスは、ナイフを利き手ではない左で握っていた。
あたかも、左利きであるかのようにみせかけるため、右手を添えて、水平に構えている。
しかし、実際は右手には力が入りにくい状態だ。
応急処置をしたとはいえ、傷はそれなりの深さがある。
すると、リッターの視線が動いた。
エクスの右肩にできている出血痕へ。
……気づかれたか?
仕掛ける機会を見定めようとする。だが、
「リッター殿。今、確認が終了しました。部隊の消耗率が40%を越えています。撤退の必要があります」
40%は、ほぼ壊滅状態を表す数値である。
先の機械人形の暴走の件を踏まえたとしても、腑に落ちない数値だ。
となれば答えは目の前の男だ、とリッターは思考する。
「―――仕方あるまい。残存部隊、負傷者を1人も残すな。手を貸せ。速やかに……後退せよ!」
そう号令をかけ、サーベルを腰の鞘にしまった。
エクスは構えたまま、
「引き下がるつもりか?」
「利き手が使えない人間との決闘は美しくない、ということだ」
やはり気づかれていた。
その上で、この男は剣を納める余裕を見せつけた。
仮にここで飛び掛ったとしても、おそらく勝ち目は薄いだろう。
「それに、任務を放棄したつもりはない。必ず遂行する」
「どういう意味だ」
「すぐに分かる」
リッターは、部隊があわただしく撤退していく中を、悠然と歩き、その場を去っていった。