3-8:共にある”者”
―――それは、必然?
―――それは、偶然?
―――否、それは運命。
―――避けることはできない。避ける術はない。
―――いずれ訪れる、正しき歴史なのだ。
●
「―――なんだ、この光は?」
通路をひた走るエクスは、通路に突如として現れた金色の奔流に、不可思議なものを感じた。
足元を、視覚できる風のように流れていく。
「この先か」
その源に向け、エクスは再び駆けていく。
●
数秒とも、数分ともとれ、時間の意識が曖昧になっていた。
誰もが、輝きを放ったアウニールに目を奪われていた。
そして、いつしか光はゆっくりと収縮していく。
光のおさまりにあわせて、アウニールの髪は、先端の金色の部分を残し、ほぼ銀色の状態へと戻っていった。
「―――なにが、起こった?」
機械兵は、ブレードを振り下ろした姿勢のまま、停止していた。
まるで、時が止まっているかのように。
農家(警備部隊)の1人が、恐る恐る機械兵に、近づき、もっていたクワで、軽くつつく。
「……止まってるべや」
機械兵の目は、光を消していた。あたかも眠るかのように。
「お、お嬢さん、坊や!無事か!?」
ロブが、地面に一緒に倒れている2人に駆け寄った。
「―――ん……」
先に身を起こしたのは、アウニールであった。
「どうしたの、ですか?」
彼女は状況が分かっていなかった。
おそらく、自分自身が起こしたことさえも。
そして、すぐにその意識は、ウィルへ。
「ウィル……無事、ですか?」
ウィルは、答えない。
うつぶせに倒れたままだ。
「ウィル……?」
返事がない。
……まさか、彼の身になにか
すると、遅れてミットが駆け寄ってきた。
「お嬢さん!無事だったさ!?」
ミットは手早く、安否を確認する。
アウニールに目立った外傷はない。
となれば、心配なのはさっきから反応しないウィルのほうだ。
ミットは、急いでしゃがみ、顔を覗き込み、
「これは!?」
「どう、ですか……?」
そして、
「―――なんて幸せそうな顔してるさ!?」
場が、謎の沈黙に包まれた。
「―――は?」
言ったのは、アウニールである。
先ほどの心配に曇った顔はどこへやら、普段と変わりない無表情へとチェンジ。
そして、ウィルの顔を覗き込み、
「―――あ~、背中に乗ってたアウニールの太もも、柔らかくてよかったッス。なんか新しい喜びを得たような気が……」
そんなことをのんきにほざいていた。
しかも、起きてるし。
そして、アウニールは無言のまま、
「フンッ!」
高々と跳躍し、
「でやぁたぁっ!!?」
背中に、渾身のとび蹴りを叩き込んだ。
少し、遺跡が揺れた……ような、気がしないでもなかった。
しかも、
「さっさと、起きてください。ウィル」
ジャンプし直して、もう一度、フン!。追加。踵でグリグリの連続コンボを決めた。
「あだだだだだだだだだだだだだ!!?起きます!起きますから、やめてぇ!」
目の前で繰り広げられている光景に、周囲はついていけてなかった。
とりあえず、無事なのは分かったのでホッとする。
「―――いたた。ちょっと最近荒事から遠ざかっていたせいで、受身に失敗しちゃいました…」
先ほどまで、倒れていたヴィエルも歩みよってきた。
その時、
「―――ようやく、見つけたぞ!『金銀娘』!さあ、これで任務完了であろう!」
妙にテンションの高い声が、響き渡った。
「―――なんだ、あれは!?」
「―――き、奇抜だ!」
「―――いや、違う!変態っぽいべや!?」
「―――あれが、都会人の最終形態だがや!?」
農家(警備部隊)の面々が、突如乱入した奇抜なファッションのテンションMAX人間に恐れをなした。
分かりやすく言えば、変なのが来た!?、である。
「見よ、副官。皆が私に、注目している。これはどういうことか、述べてみよ!」
「は、それはリッター殿の優雅さ、気品といった美しさ。それに目を奪われている、ということに他ならないかと」
「エクセレント!見事だ副官。今実に心地いい、いやまことに心地いい」
彼―――リッターの辞書に、『奇抜』『変態』の言葉は、残念ながら載ってなかった。
一通り、天を仰いでいたが、改めて任務遂行へと向き直る。
「私は”西国”の陸戦機動”ソル・ライフェン”を束ねる部隊長にして、稀代の美しさを誇るリッター=アドルフである。このたびは、隠密任務でこの地に参った」
「リッター殿。隠密任務で名乗ってはなりません」
「む!?そうであったな。訂正しよう。私は通りすがりの”一般軍人”リッターである」
みんなが、黙って聞いていた。
純粋に耳を傾けているわけではなく、どこからツッコめばいいのか分からないのだ。
とはいえ、心のうちに思うことは皆同じ。すなわち、
……コイツはバカだ。間違いない。
そんなことを思われているなど、微塵も気づかないリッターは続ける。
「では、みなのもの。私はそこの……えぇ、その少年の上に乗って、踵をグリグリ押し付けている『金銀娘』を保護するためにやってきた」
そう言って、リッターはスッと手を差し伸べた。
「では、『金銀娘』よ。私と共に”西国”へ参ろうぞ」
「お断りします」
即答。
「そうかそうか。素直な子は美し……ん?今、なんと?」
「あなた方についていく理由が分かりません。なのでお断りします」
その言葉にリッターは、すばやく後ろを向き、副官とヒソヒソと話す。
「副官よ。これはどういうことだ?あの『金銀娘』は、”西国”の人間で、帰りたがっている、ということではなかったのか?」
「は…自分にはなんとも。ですが、任務上の目標では”奪還”となっております」
「しかし、可憐な乙女を”奪還”などと言って連れて行くのはどうだ?」
「任務には時として、非情に徹することも”美学”であるかと。リッター殿にはつらい選択かもしれませぬ」
「いや、私はこの試練にあえて挑もう。美しさを捨て、”美学”を得てみせよう!」
リッターが、バッ、と正面に向き直り、高らかに宣言した。
「『金銀娘』よ!私のこの心は今にも張り裂けんばかりである。しかし、私は”西国”に、そして”王”に忠誠を誓った身!そのためならば、今このときばかりは悪の”美学”へと徹しようぞ!」
「勝手に盛り上がらないでください」
アウニールの、いつにもまして辛辣な一言。
「全員、構えよ!」
リッターは聞いていなかった。
号令を受けた部下が、横一列に隊列を組む、その数10人前後。
訓練を受けた、直属の陸戦部隊員である。
「―――隊長は変だが、部下はまともそうだ!」
「―――そうだな、部下は手ごわそうだべ」
「―――ボスだけなら、たいしたことなさそうだがや」
農家の方々は妙にやる気である。
しかし、正直言って、
「―――これ、勝ち目ないですよね?」
ヴィエルがそうぼやいた。
戦闘のために鍛えられた人間とでは、戦闘能力が違いすぎる。
ジャバルベルクの人間は、かなりの世間知らずで有名だ。
世間では、けっこう名が(主に”変人”として)通っている方のリッターのことすら、会うまで知らなかったぐらいだ。
……とりあえず混乱にまぎれて、2人を連れ出して―――
「―――かかれ!」
リッターの声が飛ぶ。
それと同時に、隊列組んだ部隊が突撃を開始した。
だが、その瞬間―――
「な!? こんなときに!?」
さっきまで、沈黙を守っていた機械兵の、目に再び赤い光が灯った。
ボディの各部をきしませながらも、直立した。
「―――また、こいつか!?」
「―――まずい!危機再びだべ!?」
そんな絶望にも似た声が聞こえた。
リッターは、その姿を確認し、
「う~む。さすがは、我が技術開発部。あれだけの損傷を受けても、戦闘行動を継続できるとは。まことに惚れ惚れする」
称賛する。そして、命令を告げる。
「機械人形よ! 任務を続行せよ!」
その声に、機械兵は、特に振り返ることなく、視線も動かさない。
……再起動に手間取っているのだろうか?
と思った。
●
リッターの命令を受け、機械兵は、プログラムの起動にあわせて記録回路を検索する。
―――任務…続行…。任務、再確認……『金銀娘』確保…阻害対象の排…
そこで、プログラムにノイズが入った。
……彼を…傷つけないで…!……
―――任務……『金銀娘』、および『彼』の護衛。任務…了解―――