3-7:対話への”光”【Ⅱ】
新たな声に、アウニールが我に返った。
そして、ウィルもまた、の声の主を見て、目を丸くした。
「あなたは―――」
「フフフ、やっと見つけましたよ。2人共。これで私の名が広まること間違いなし!」
「―――誰ッスか!?顔は覚えていても、名前が出てこない!」
ウィルの悪意のない容赦なきその発言に、背中に高級なサーベル(鞘つき)を大量に背負ったヴィエルが胸をおさえた。
「ぐぅ…ここに来て、最大の精神ダメージを食らうとは!」
そんなことを言っていると、
「ぐぁ…!」 「うおあっ…!」
機械兵に吹き飛ばされたロブとミットが、3人の足元に飛ばされてきた。
「2人共!大丈夫ッスか!?」
「あ、あまり大丈夫じゃない、な」
ロブもミットも傷だらけだった。もう戦えるだけのちからなど残っていない。
機械兵は、歩を進めてくる。
「状況はよく分かりませんが…あれは敵で間違いないですね?」
え?、と誰かが言う前に、ヴィエルの姿が消えていた。
違う。すでにその場を蹴り、前へと向かっていた。すなわち、機械兵へと。
「えっと、”メガネ”さん!真正面からじゃ―――」
ウィルが、言う前にすでにヴィエルの攻撃は―――入っていた。
腹部の装甲の隙間だ。
敵の左腕による一振りをすり抜け、サーベルを突き刺していた。
攻撃の手はゆるめない。背中にあったサーベルを瞬時に抜き、流れるように続けていく。
機械兵は、防御する間もあたえられないまま、装甲の隙間に攻撃を連続して加えられていく。
突きこまれる度に、金属のボディが後ずさりしていき、
「―――はい、終わりです」
最後の一刀を、頭部の単眼に叩き込まれた。
そして、動きが止まったかと思うと、仰向けにゆっくりと倒れ、埃を舞い上げ、巨体が身動きを止めた。
あまりにあっという間の出来事に、一同言葉を失っていたが、
「―――すげえ…あんなあっさりと片付けちまうとは」
ロブが素直な感想を口にした。
いつの間にか、農家(警備部隊)の方々も、身体を起こし、称賛を送った。
「―――うひょー!やったどー!」
「―――姉ちゃんは英雄だ!」
「―――いいぞ!いいぞ!勝ちどきだ!」
「―――ざまあみろってんだい!」
そんなこんなではしゃぎまくっていた。
……実はこの人達、死んだふりしてたんじゃ?
とウィルは内心思うぐらいみんな元気だった。
「フフ、この声、悪くないですね~」
ヴィエルもまんざらでもなさそう…というよりもっとやれ的な感じである。
だが、
「―――おい、姉ちゃん危ねえ!」
誰かが叫んだ。
え?、と振り向くと、巨体が再び起き上がっていた。
停止していなかった。一時的に機能不全に陥っていたに過ぎなかった。
左腕で、単眼に突き刺さっていたサーベルを引き抜き、捨てる。その拍子に内部の部品がいくつか散らばった。
つぶされた単眼に代わり、予備であろう3つ目の小型センサーが、復活を示すかのように、赤い眼光を灯した。
「しぶといですね!」
動きは、緩慢だった。
腹部への攻撃は無意味ではない。現に動きが、ぎこちない。
もう一度センサーをつぶしてから攻撃を叩き込もうと算段を立て、ヴィエルは再び突っ込む。
しかし、ローブの内側から、鈍く光る大型の刀身が現れた。
隠れていた右腕部に取り付けられた固定武装の大型ブレードだった。長すぎるのか、先端が地面をこすっている。
それを、
「な、しま―――」
横薙ぎに一閃してきた。
ヴィエルの持つサーベルと比較すると、そのリーチはあまりに長大。
すでに間合いに踏み込んでしまっていたヴィエルは、
「うあぁっ!?」
まともにくらった。
幸いだったのは、駆動系に損傷を与えていたため、刀身が縦になっており、横っ腹による打撃であったため、両断されずに済んだこと。
それでも、軽々と吹き飛ばされ石壁に叩きつけられた。
「ぐ……」
地に崩れ落ちる。ダメージから立ち直れない。
ブレードの下部には、グレネードを取り付けていたと思われる機構が見てとれる。壁を吹き飛ばしたのもそれによるものだった。
1発限りで残弾はないようだが、メインはブレード。戦闘に支障は生まれない。
そして、機械兵は、やはり執拗にアウニールへと向かっていく。
農家(警備部隊)の全員も、先の一撃を受けたことから、容易に手を出せずにいる。
機械兵は、そんな連中など歯牙にもかけず、まっすぐに歩を進めてくる。
だが、最後に立ちはだかったのは、ウィルだった。
「ウィル、むりです…やめてください!」
アウニールが初めて声をあげた。
「大丈夫ッス!俺、打たれ強さには自信あるッスから!」
そういって、ウィルは真っ向から機械兵に突っ込んでいく。
だが、
―――迎撃対象1。非武装。任務阻害指数…D。武装使用、不必要―――
左腕の一撃を横っ腹に食らった。
だが、
「―――ぐ…さすがに効くッス。だけど、通さない!」
ウィルは踏みとどまっていた。
何人もが吹き飛ばされてきた、一撃を耐えて見せたのだ。
いつかと同じ。ただ耐える。
勝算はある。
…”メガネ”さんがダメージから、立ちなおるまで時間を稼ぎ続けられれば―――
次の裏拳が襲う。
今度は、反対から。
それも、受ける。
強烈な一撃だ。痛みが走り、意識が飛びそうになる。それでも、
……退けない!
自分が退けば、敵の手はアウニールに届いてしまう。だから、
「―――絶対に退かないッス!」
今度は、顔面に一撃。
一瞬、後ろにのけぞるが、
「まだ、ま、だッ―――!」
身体を前へと、ただ、前へと。
ただ振るだけで、凶悪な武器となる、誰もが恐れた容赦なき、機兵の攻撃を、少年は耐え続けた。
支えるのは、身体の屈強さだけではない。
誓った約束と、己で決めたことを成し遂げようとする意思から生まれる精神力。
それが、ウィルにはあった。
だが、
―――対象1.行動不能検知不可。変更。任務阻害指数…A―――
機械兵は、対象の排除方法を切り替えた。すなわち、左腕による打撃から右腕のブレードでの両断へと。
大きく振り上げられるブレード。
「坊や!危ない、逃げろ!」
しかし、ウィルの意識は朦朧としていて、ただ踏みとどまることしか思考できていなかった。
当然だ。
あれだけ、打撃を受けて意識を保っているほうが奇跡だ。
普通なら気絶どころか、下手すると死んでいる。
そして、機械兵が無慈悲なブレードを振り下ろそうとした時、
「―――だめぇっ!!」
叫びが聞こえた。
アウニールが、飛び出し、ウィルを背中から前に押し倒していた。
ウィルを庇う姿勢で、地面に倒れる。
その上にブレードが振り下ろされた。
誰もが息を呑んだ。目をつぶった者さえいた。
これから起こるであろう惨劇に。
だが、
―――彼を、傷つけないで……!
アウニールの髪の先端にあった金色が、一挙に領域を広げた。
先端から、全体へ。まるで塗りかわるように。
そして、風も吹かない場所で舞い上がった金色の髪は輝きを放ち、その先端が機械兵の腕に触れた。
ブレードの軌道が逸れた。
2人を避け、横にずれた刀身が石を砕き、地面に沈む。
そして機械兵は、金色の光に魅せられたかのように動きを止めていた。