3-5:”武神”といわれた男【Ⅱ】 ●
「―――以上が、危険な自由人からの要求です」
拠点にしていたやけにゴージャスなテントの中で、リッターは紅茶を優雅にすすりながら、部下の報告に耳を傾けていた。
そして、
「実に美しくない。か弱き乙女を誘拐などとは……。危険な自由人とはつくづく野蛮な者共といえる。そうは思わんか、我が優秀な副官よ」
「は、そのとおりかと」
「しかし、解せぬ。なぜ奴らは我々の目的が『金銀娘』であると知っていたのか。部下からの情報漏洩など、微塵も考えられぬ。なぜなら、この私の曇りのない美しき眼で見抜き、選抜した。それこそ私の次ぐらいに美しき心を持つ者達であるからな。ありえぬ。まったくもってありえぬ……しかし、それでも情報は漏れている。隠密活動に尽力しているにも関わらず、だ。どう思うかな!副長よ、そなたの意見を述べてみよ!」
そう言うとリッターはビシリと副長を指差す。
自分が広場で機密を声に乗せ、叫んでいたことなど記憶の片隅にすらない。
「隊長の存在が、隠密には適さないほどに美しすぎる、ということに他ならないかと申し上げます」
「エクセレントな回答だ。実は私もそう思っていた。部下と心が通じ合えることを嬉しく思うぞ」
「は!もったいなきお言葉であります!」
フフフ、と紅茶のカップを置き、立ち上がる。
「しかし、これで逆に『金銀娘』の位置は特定しやすくなったわけでもある。計算外の功績だ。やはり、美しき者を中心に世界は回るようだ」
「では、すぐに部隊の展開をいたしますか?」
「そうだな。迅速に作戦を遂行してこそ、美しくさも際立つ。機械人形の状況はどうか」
テントの外に出て、空を見上げながら背中越しの言葉を、副長に向ける。
「予測していたよりも、内部電源の消耗が激しいですが、あと3日ほど。戦闘行動を含めても、作戦活動は可能です。すでに先行部隊と同行して向かわせています」
「うむ、実に美しい手際だ。さすが、我が部下。では、本隊も動く。伝令を流せ」
「了解!」
返答した副長は、膝まづいた姿勢から直立し、テントから出て、部隊へ伝令を伝えるために丘を下っていった。
その場に1人残ったリッターは、野営地にあるもうひとつの巨大な鋼鉄の棺にも、目をむけていた。
……我が美しき半身を使うまでもないとは思うが、念を入れておくことは必要であろう―――
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「―――到着です」
「たしかに近かったな」
ヴィエルの案内でたどり着いたのは、街から離れた位置にある巨大な古めかしい建造物だった。
ジャバルベルクの町並みにはどうにも不一致なその姿。
建造物、というよりは、
「……遺跡のようだ」
「ジャバルベルクは、最近先進技術が出入りし始めたばかりだから、発展途上なんです。だから、考古学とかありませんし、こういう遺跡が野ざらしになっていても誰も気に止めないでしょうね」
評価されない遺産には何の価値も発生しない。
内部構造が複雑であるなど、古代の人々がつくりあげた強力な要塞である場合も考えられる。
ということは、
「敵は内部構造を熟知した上で、この場所を選んでいるかもしれん」
……地の利は向こうにあり、か。
エクスは、相手を過小評価しない。
地形を有効活用できる敵は非常に厄介だ。
罠を仕掛けられている可能性も高い。
西国相手に取引を持ちかけるほどの連中だ。どのような下準備を行っているか―――
「―――入らないんですか?」
ヴィエルの問いに、エクスは少し間を置き、意を決する。
……踏み込まざるを得ないか。
「いや、行く」
侵入者を迎え入れるように、開かれた石造りの入り口へと入っていく。
ヴィエルもその後に続く。
もう夜なのに、通路が明るいのは理由があった。
「これって、”拡散反射”の技術ですね」
「なんだそれは」
「ほら、電気もない時代って夜に歩くと危ないじゃないですか。だから、月明かりを集めて、建物の内部にいきわたらせる技術があったらしいんです」
「よくわからんが、暗くないのは助かる」
回廊全てが石に包まれている、というのにどこからか光があふれている。
まるで、石の1つ1つが光を帯びているかのように感じられた。
「―――この壁に描かれているのって、なんの絵でしょうか?なんか、”球体”の上に、”傘”?……」
ヴィエルが、ふと気になった壁画は、彼女の言うとおりのものが描かれていた。
”球体”と”傘”。そして、”傘”の下から雨が降っているかのような、そんな絵。
……普通、雨って傘の上に降るものなんじゃ。
どうにも理屈に合わない違和感のある絵に、首をかしげていると、
「とまれ」
エクスから制止を促す声が発せられた。
「どうしたんですか?」
ヴィエルの問いには答えず、エクスは立っていた。
そして、
「―――いるのは分かっている。姿を見せろ」
誰に向けてか、そう告げた。
「―――おや、バレてたのか?」
新たな声がした。
上だ。
通路の上にある、人でも潜り込めそうな通気口のような部分。
そこから、人影が飛び降りてきた。
「この遺跡に入ってすぐに気配を感じた。貴様だったか。何者だ」
羽織り服を着た男だった。
右腰に、黒塗りの鞘に収まった刀が2本さがっている。
西国とは、まったく違う印象を受ける服装だった。
「せっかちだねぇ。ちょっと落ち着いて話をしようぜ。なぁ?」
男は、着地に伴って、裾についた土を左手で払い落としながら、そう言った。
軽そうな印象を受ける微笑。
その顔は右半分が、長い前髪によって隠されている。
うかがい知れるのは、左の眼光からこちらへの意識の方向が向かってきているということ。
「―――この人……!?」
ヴィエルが、驚愕に目を丸くする。
「知っているのか」
「知ってるも何も、超有名人です!”朽ち果ての戦役”で、多大なる戦果を挙げた伝説的武神。通称”東国武神”―――”ムソウ”に間違いありませんよ!?」
エクスは、羽織り服の男―――ムソウを見据えた。
構えも何もない、無構え。
しかし、戦闘のプロであるエクスは、その立ち姿からすでに実力者としての風格を鋭敏に感じ取っていた。
「―――”元”が抜けてるぜ。巨乳メガネちゃんよ」
自称”元・東国武神”―――ムソウは、鼻で笑いながらそう言った。