3-5:”武神”といわれた男【Ⅲ】 ●
おぼろげに光を放つ回廊で、2人は、突如として現れた”東国”の”侍”と対峙していた。
目の前の男がいかなる目的をもって現れたのか。その真意とは……
緊迫に包まれたその空間を、先に破ったのは、
「―――セ、セクハラです!この人、セクハラ人間ですよ!?」
己の身を守るように抱いたヴィエルの叫びだった。
その頬を赤らめながら、不謹慎な発言をした男をにらみつける。
「セクハラ……ってなんだ?」
問いが向けられた視線の先は、
「……知らん」
エクスだった。
「いきなりどうした、ヴィエル=マッドレス。妙なことでも言われたか?」
「この男が私のことなんていったか、聞いてなかったんですか!?」
そういわれ、エクスは数秒前のことを思い出す。
たしか、
「―――巨乳メガネ、か?」
「なんで、口に出すんですか!?」
「事実を言ったまでだ。何をそう叫ぶ必要がある?」
「さ、さてはデリカシーないタイプですね!」
「よく言われていた。意味はよく分からんが」
「あなた!女性と付き合ったことありませんね!?」
「ある」
即答する。
……あの女はむしろ”巨乳”とか”いい尻”とか言われると、『フハハハハ!この超絶魅惑的なおっぱいとヒップの前にひれ伏せ!』といって上機嫌だったが。
少々、思い出にひたる。
「涼しい顔して嘘ですか!?」
「なぜそうなる?」
「―――おーい、俺様、置いてかれてるような気がするんだけど。どうよこれ?」
エクスとヴィエルのやりとりに加われず、どこか寂しげな男の声がした。
「あなたのせいでしょ!?」
「”東”じゃ褒め言葉なんだぜ?マジよこれ」
「偽者です!この人、偽者に違いありません!」
「ちょ、ひどいですね!おいっ!?」
「かの有名な”東国武神”は、『クールで誠実で不届き者は一刀両断』とか聞いてましたけど―――」
「そのとおりだな」
「どこが!?」
「―――おい、そこまでにしろ」
このままだと、先に進めなくなると思ったエクスは、会話に割り込んだ。
まったく……、と呟き、改めて問う。
「……”東国武神”。貴様のような男がなんの用だ」
その問いに、ムソウはため息をついた。
落胆、ではなく平静へと切り替える類のものだ。
左手で懐から、キセルを取り出してくわえ、マッチで先端に火をつける。そして、白煙を口から一筋流すと、
「……”元”が抜けてる。間違えんなよ。あと”ムソウ”でいい。気軽にな」
横目でエクスを見据え、そう言った。
「”元・東国武神”ムソウ。質問に答えていないぞ」
「まあ、慌てなさんな。俺の用件は、結構単純だ―――」
ムソウは、キセルを手に持ち、エクスに向けた。
「エクス、つったけか?お前さんと手合わせ願いたい」
「なに……?」
単純だっていったろ、というムソウの表情は、飄々とした笑顔。
「つまり、戦え、ということか?」
「そうだよ。男同士の手合わせってたら、それしかねえだろ」
「……時間の無駄だ」
そう吐き捨てた。当然だ。
エクス達には、優先すべきことがある。
いきなり現れた男の言うことを聞く義理などどこにもない。
だが、ムソウは、ほぉ、と呟き、
「ならよ―――巨乳メガネちゃんは先に行かせる、ってのはどうだい?先、急ぐんだろ?」
「俺が残る理由にならん」
「なるさ」
ムソウが、右腰にある鞘から、左手で刀を1本抜いた。
反り返った銀の片刃が、光を反射する。
「お前が残らないなら、2人とも通さないからな」
殺気がきた。
それだけで、エクスは相手が本気であることを認識する。
「……先に行け。ヴィエル=マッドレス」
「本気ですか?」
「そうだ。セクハラなどというのは知らないが、実力はある。片付けてから後を追う。だから先に行け」
ヴィエルは一瞬、何かを言いかけたが、
「―――わかりました。先に行って、社員2名を探します」
迷いをはらって駆け出す。
ムソウは、言ったとおり道を開けた。
ヴィエルなど眼中にない、
「ペタリ」
「ってきゃあ!今、この人、私のお尻さわった!?」
とみせかけてしっかり見ていた。
「早く行け」
エクスの低い声を受け、くそぅ、と悪態をつきながら、ヴィエルは通路の奥へ消えていった。
その姿が、完全に見えなくなったのを確認すると、ムソウはセクハラをはたらいたせいで、落としてしまった刀を拾ってから話し出す。
「―――さて、邪魔者もいなくなったし、やっとサシでの勝負ってわけだ」
「……なんの目的を持って俺に近づいてきた?」
「なに、哀れな落ち武者の退屈しのぎに付き合ってもらおうかとおもってな。楽しませてくれよ?」
「……それだけか?」
エクスが、両腕を軽く上げて構え、右足を少しだけ引き、臨戦態勢をとる。
「もちろん。それだけさ」
ムソウが、肩に刀をかけたまま、腰を低くして構えをとる。
互いに、すでに自然と戦闘の姿勢が出来上がっている。
あと必要なのは、きっかけだけだ。
実戦での先手必勝とは、相手が予期しない時点から仕掛けることで成立する。
互いに顔を見合わせているこの状況では、不用意にしかえるのは、不利を招く。
それは実力者同士では、もはや暗黙の答えである。
「いくぜ」
だが、ムソウは先に仕掛けた。それは、エクスがまったく予期しない形だった。
「なに……!?」
ムソウは肩にかけていた刀を、逆手に持ち替えると、
「おらよっ!!」
渾身の力で投擲してきたのだ。
●
「―――おい、”西”とまだ連絡は―――って、おきてたのか……」
一応、監禁部屋になっている一室に、新しい男が入ってきた。
背が高くて、痩せ型の男だ。
痩せ型の男は、アウニールの前に来てしゃがみこむと、頭だけをスッとさげた。
「悪いな。こんなことに巻き込んじまって」
謝罪だった。
アウニールは、
「いえ、少々不自由がありますが、気にはしていません。ロブ」
「そうか、それなら―――」
そこまで言って、しばし間が空く。
そして、
「―――なんで俺の名前知ってるんだ!?おい!ミット!お前だろうが、しゃべったの!」
痩せ型のっぽの男―――ロブは、アウニールにお茶を飲ませている小太りの男―――ミットに問いただした。
「いや~、いろいろ話しているうちに、つい口が滑ってしまったさ」
「つい、じゃねえだろ!?俺たちの名前知られたら、後々面倒だろうが!」
「そうさ?」
「そうだよ!」
ばかやろう……、とロブは頭を抱えた。
「あ、お茶もういっぱいいただけますか?」
「ほいさ」
アウニールの頼まれ、ミットがお茶を口にふくませる。
どことなく召使い風な光景だった。
「お茶飲ませてる場合か!?―――って、ん?」
ワナワナ震えるロブがふと、奥に目をやり簀巻きになっているウィルから煙が上がっているのに気づく。しかもピクリともしない。
「おい、あの奥の奴、大丈夫か?なんか痙攣してないか?」
「放っておきましょう」
なぜか、アウニールが答えた。
「え、いやでもよ」
「放っておきましょう」
「回転を加えた、実に見事なドロップキックだったさ」
「何があった!?」