3-5:”武神”といわれた男 ●
「―――誘拐された、だと?」
エクスは、手元の端末から発せられたエンティの声を聞いて、眉間のしわが深くなった。
隣にいるヴィエルは、あらま、と手を口にあてて驚いていた。
『そ、今しがたの情報。相手は”西国”への身代金の要求らしいよ。この街に来てる部隊へのね』
しゃべりながら、時々シャリシャリ聞こえるのは、通信越しにアイスを食べているからだろう。
「なぜ、そう落ち着いている?」
『なにが?』
「部下が誘拐にあったというのに、心配はないのか?」
『ま、ぶっちゃけ、こういうの中立地帯じゃ珍しくないからね』
「それでも身内だろう」
『う~ん。ウィルが一緒だしね。並大抵の危害受けたってくたばらないって信じてるから』
「危害を受けることを前提に考えるな」
『それに、君はどちらかといえばもう1人の方が心配なんでしょ?』
心の内側を見透かされたようで、内心イラつきつつ、
「……まあな。だが、」
認めた、が、そればかりではない。
「あのバカのこともそれなりには心配している」
……なんて俺らしくない言葉だ。
エクスの内心を察したか、そうでないのか。いずれにせよ、エンティは、ふ~ん、と鼻を鳴らし、
『―――ま、2人がいる場所、もう掴んでるんだけどね』
「なに?」
『社長殿が、もう座標データ送ってるよ。ジャバルベルクは広いけど、座標にすればヴィエルが案内してくれるだろう、って』
エクスが、横にいたヴィエルがすでに座標データを展開しているのを確認する。
「あ、ここですね。けっこう距離ありますけど、急げば時間はかからなそうです」
『ヴィエルには、社長から”特別有給”がでてるから、解決まではエクスの手伝いしてもいいってさ』
「やった!休暇延長!」
2人のやりとりに、待て、と言ったのはエクスだ。
「位置が分かれば俺1人でいい。相手が武装していたらどうするつもりだ」
『大丈夫でしょ』
「俺の護衛を期待してるのなら過信しすぎだ」
こういう武力衝突が発生する場所では、戦えない人間は正直いって邪魔になる。実際、”シア”でも同様のケースに陥りかけたのだ。
だが、エンティはヴィエルにもう一言告げた。
『―――それなら”交戦許可”出しとくよ。ヴィエルも、それで大丈夫でしょ?』
「お! いいんですか!? 本当にいいんですか!?」
突如、目を輝かせ始めるヴィエル。
「この女、戦えるのか?」
『社長の護衛役、って言えば納得する?』
なに?、とエクスは傍らの女を疑った。
女特有の華奢な体格からは、戦う技量を持つとは思えない。
そもそも戦闘技術を持つ人間特有の”気配”がまったくないのだ。
だから、エクスも初対面から警戒しなかった。否、する必要がない、と判断していたのだ。
『ま、ジャバルベルクの警備部隊にも協力要請してあるから。じゃあとよろしく~』
その言葉を最後に、通信は一方的に切られた。
「それじゃ、社員2名の救出作戦と行きましょう。……そうすれば、あの爺さん婆さん達も、私の名前を覚えるに違いありません。フフフ」
「後に聞こえた小声の方が本命だろ」
「そーんなことありませんよ~。えっと、場所は―――」
●
「―――ん……」
石の冷たさのある場所で、アウニールの意識は戻ってきた。
「ここは……?」
周囲を見渡す。
どこかの屋内だ。
コンクリートで固められていて、どこか古めかしい。
部屋自体もそれほど広くない。いうなれば、ワンルーム。
「あの後、いったい……」
突然後ろから、甘い香りのする布を当てられたかと思ったら、急に意識が遠のいて、それで―――
「―――おお!気がついたさ?」
聞いたことのある声に、アウニールの目が向く。
「あなたは―――ッ!?」
動こうとしたとき、身体に違和感を感じる。
両腕と両足を、体の前で、ロープによって拘束されていることに気づいた。
交差するような形で、素人が下手に抜け出そうとすると、余計にロープが食い込む特殊な縛り方だ。
当然、アウニールが身をよじる程度では解けることはない。
「悪い。でも下手に身動きされると、困るでさ」
小太りの男が何か棒のようなものを持って近づいてくる。
ろくに抵抗もできない状態のアウニールは、なすがままにされるしかない。
なにをされるのか、という恐怖は意外と少ない。
自分は選択を許されない立場に置かれていることは理解できていた。
そして、小太りの男は、アウニールの目の前に来ると、手に持っていたものを降ろして見せた。
「―――お腹、すいとらんさ?」
手に持っていたのは―――銀色の紙に包まれた携帯食料だった。
「……すいてます」
アウニールのお腹が、小さく鳴る。身体は正直だった。
すると、小太りの男は、ハハハ、と笑い、
「ほれ、ア~ンしてみるさ。食べさせてやるで」
実に温かみのある笑顔でそう言った。
いわれるがまま、ア~ン、したアウニールは、口に携帯食料をほおばり、
「……おいしくないです」
素直に感想を述べた。
「そりゃ、そうさ。味なんて考えて作られてないから。でも栄養は満点。飢え死にはせずにすむさ」
そう言って、今度はお茶を差し出された。
「飲むさ?」
少しゆがんだコップに注がれたお茶は、澄んだ緑色で、ちょうどよい温度であるかのような湯気をたてていた。
「いただきま―――あ」
口直しにもらおうとしたアウニールだったが、ふと、
「……もう1人―――ウィルはどこですか?」
自分は誘拐された立場とはいえ、目の前の男からはどうにも凶悪さというものを感じ取れない。なので、聞けば答えてくれる気がした。
「ん?ウィルって……あ、あの男の子のことさ?」
実際、答えてくれた。
「そうです」
彼が無事かどうかが……結構心配だった。
自分とは違う部屋にいるのか、それとも―――
「ほれ、そこにいるさ」
え?、とアウニールは男の指差した方―――奥の床へと目をやる。
「あ~、お腹いっぱいッス~」
そんなベタな寝言を言う奴がそこ転がっていた。
アウニールとは、また違う方法で拘束されている。
全身をロープでグルグル巻きにした―――簡単にいえば簀巻き状態である。
「………」
アウニールは目を細めて、ウィルを睨んだ。
「いや、男の子だで、下手に暴れると手がつけられないと思って、これぐらいの方がいいかと―――って、お嬢ちゃん、立つとバランスを崩して倒れたとき危な―――」
男の制止の声など耳にないアウニールは、
「フンッ」
という掛け声と共に跳躍し、
「デばはぁッ!!?」
両足で、芋虫の体のど真ん中に蹴りをぶち込んだ。