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3-5:”武神”といわれた男【Ⅳ】 ●

 ヴィエルは、遺跡を奥に向けて走っていた。

 しかし、


 ……これ、しらみつぶしに探すしかないんでしょうか?


 ふと、そんな考えが浮かぶ。

 遺跡構造は、データを事前に見ていたので、熟知しているのだがこの先はたしか、


 ……小部屋まであわせると1000ぐらいあるんですけど。先に行っても、ちょっと1人で探すにはきつくないですかね?ていうか、先に行けって、後から追いつけなくなるのでは?


 愚痴も含めていろいろ考えていると、手元の端末に通信のマークが表示された。

 足を止める。


「なんですか?」

『あれ、エクス君は?』


 相手はエンティだった。

 エンティは、通信越しにエクスがいないことに気づいたようだ。


「彼はセクハラ人間を片付けてからくるそうです」

『なにそれ?』

「それはそうと、なんでしょう?」

『ジャバルベルクの警備部隊がそこに突入したって連絡受けたよ』

「ジャバルベルクの警備部隊ってたしか―――主武装がクワじゃなかったですか?」

『農業の合間ぬってきてくれるからね』

「それ、警備部隊って言います?なんか、和みますよ」

『しかたないよ。ジャバルベルクは犯罪率1%以下なんだから。価値あるの農産物だけだから、いまだにお金の取引より物々交換の方が主流なぐらいだし』

「文明から切り離されすぎたんですね」

『いや、でも身体の頑丈さには自信あるらしくて。『俺たちに任せろ!』とか『ウチのクワ捌きみせたるで!』とか、妙にやる気あったね』

「ながらく刺激的なイベントとかなかったんでしょうね。お祭りかなんかと勘違いしてるのでは?」

『まあ、内部構造に詳しいからすでに奥にいって、探し始めてると思うけど。あ、ついでにもう1つ伝えとくよ』

「逃げた牛探してるわけじゃないんですけどね……なんですか?」

『”西”の部隊も遺跡に入ってるみたい。鉢合わせに気をつけて』

「そっち先に言ってもらえます!?」


 ヴィエルがそう叫んだとき、


「―――そこの女性!何者だ!」


「ほら、さっそく会っちゃったじゃないですか……」

『じゃあ、がんばって』

「はいはい。せっかくの休暇ですから」


 ヴィエルは通信をきると、声をかけてきた男の方に向き直る。

 いや、男”達”だった。

 4人1組のフォーマンセル。赤を基調とした戦闘服は、間違いなく”西”の部隊証だった。


「なにか御用でしょうか?」


 ヴィエルの営業スマイルに、4人の部隊長であろう真ん中の男が返す。


「ここは、われら”西”の制圧下に置かれることになった。部外者は立ち去ることをお勧めする」


 ……交渉から入るんですか?意外と紳士的。


「あ、いや、私この奥に用事がありまして」

「どうしても、この先に行くといわれるのなら、女性といえども容赦はできない」

「大の男が女性に4人がかりなんて卑怯では?」


 男は、その言葉に、む、と口をゆがめる。


「確かに、それでは美しき騎士道に欠ける振る舞い」


 なら、と腰に下げていたサーベルを鞘ごとを、ヴィエルの足元に投げてよこした。


「それを使い、我らを1人づつ相手していただこう。正々堂々と」

「このサーベルを使えばいいんですね?」

「そのとおり」


 そう言って、男は仲間から同型のサーベルを受け取る。


「では、いざ―――ん?」


 構えをとったと時には、すでにヴィエルが間合いをつめていて、


「―――チェストぉ!」


 鞘がついたままのサーベルを、男の頭に振り下ろしていた。


「ぶフおぉっ!?」


 脳天を強打され、男が床に沈んだ。


「き、貴様! 不意打ちとは!?」


 残り3人が一斉に、サーベルを抜く。


「あれ、まだ始まってなかったんですかぁ~?」


 ニヤリと笑みを浮かべたヴィエルは、また駆けた。

 驚くべき瞬発の初速だった。

 一瞬身を低くしたかと思うと、男達が次に知覚したのは背後に抜けたヴィエルの存在だった。

 ヴィエルは、姿勢を直立させ、


「騎士道って、意外と隙だらけですね」


 そう微笑を浮かべた。

 それと同時。

 男達は、何をされたのかもわからないまま、昏倒して床に倒れ伏した。


「あ、この武器高く売れそうだから全部もらっていきますね」




挿絵(By みてみん)


 エクスは、回転しながら飛来した刀の軌道を見切り、身を低くすると同時に右袖の中に隠していた投げナイフを投擲し返した。


「おっと」


 ムソウは、駆け出そうとして、しかし横に避けざるを得なかった。

 互いに飛び道具の投擲により、踏み込みに一瞬の遅れを作らせ、結局は同時となる。

 だが、優位は、


「おいおい、武器は卑怯じゃね?」


 懐からナイフを抜いたエクスにあった。

 身を低くし、床すれすれを疾走するかのごとく切りかかる。

 ムソウは避けない。否、蹴りでナイフの軌道をそらした。

 だが、エクスは蹴り払われると同時に、流れにのって身をひねり、回転。背後をとる。

 視覚外。すなわち死角から横の一閃を放つ。

 常人なら、切られたことはおろか、背後をとられたことにすら気づくのに遅れるであろうという速度。

 だが、


「おしいな」


 刃は止められていた。

 右腰に残されていた、もう1つ―――ボロボロになった布で包まれた鞘から、わずかに抜かれた刀身によって阻まれていた。

 そして、ムソウは、背後を振り向いていない。わずかに半歩ひくという最小限の動きで対応してきた。

 ”勘”だ。

 長年、戦いに身をおいた者が得る、心眼にも似た、理論では推し量れない実力の証明。

 そして同時に、


 ……こいつ、いつ刀に手をかけた?。


 残った刀には警戒していた。意識もしていた。

 それでも、鯉口を切る音すら聞こえなかった。目で追えなかったのだ。

 それだけで、この男が一筋縄ではいかないことを確信する。

 まだ、刃はぶつかったまま、拮抗している。刀は完全に抜かれてはいない。

 だが、


「退かなくていいのか?」


 ムソウの声が笑いを含んでいるように感じられた。


「……ちっ」


 エクスは、軽く舌打ちして、その場から大きく跳び退る。

 長い得物との戦闘では、懐に入ればナイフの方が有利。

 しかし、その常識はこの男には通じない、とエクスの”勘”がそういっていた。


「いい動きだ。あらゆる動作に隙がない。お前、それ我流か?」

「聞いてどうする」

「なに、興味津々なだけさ。結構いろんな奴みてきたが、”西”でも”東”でもねえ型だ。”中立地帯”てのはおもしれえところだな」


 ムソウは、そう言って抜きかけた刀を鞘に再び納めた。


「……抜かないのか」

「こいつは俺様のとっておきだ。いざというときまでは、腰に下げてんだよ。それにな―――」


 ムソウが、フっ、と笑い。キセルをくわえたまま、煙を吹き、


「―――お前の戦い方、妙だな」

「なに?」


 エクスが、ナイフを逆手に持ち替え、右足を軽く引き、腰を落とす。


「どうも、人間相手にするには狙いどころが不自然だ。普通、背後から切るなら、腰切ったって致命傷にはなりにくい。ましてや、そんな小っさな刃物じゃなおさらだ。狙うなら―――」


 ムソウが、自分の首の頚動脈を、軽く指で示す。


「―――ここだろ?」

「何が言いたい?」

「お前……”人間”と戦ったこと、あまりないだろ?」


 エクスは、答えない。

 沈黙は、肯定となる。


「図星か。まあ、それでも別の何か(・・・・)と、戦ってきたのは間違いないんだろうがな」

「……だからどうした。ここで、貴様をつぶし、先に行くことに変わりはない」

「そのつもりだろうな。躊躇はないみたいだからな。だが、無理だ」


 次への戦闘姿勢をとるエクスに対して、ムソウはやはり無構えで立っていた。


「無理だと?」

「お前と違って、こっちは人殺しの場数が違うって言ってんだよ」


 言葉と同時に、あふれ出る殺気。


 ”東国武神”。

 それは、英雄の通り名。

 そして、数多の人間をこの世から消してきた人殺しの称号。

 あらゆる者を畏怖させる、戦いの超越者。


 ……勝てるか?


 エクスは、自らが勝つというビジョンを容易に想像できなくなっていた。

 敗北させられるという錯覚を感じさせられた。


「く……!」


 いつ以来だろうか。明確に”恐怖”を意識させられたのは。

 あの”絶対強者”とは、異なる有機体の威圧力。

 こうもちがうか、と。

「どうした?腰が引けてるな」

 挑発だ。

 分かっている。


「さっさと踏み込んでこいよ。楽しくいこうぜ」


 それすら、不可視の攻撃。

 精神を削る、強者の言霊。

 だが、エクスは、


「―――フ……」


 笑った。


「……そうだな」


 ……確かに、俺は人間と戦った経験は少ない。認めてやる。


 だからこそ、今まで知らなかった。


「楽しくいくか」


 ”人間”と戦える、この高揚感を。

 力を持つ人間として、強い人間と争いあう、その先にある勝者として敗者を見下ろす愉悦を。

 どちらが強いかを思い知らせる。

 エクスは、自身の中にある、人間としての本能を引きずり出す。


「……いい顔だ。やっと、血を交える人間の目だ。こうでないと―――」


 ムソウの言葉を待たず、エクスが仕掛けた。

 前に倒れるように、姿勢が落ち、小さな、しかし強靭な脚力によって前へと加速する。


「は!」


 ムソウも鼻で笑いつつ、また駆けた。

 前に向かいつつ、それは迎撃の構え。

 ナイフが、軌跡を描く。

 先端は目で追えない。なら、相手の腕の動きを追えばいい。

 ムソウは武器を持たない。卑怯などとは言わない。

 武器なぞ持たなくても、俺は強い。絶対的な実力に裏付けられた自信こそ、最強の武器だ。


「!?」


 エクスの攻撃が見切られる。

 手首を弾かれ、体制が崩され、


「らぁッ!!」


 強力な蹴たぐりを、鳩尾に叩き込まれた。

 予備動作など、ほとんど見えなかった。

 あばら骨がきしむ。

 だが、


「―――ち、誘い込まれたのは俺様の方か」


 エクスはわずかに体の軸をずらし、直撃を避けていた。

 そして、その足に肘と膝による―――交差法の一撃を加えていた。

 今度は、ムソウから後方へ退く。

 不用意に間合いはつめない。

 エクスは、構えなおし、再攻撃の隙をうかがう。が、


「ぐ……」


 膝をつく。

 直撃を避けたとはいえ、ムソウの脚力は予想をはるかに上回って重かった。

 速さと重さ。

 両方を兼ね備えた、人間離れした威力をもし、まともに受けていれば一撃で沈められていた。


 ……まずい、次が、くる。


 ハッタリでも立たなければ、と力をこめるが、


「―――さーて、ここまでかね」


 不意に向けられていた殺気が途切れるのを感じた。


「な、に?」


 見ると、ムソウが最初に投げたまま放置されていたもう1本の刀を回収し、腰の鞘へと戻しているところだった。

 こちらに背を向けた、それこそ無警戒そのもの。

 いや、警戒はしているのだろうが、そのレベルを下げた、というところだろうか。


「どういう、つもりだ」


 唐突に訪れた戦闘終了を告げる言葉に、エクスは疑念を抱かざるを得なかった。


「言ったろ。俺様は暇つぶしに来たんだよ。充分に楽しませてもらった。満足満足」


 ヘラヘラ笑うムソウは、そう言った。


「貴様……」

「なんだ?」

「なぜ、右腕を使わない」

「そりゃ、無理だ」


 ムソウは、そう言って長く垂れ下がった服の右袖をわしづかみにした。

 そこは、空洞。

 本来腕があるはずの空間は、左腕によって握りつぶされている。

 隻腕だった。

 エクスは、あろうことか片腕の相手に、実力で負けかけていたという事実を知った。


 ……もし、この男に右腕があったら―――


 自分は負けていた?


「―――お前さん、今『右腕があったら負けていた』とか、思ってんだろ?」


 エクスは、ハッとなる。


「無表情な奴かと思ったら、意外と顔に出やすい奴だな」

「ち……」


 ダメージから幾分か立ち直ったエクスは、膝に力を込め、立ち上がる。

 口を切った際にあふれて、口の中に溜まっていた血を、ペッ、と床に吐き捨てる。


「さて、俺様の用事は終わりだ。先に進めよ。ほれ」


 やけにあっさりした、態度に煮え切らないエクス。

 こうも簡単に切り替えられる人間は初めて見る。


 ……ムソウ。この男は、一体―――


 その時、暗い回廊の奥から、カツン、と音が聞こえた。


「ん、なんだこの音?」


 やけに、軽い音だ。

 金属が石にぶつかる音に似ている。いや、その通りだった。

 気づくと、闇の中に、赤の丸い光が浮かんでいた。

 エクスには、それだけで正体が分かった。


 ……こいつは。


 それは、通路の奥から歩いてやってきた。

 頭部の単眼センサーを光らせる、2メートルの躯体。

 全身をローブで覆っていても、見紛うことはない。


「”ウィンドラス”……!」


 それは、まだ存在していない機械人形の名称だった。

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