3-6:”砲撃”武士
「―――ここから移動する必要がある。お嬢ちゃん、悪いがもう少し一緒に来てもらうぞ」
と、のっぽのロブが言った。
今回の誘拐に関わっているのは、ミットとロブの2人だけ。他は一切関係ないというのを、彼は教えてくれた。
「どうして、私とウィルを?」
「お嬢さん、アンタは”西国”に重要人物らしい。それを利用して、大金をせしめるのが今回の目的だ。そっちの坊やは……まあ成り行きだ」
「私が……”西国”に、どうしてですか?」
「それは、わからん。とにかくアンタには、相応の価値があり西国も要求に応じる、と言ってきた。だが、その前に面倒なのが向かってきてる」
「もしかして、警備部隊さ?」
「そうだ、ミット。あいつらはこの場所に詳しい。それに人数も多い。下手に介入されるとまずい。だから、場所を変えて、再度”西”の部隊に連絡をとる」
「そうか……仕方ないさね」
ミットは腰をあげ、
「んじゃ、お嬢ちゃん。ちょいと我慢さ」
「あ―――」
傍らにいたアウニールを横抱きに持ち上げた。
「お金……そんなに必要なんですか?」
アウニールが問う。
人の世界で、お金は必須だろう。非合法に生きるものたちは、汚く稼ごうとするのも当然だろう。
しかし、この2人は違う。
やっていることこそ、公共の正義に反する行為だが、モラルを損なうことを避けている。
なら、どうして―――
「―――オラたちは、戦争からあぶれた人間として、この中立地帯に流れ着いた。戦うのが嫌になったさ」
ミットは、語り、ロブが外の様子を伺いながら、続きを代わる。
「―――”朽ち果ての戦役”で、俺たちは地獄を見た。人の根底にある闘争本能を垣間見て、恐怖した。逃げ出したのさ」
「でも、逃げ出したはいいが、オラたちは兵士としてしか生きる術を知らなかったさ。生きるためにはお金がいる。今回、お嬢さんたちに迷惑をかけると分かっていても、大金を手に入れる必要があると思ったさ」
「兵士として生きてきて、その過程で学んだことをこんなことで役立てるとは、おかしで皮肉な話だ。本来は力のない人間を守るために身につけた技術なのにな……」
話す2人は、悲しそうだった。
努めて隠しているが、それでも彼らがどういう日々を過ごしてきたかが、伝わってくるようだった。
兵士は、この中立地帯では忌み嫌われるか、利用されて死ぬか。そのどちらかだ。
彼らは、変わりたいと思っているのだ。
この作戦を最後に、新しく踏み出すために。
できる限り、力を尽くして―――
「―――アウニール!!」
だが、3人の思考が4人目の声に切り替わる。
ウィルだ。
彼が目を覚ましたのだ。
「起きたさ、坊や。大丈夫だ。お前さんはここに置いていく。警備部隊が見つけて保護してくれるはずさ」
ウィルは、状況の判断ができていない様子であったが、1つだけはっきりとわかったことがあった。
「アウニールを……連れて行くんスか!」
ミットに抱えられたアウニールの姿を見て、
「そんなの、させないッス!」
自らの縄を何とかしようと、渾身の力を込める。
「……無理するな。その拘束術は単純そうで一番強固だ。子供の力ぐらいではビクともしない。あきらめろ」
ロブは事実を突きつける。
この場で、ウィルにできることはなにもない、と。
おとなしくしていれば無事に元の場所に帰れる、と。
だが、
「悪いけど、それは聞けないッス!」
彼は、
「俺は決めたんだ!アウニールが自分で進む道を決められるまで、そばにいる!そう俺自身の意思で決めた!だから、絶対に無理やり連れて行かせなんか―――しない!」
叫んだ。
現実に抗おうと。
力が及ばないとあきらめて、後悔したくないから。
「ウィル……」
アウニールは、彼が無理して、責任を感じて付き合ってくれていると、ずっと思っていた。
同時に、自分のために周りの人が傷つくのではないかと、どこかで恐れていた。
なら、自分は1人でいるべきなのだと。
誰かを頼ってはいけないのだと。
だが、目の前で抗う彼は言った。
そばにいたいと思うから、一緒にいるのだと。
私は、頼っていいのだろうか、彼を。
いや、もう答えは出ている。
「ウィル……私は、あなたを傷つけるかもしれない……それでも…頼っていいですか?」
アウニールは、彼を信じて、その言葉を告げた。
「当然ッス!」
根拠のない励ましにしか、他の人間には聞こえないかもしれない。
それでも、アウニールには、これ以上ない、安心をくれる言葉だった。
「ロブ……やっぱり―――」
少年の言葉に、男の心が揺らいでいた。そして、自らの行動を恥じる意思が生まれた。
「おい、ミット!何してる!?」
ロブが叫ぶ。
ミットは、足を進める―――ウィルの元へとだ。
そして、
「―――悪かった。本当に、すまないさ……」
アウニールをそっと降ろすと、2人を拘束していた縄をナイフで切断した。
「おじさん―――」
拘束を解かれたウィルは、身体を起こし、ミットを見据える。
どんな罵りでも受ける覚悟だった。それだけのことをしたと思っていた。
だが、
「―――ありがとうッス!」
少年から発せられたのは、感謝の言葉だった。
皮肉などではない。ウィルは、皮肉を言えるほど、頭はよくない。
その顔にあるのは、笑顔だった。
さっきまで激昂していた表情は、すっかり消えうせている。
「お、怒らないさ?」
「いや、さっきまでは怒ってたッスけど、でもやっぱりいい人だったから、許してあげるッス」
ミットは半ば呆然としていたが、不意に、
「ありが、とう……」
瞳から涙が、流れた。
顔をしかめ、ありがとうありがとう、とうつむき、うめくように男は泣いていた。
「ど、どうしたんスか!?」
「―――ミットは、妻1人と子供2人がいたんだ。それが、戦時中にみんな同時に病にかかってな。死に際に会えなかったんだよ。生きてれば、ちょうどお前さん達ぐらいだ。許された気がしたんだよ。悪いが、少し付き合ってやってくれないか」
ロブは、泣き崩れるミットを見守っていた。
親友として、そして姉と結婚した家族でもあるその男を。
「―――しかし、どうするかね。もうお前さん達を連れて行く理由はなくなった。だいぶ時間もロスしたし、俺たちだけで逃げ切れるか……」
ロブは頭をかきながら、ため息をついてそう言った。
「もう、いいんスか?」
「ああ、元々俺も仕方ないと思って、イヤイヤながらしてたんだ。この方法しかないってな。だが、ミットがこのざまじゃもう続ける気もなくなった。しかし、仮に脱出できたとしても、また放浪の旅だな。のたれ死ぬ前に、なにかにありつけるといいがな」
憂鬱気味なロブ。
すると、ウィルは、提案した。
「―――なら、”カナリス”で働いたらどうッスか?」
空気がとまった。そりゃもう、ピタリと。
あれ?、とウィルが困惑する。
ロブは当然だが、さっきまで泣き崩れていたミットも顔を上げ、呆然としている。
信じられない言葉でも聞いたかのように。
「……お前さん、”カナリス”って言ったか?あの運送組織”カナリス”?」
「そうッス。俺とアウニールは、住み込みで働いてる従業員ッス」
「なんてこった……ますます、やばいじゃねえか。これは、マジでヤバイな」
ロブが、苦悩に頭を抱えた。
よりにもよって、中立地帯の最大企業を敵に回してたのか、と。
「ってことは、警備部隊の派遣は”カナリス”から要請か。どおりで手回しが早いと思ったぜ」
「大丈夫ッス!俺の口から、エンティさんにかけあってみるッス!そうすれば―――」
「見逃してくれるのか!?」
「―――半殺しぐらい、で許してもらえるかも」
「!?」「!?」
ロブとミットは、開いた口を塞ぐのに、しばらく苦労した。