3-4:消えた”少女”【Ⅱ】 ●
男が呟く。
「―――あの子で間違いないか?」
もう1人の男が答える。
「ああ、そうだ。”ミステル”の入り口で、奇抜な男が『金銀娘』といっていたそうだ」
「たしかに、あの子はの髪は金銀だが……」
「こいつはチャンスだ。うまくいけば大金が手に入るかもしれない」
「どうにもオラは気が乗らん」
「しっかりしろ。今回限りだ他に方法はない。やるぞ」
●
「―――私に似た、子……ですか?」
そう、といい、おばあさんが続ける。
「私もよく知っている子でね。ご近所さんで、よく遊んでいるところを見ていたのさ。たいそう、かわいい子だったよ。椅子で休憩していた私に花飾りを作ってくれたりしてね」
「1人っ子ですか?」
「いやいや、そばにはいつもお兄ちゃんがついていたよ。その子もたいそう勇気のある男の子でね。自分の倍はある野良犬に殴りかかって追い返して、妹さんを守ったこともある」
「よく見ていますね」
「私にとっても孫みたいな子たちだったからね。あの頃のジャバルベルクには農業用機械ぐらいしかなかったから、写真とかも残せなかったけど、私は鮮明に覚えてるよ」
「昔、と言うことは、今は……?」
「ん?」
「もうこの街にはいない、ということですか?」
「そうだね。ちょっと悲しいこともあってね。もういなくなってしまってね……」
アウニールは、おばあさんの声音が落ちたことで、察した。
「―――亡くなったのですか?」
「この街に”ミステル”ができてしばらくしてからのことだったよ。それなりに豊かになり始めた頃さ。航空船の墜落事故があったのさ」
「墜落事故……」
「こんな田舎に急にあんな文明的なものが作られたせいかね。操作を誤ったのか、停泊していた船の固定が消えてしまったそうでね。そのまま、真下の船を巻き込んでしまったまま、墜ちたのさ」
でも、と続ける。
「確かに事故は起きたけど、当時、停泊操作を担当してた人は必死に頑張っていたからね。みんなも知るところだったから、責めるには酷だった。それでも、犠牲になった人はいたのは事実だった」
「では、その女の子は―――」
「そう、家族で航空船を見たいからって、その日その場所にいてね。その事故の爆発に巻き込まれてしまったんだよ。亡骸も見つからなくてね」
「航空船を見に……」
「かわいそうだったね。私はあれから定期的にお墓参りをしてるんだよ。その帰りに、お嬢さんに会ったのさ。あまりにそっくりだったから、懐かしくてね。つい話しかけたくなったんだよ」
「そんなに、似ていますか…?」
「ああ、年をとってもあの顔立ちはしっかり覚えてるよ。髪の色は違うけど本当にそっくりだ。生きていれば、それはもう綺麗な女性になっていたと思うよ」
「事故……お兄さん……」
「ごめんね。なにか湿っぽい話になってしまったね。あ、まだお嬢さんの名前を聞いてなかったね。なんていう―――」
雫が、こぼれた。
「ん、あ……雨?」
ウィルは、頬に水が落ちたことで目を覚ました。しかし、空は変わらず雲ひとつない晴天である。
「あれ、これなんの水―――」
と、そこで気づいて、慌てて身体を起こした。
「ど、どうしたんスか?」
アウニールが―――泣いていた。
「わかりません。どうして……止まらない」
いくらぬぐっても、とめどなく涙があふれてくる。
アウニール自身にも、涙を流している理由が分からない様子だった。
ウィルは、いつの間にか隣に出現していたおばあさんなら事情を知ってると考える。
「この子はやさしい子だね。ほら、大切にするんだよ?」
「はい、分かりました―――って、状況がまるで分からない!?」
「ここで、涙をぬぐって『大丈夫。俺の胸の中で泣いていい』って言うチャンスだよ」
「おいしい場面ってことっスか?」
「邪念、感知―――」
「アウニールさん!泣きながら拳構えないでください!大丈夫なにもしないッスから!?」
「なんだい。男ならここで、ガツーン、といかないと」
「いや先にこっちが、ガツーン、とぶっ飛ばされる予感しかしないッス」
そう言っているうちに、アウニールの目元が落ち着いてきた。
「すみません……もう、大丈夫です」
涙で少し赤くなった目をこすり、そう呟く。
「一体何があったんスか?いきなりびっくりしたッス」
「少し湿っぽい話をしすぎたかね?悪かったね、お嬢さん」
「いえ、私にも理由が分かりません。でも、その消えてしまった女の子のことは、どこか懐かしい感じがしました」
「前にも一度来たとか?」
「いえ、ここに来たのは初めてです。でも、知っていたような気がします」
「既視観っていうものかもね」
「なんスか、それ?」
「昔と同じような状況が起こると、まるで同じ体験を2度してるように錯覚することさ。お嬢さんもその類かもしれないね」
「へぇ。おばあさん頭いいッスね」
「そんなことないさ。さて、もう泣き止んだみたいだし、彼氏なら一緒に手をつないで帰ってあげなさい」
「か、彼氏っスか!?いや~、そう見えるんスか~、参ったッスね~」
「なんだい、その気持ち悪いクネクネした動きは?」
「邪念(強)感知―――成敗」
「ぶほぉあっ!?」
アウニールの神速の右ストレートが、ウィルの鳩尾に、ためらいなく炸裂。そして、沈黙させた。
「意外と過激だね。その調子だよお嬢さん」
おばあさんはそう言って、親指をたてた。
「はい、そろそろ戻ろうと思います。いろいろとありがとうございました」
アウニールはそう言って、親指をたて返す。
「じゃあ、気をつけて帰るんだよ。その子を忘れないようにね」
●
―――メイン、起動
―――トフィーズシグナル、正常動作確認
―――各部ギアコントロール、正常範囲内
―――プログラム、スタート……クリア、クリア、クリア、クリア、クリア……―――
―――指令を確認
―――目標『金銀娘』……捜索開始
―――目標阻害対象の処置―――交戦許可『可』
―――任務開始―――
●
日が落ちかけた道。
ウィルとアウニールは、街中を通って、シュテルンヒルトに戻ろうとしているところだった。
「あのボディブローは堪えたッスね」
「割と元気そうですね。今度からもう少し強めでも死ななそうですね」
「死ぬかどうかが前提!?」
「死ぬほどの苦しみを与えないと、お仕置きになりませんから」
「でも、膝枕は許してくれたのに……基準がわからないッス」
「あれは―――」
言いかけて、振り向いたアウニールと、
「ん?」
ウィルの目が合った。
少しふてくされたような、でもまっすぐに見つめ返してくる目。
……お嬢さんのこと、女の子として好きなのかもしれないってことさ……
先ほどの言葉が、アウニールの脳裏にふと思い返され、呟きにもれる。
「―――よく、わかりません……本当に」
「でもまあ、俺、嬉しかったッスよ。なんかアウニールが受け入れてくれて心が洗われたというか、そんな感じッス」
ウィルの笑顔に、不快さは感じなかった。
彼は純粋だ。だから、自分の思いをストレートに言葉にできる。
打算もなにもない正直者。
世間ではバカを見ることが多い、損な性格だ。
そんな彼のことが、
「嫌い……では、ないです―――」
「え、なんか言ったッスか?」
「なんでもありません。気のせいです」
「でも、確かに今、何か言って―――」
「邪念を捏……でっち上げてぶん殴っても?」
「すいません!なんでもありませんでした!って、捏造できるんスか!?そして、言い直しても意味同じ!」
「私の気分ですから当然です。何を当たり前のことを言ってるんですか」
「気分!?なんか超能力的なすごいものかと思ってたのに!」
「今夜のご飯が楽しみですね」
「無理やり反らしたッスね!?」
そう言っているうちに、出てきた街中に帰ってきた。
日が沈みかけているせいか、人影はもうない。
「なんか、昼間の活気が嘘みたいッスね」
「私達も、早く帰りましょう」
「今日はよかったッス。おじいさん達も協力してくれたから、堂々と手を振って帰っても文句は言われないこと間違いないッス」
そんなことを言いながら、街の中を歩いていると、
「―――あ、そこの君、ちょっとオラに手を貸してくれないかい?」
そんな声をかけられた。
「はい?」
2人が声の方―――建物の間の路地裏へと視線をやる。
小柄な小太りの男だ。
申し訳ない、というような苦笑いでこちらに手招きしていた。
「なんでしょうか」
「ちょっと行ってくるんで、アウニールはここで待っていてほしいッス」
「わかりました」
その言葉を背に、ウィルは路地裏の男の下に駆け寄る。
「―――どうしたんスか?」
「いや、この耕運機のボルトを付け忘れてしまって。オラはこの体型だで、車体の下にもぐりこめなくて、だれか細いのを探してたところさ」
「わかったッス。けっこうよくやってることなんで、まかせてほしいッス」
「そいつは助かる。さっそく頼むさ」
ウィルは、小太りの男から受け取ったボルトを持って、車両の下に入る。
夕暮れのせいか、けっこう見えずらかったが、
「―――ここッスね」
それは、いままでの整備の勘がものを言った。
手際よくしめなおし、よし、と車両の下から顔を出す。
「終わ―――もがっ!?」
その瞬間、小太りの男は、手のひら大の布でこちらの口を塞いできた。
「すまねえさ……少しだけ辛抱してくれ」
「ぁ……―――」
甘いような香りを吸い込んだかと思うと、ウィルの意識は瞬時に落ちた。
「―――ウィル?」
男の動きに違和感を感じたアウニールが近づこうとした時、
「うぐっ―――!?」
背後から組み付かれ、口元に布をかぶされる。
「―――悪い。少し、眠ってもらうぞ」
別の男の声、と思った瞬間には、アウニールの意識も消えていった。