3-7:対話への”光” ●
「―――見つけたど!」
その声に、部屋の中にいた全員が注目した。
「もう来たのか!?」
ロブが、現れた人間を警備部隊の1人と判断する。
ミットも慌てて腰をあげた。
この部屋には、入り口が1つしかない。そこを塞がれてしまったゆえ、逃げ場がない。
しかも、
「―――おー!でかした!」
「―――悪党め!覚悟するだ!」
「―――俺の住む近所で事件起こすとはふてえ野郎共だ!」
「―――はよ帰らんと、母ちゃんにどやさるっべや!」
後から来る来る。
どこから沸いてきたのか、すでに部屋の中には10名以上の作業服を身に着けた、”警備部隊員”の姿。
そして、みなが手にもっているのは、クワ、熊手、鎌、耕運機、その他―――
「な、なぜ農家のみなさんがこんなに!?」
ウィルから、最もな疑問。
どう見ても、畑仕事の帰りに立ち寄りました、としか思えない人々であった。
「きっとそこの2人が牛か野菜でも盗んだので、追ってきたに違いないかと思います」
「なるほど!2人とも、早く返したほうがいいッス。食べものの恨みは恐ろしすぎるッス」
ウィルとアウニールの視線に、
「違うわ!」
ロブがツッコミ返した。
「でもロブ。この街着いたとき、腹が減りすぎて、こっそり畑の大根もって行ってたさ」
「お前は黙ってろ、ミット!」
相棒が余計なことを言ったため、
「―――この間引っこ抜かれてたのは、おめぇの仕業だったか!?」
「―――少年、少女に加えて野菜までもくいものにするとは、とんだ悪党だ!」
「―――ほしけりゃ、一言頼めばいいべや!」
「―――捕まえたら、とりあえず飯を食わせてやるべ」
農家(警備部隊)の方々は、段々畑のように広大な心の持ち主であった。
「……2人共。おとなしく捕まったほうが得ではないでしょうか?」
「そうッスね。ご飯もらえるなんて、うらやましいッス。お得ッス」
ウィルとアウニールが、投降をおすすめ。
「オラ、捕まったほうがいいように思えてきたさ?」
「奇遇だな。俺もだ」
ロブとミットもそんな気がしていた。
とりあえず、しばらく食い扶ちの心配はしなくてよくなりそうである。
事が収まりそうな雰囲気になりかけた、その時。
入り口と反対側にある石壁が―――吹き飛んだ。
誰もが、目を疑った。
破砕は、反対―――部屋の外からだ。
穿たれ、後から一部の石が遅れて崩れる。
そして、土煙の舞い上がっている新たな入り口の奥に、2メートル近い大男の影が現れた。
影は、部屋の中に踏み込み、その姿を露わにする。
機械兵だった。
全身のギアの回転音をうならせながら、部屋にいる全員の危険指数を単眼を通じて測定していく。
「―――ありゃ、なんだべ!?」
「―――よくできてるわい!」
「―――農業には向かなそうだ」
農家(警備部隊)の方々は、口々に好き勝手な感想を述べた。
そんなことを言っている間に、機械兵の単眼がアウニールに向けられた。
―――対象、特徴判別。『金銀娘』類似点多数。身体特徴照合率…99%―――
機械兵が動いた。
金属の足を踏み出す。そうとうな重量があるため踏んだブロックが、音を立てて砕ける。
その行き先は、
「―――まずい、逃げろ!」
アウニールだ。
機械兵はまっすぐに、金銀少女に手を伸ばし、
「やろう!」
別の人物に妨害された。腰から大振りのナイフを抜いたロブだ。
機械兵の腕に横から、ナイフを振り下ろす、が
「うお!?」
単眼が、ロブへと睨みつけるように動いた。
敵対行動を瞬時に判別し、ローブ隙間から金属の腕が振りぬかれる。
ナイフで受けたが、予想以上の速度と金属の重量が合わさった裏拳のあまりの威力に成すすべなく吹き飛ばされる。
数メートル吹き飛び、壁に激突する、が、
「ミット…!そいつは、たぶん”西国”の兵器、だ!お嬢さんたち連れて…逃げろ!」
膝と腹に力をいれ、相棒に向かって叫ぶ。
ミットの判断は早かった。
戦場で生きてきた身。非常時の対処法は、考えるより早く実行する反射が身についていた。
「お嬢さん、坊や。早く来るさ!」
言われ、ウィルは頷き、座り込んでいるアウニールに手を差し伸べた。
アウニールは迷わず、その手をとって立ち上がる。
そうしている間に、機械兵の単眼が再びアウニールを視界に入れる。
すると、今度は、
「―――みんな!つっこめぇっ!」
1人の声を皮切りに、農家(警備部隊)の面々が、武器片手に突撃をかけた。
―――迎撃対象12名。武装判定。妨害危険度…C。直接攻撃により迎撃可能―――
機械兵は、四方八方から振り下ろされた攻撃に対し、棒立ちしたまま受けた。
当然ながら金属で構築されたボディに、たいしたダメージは入らない。
お返しとばかりに、今度は機械兵が全身の出力をあげ、ローブの中から左腕をすさまじい勢いで一振り。内側から外へと放たれた衝撃に、群がっていた全員が木の葉のごとく吹き飛ばされる結果となった。
「のわぁ!?」 「ひえぇ!?」 「だがやぁ!?」
口々に苦悶の声をあげ、各々の方向へと飛ばされた農家(警備部隊)は、誰もがほぼ一撃でノックアウトされていた。
「あれだけの数を……一撃!?」
普段、戦いなれていない人ばかりだ。当然でもあるが、屈強な男達の軍団をいともたやすく、行動不能に追い込めるほどの性能を目の前にし、ウィルたちは驚愕する。
対象が戦闘能力を失ったと判断した機械兵は、三度、アウニールに向けて歩を進める。
しかし、その前に、
「坊や、お嬢さん連れて!早く逃げるさ!」
2人を守ろうとするミットの背中があった。
「……無理です。人の力で勝てる見込みはほとんどありません」
アウニールの言葉。それは正しい。誰もが思うだろう。
「確かに、そうかもしれない。戦うのなんて、もうこりごりさ―――」
でも、とミットは返した。
「―――でも、オラたちは、子供を見捨てて逃げたことは、一度もないさ!」
それは信念。
いかなる場でも、人として誇れる、絶対の掟。
それを捨てずにいたからこそ、ミットとロブは、ここまでこられたのだ。
「―――そう、だな。忘れたことは……ねぇ!」
機械兵は、向かってくる2人を排除対象として、認識。
2人の攻撃を、先ほどと同じように左腕の一撃で、苦もなく弾き飛ばす。
一撃で意識が飛びそうになる。
それでも、決して立ち上がることをやめようとはしない。
「―――アウニール……先に逃げてほしいッス」
「ウィル……?」
少年の発した言葉の奥にある意味を、アウニールは感じとる。
戦う気なのだ。あの機兵と。
「どうして……勝てないと分かっているのに、戦おうとするのですか?」
「俺、あの人たちの気持ち、分かるッス。先の見えない道を歩くって、すごい怖いことッス。逃げて来たってあの人たちは言ってたけど、全然そんなことない。俺は、あの人たちを助けたい」
そう言って、駆け出そうとするウィル。だが、
「行かないで…ください」
気づくとアウニールの手が、ウィルの服の袖をつかんでいた。
細く白い指で、精一杯の意思を込めて。
うつむいて、そう呟いていた。
「一緒に、いてくれるって言いました。あれは…嘘だったんですか?」
引き止めたい。
ここで、手を離せば、初めて心を許せた人を失くしてしまいそうな気がした。
「―――嘘じゃないッスよ」
ウィルは、振り向き、袖をつかんでいた手を握った。
肌を通じて、体温が、脈の鼓動が伝わってくる。
笑顔だった。
いつもと変わりない、彼の当たり前の笑顔。
……だめ、もう失いたく、ない。
アウニールの脳裏に何かがフラッシュバックした。
何かはわからない。
だが、そのときにも誰かの手を放して、それで―――
「―――てっ、なんですかあれぇーっ!?」