3-4:消えた”少女” ●
エクスは、ジャバルベルクの街中にいた。
ウィルもアウニールも、服装が独特だ。この街の人間は、たいていが農作業に適した作業服を着ているので、見分けはつきやすいはずだ。
そう思っていたのだが、
「……広すぎる」
ジャバルベルクは、中立地帯でも指折りの広大さを持つという。広大すぎて、住民すら『どこまでが街かわかりませんね。ハハハ』という始末だ。
実際、聞き込みを行っても、
「149区画で見たようなってのを聞いたがな」
「あれ?34区画って俺聞いたぞ?」
「探し人?至難の業だね。254ある区画全部回ってみないと」
「あれ?371区画ぐらいなかったけ?増設して」
「まだ、地図変わってないのかな?」
この有様である。
「適当すぎるな」
闇雲に探すには広すぎるうえ、情報も曖昧。これでは、日が暮れても見つからない。なにか手はないか、と考えていると、
「―――あれ、エクスさん?」
声のあった方を振り向くと、
「お前は……ヴィエル=マッドレスか。なぜここにいる?」
何気なくそういったエクスであったが、ヴィエルの方はというとは口が開けて呆けていた。
「……どうした?」
ボーっとする癖でもあるのかと、思った瞬間、ヴィエルの口から言葉が出た。
「はじめて、です……」
「なに?」
「名前、一発で覚えてもらったの!こいつ絶対覚えてねぇ!って思ってたので」
「おい」
「あ、すみません。休憩で街降りてて、ちょっと気分がよかったのでつい」
「つい、本性が出た、と?」
「ち、違いますよ!本性なんて失礼な!」
「まあ、いい。ウィルとアウニールを見てないか?」
「いえ、全然」
「そうか、俺は先を急ぐ」
返答だけ聞き、さっさと背を向けようとするエクスだったが、
「あ、待ってください」
ヴィエルが呼び止めた。
「なんだ?まだなにかあるのか」
「2人を探してるんですか?」
「ああ。無断欠勤とやらだ。仲良くそろってな。しかも広すぎてどこを探せばいいのかもわからん」
エクスが、イラつき気味に呟く。
「いいじゃないですか。若い男女でお出かけなんて。私は忙しくて相手いませんけどぉ……」
ヴィエルは、徐々にトーンダウンしながら最後はぼやくように言った。
……笑顔になったり、落ち込んだり忙しい奴だ。
「探すのにはいろいろと理由がある。悪いが、もう行く」
「エクスさん、この街の地理に詳しくないでしょう」
その一言に、エクスの足がまた止められた。
「むやみに動いても、見つからないと思います」
「……たしかにな。だが、住民ですら地理に疎いくらいだ。他にあてがあるわけでもない」
「ありますよ。ここに」
そう言ってヴィエルは、自分の顔に向けて、指を向けた。
「……どういうことだ」
「だから、私が案内しますよ。地理には自信あります」
「この広大な地形を把握している、というのか」
「そうです。そういうの得意ですから。私も協力します。1人より、効率よく探せると思いますよ?」
エクスは一瞬、思考する。
アウニールの存在はできるだけ外部に漏らしたくない。むやみに他者の力を借りれば、漏洩のリスクも伴う。かといって、1人で探すのは、発見の望みが薄い……
なら、と決める。
「頼む」
●
ウィルが目を覚ますと、青い空が見えた。
真っ白な雲が流れる、隔たりのない自由な空。
自分は10メートルの高さから、真っ逆さまに自由落下したはずだが、どうやら生きているようだ。
そして、自分の頭が、何かに乗っていることに気づく。
それは、柔らかくて、温かくて、心地よかった。
……これはいつかと同じ、
「―――おはようございます。ウィル」
そう言ってのぞきこんできたアウニールの顔は逆さまにあった。
表情に日陰がさしているところから、彼女は上から覗き込んできている。
証拠に、その顔の後ろは空だ。
つまり、この体勢は、
……いつぞやの膝枕リターンズ。
「えっと、どうして膝枕?」
「木の上から落っこちてきて、地面に軽くクレーター作って気絶していたので、さすがにそのままは良心が咎めたのでこうしてます」
それに、と続け
「目が覚めたなら、もう介抱の必要はありません。傷もたいしたことないようです。早く起きてください」
「あぁ、幸せッス……もう死んでもいいかも」
その言葉に、アウニールの眉尻がわずかに上昇。
「さっさと起きてくだ―――」
さい、と同時に拳を相手の腹部に叩き込もうとした時、
「……もう少しだけ、このままじゃだめッスか―――?」
小さな呟きだった。
これまでとは、どこか違う落ち着いた声音。
……”邪念”が、ない?
そう感じた。
アウニールの感じる”邪念”の定義はかなり曖昧だが、1つだけ根拠となることがある。
自分にとって嫌か、そうでないか、だ。
「……もう少し、とはどれくらいですか」
「アウニールが、許してくれる限りでいいッス。だから…もう少しだけ……いま、とても落ち着くから」
最後の方は、もう息をはくほどに小さい声だった。ウィルは、自然と目を閉じていた。
それが、わがままだと分かっていた。だが自然に拳に入る力は緩んでいる。
いつかの状況と似ているようで違う。
彼は、心の底から安心し、その身を自分に委ねていた。
言葉が、印象に残った。
……いま、とても落ち着くから……
風がそよぐ。
高原の草木を、そっとなでるように、見えない気まぐれな自然が流れていく。
周りには、風が流れる音しかない。
それは心を癒し、今を生きることを伝えていく。
世界の片隅の、些細な、本当に些細な時間。
その中に、ウィルとアウニールはいた。
まるで、世界には2人しかいないような、そんな錯覚すらあった。
「ウィル……眠って、しまったのですか?」
風を受け揺れるウィルの髪に、そっとふれた。
クセのあるはね方をした髪。充分とはいえないが、本人なりに手入れがしているような艶があった。
彼は、目を柔らかく閉じ、ゆっくりとリズムのよい、無邪気な寝息をたてていた。
アウニールはたたまれた膝の上から、ウィルの体温とかすかな鼓動を感じる。
木陰の下で、鳥がさえずる声があって、
……今だけは、あなたのわがままが、嬉しく思う。なぜでしょうか……
それが、人を愛おしいと感じる心だと、アウニールは自覚していなかった。
ただ目の前にある、安らいだウィルの表情を見てると、自分も安らぐようだった。
彼の頭を膝の上に乗せるのはそれほど悪くない、と無意識に根拠なく、そう思えた。
●
男は、遠くから2人を見ていた。
高原にある巨大な1本の木。
そこにいたのは、幹に背をあずけ眠る少女と、その少女の膝の上で眠る少年。
そこだけは、時間が止まったようなそんな光景。
男は、懐からキセルを取り出し、口にくわえ、次に取り出したマッチを適当な場所でこすり発火した火をキセルの先端に移す。
軽く吸い、離し、白い煙を、フゥ、と大気に流す。
羽織り服を風になびかせながら、聞くものもいない場所で、一言呟いた。
「―――青春だな、おい」
●
ジャバルベルクの入り口に、奇抜な集団がいた。
「―――自然に囲まれた地、これもまた美しいな。しかし、その中にある私はさらに美しいそうは思わないか、お前達?」
筆頭に立ち、両腕を広げている男はさらに奇抜だった。
首周りにはファーがつき、全体的にも過度の装飾が施された礼服。その腰には1本のサーベルが鞘に収まっている。
顔つきはスラリとした細めの顔つきに切れ長の目、整えられたオールバックの髪は手入れが入念に行われ、一本の乱れもない。まつげも丁寧にそろえられ、アイラインもしっかりくっきり。
「「「「「は! そのとおりであります!」」」」」
後方に控えていた男達が、一斉に声をそろえた。
農作業をしていた人、家畜の移動を行っていた人、ご近所とお話していた人、誰もがすごく視線を注いでいた。
「見ろ。私のあまりの美しさに、町の住民も目を奪われているようだ」
住民としては、変なのがいる、という感じだろうが、奇抜な男は自らを称賛するゆえの視線であると信じて疑わない。
男の名は、リッターと呼ばれていた。”西国”では、『美』にうるさくて有名であった。
「では、華麗に任務にとりかかろうぞ。お前たち、調査は済んでいるな?」
「それがですね……」
「なんだ?そうか、優秀な我が部下のこと。さしずめその先は『すでに先に任務は終了してしまった』というところか?なに、謙遜せずともそういってみよ。私はいつでも部下の活躍を快く受け入れよう。できるなら、私の華麗な活躍を披露できるところだったが、いや、しかたない。まことにしかたない。で、どうした?」
「ジャバルベルクが広すぎるゆえ、まだ『金銀娘』は発見できずということです」
「なんと!?まことか?私の活躍の場はまだあるようだな!でかしたぞ、お前達はやはり優秀だ」
「ここは、我が技術部の開発した物を投入すべきかと」
「ふむ。自立型の機械人形か。あの小娘の技術部が、まさか初の空飛ぶ人型を開発しようとはおもわなんだ。しかしながら我が技術部は優秀だ。すでに、別方面への技術を開発していたとは、いやまことに優秀だ」
「わが国は兵士不足が深刻ゆえの技術ですな。あの空戦試作機より後に勝るのは我々でありましょう」
「そのとおり。では、例の機械人形をさっそく試してみよ」
「了解!」
●
「―――もしもし、お嬢さん達」
やさしい声が聞こえた。自分が眠っていたことに気がついたアウニールは、ゆっくりと目をあけ、声の主を見た。
深いしわのある、背の低いおばあさんの笑顔。
腕にさがったカゴの中に、りんごが入っていた。買い物の帰りのように思えた。
「―――おはようございます」
「はい、おはよう」
礼儀正しく頭を下げたアウニールに、おばあさんが満面の笑みで返した。
「こんなところで寝てると、風邪引くよ。早くお家にお帰り」
落ち着きのある声で、諭すようにおばあさんは言った。
「はい、ありがとうございま―――」
そう言って、腰を上げようとして、
「あ」
と、自分が動けないことに気がつく。
ウィルが、まだ膝の上で寝息をたてていた。スースー、と呼吸に合わせて胸が上下する。
強制的に起こす気には、どうにもなれなかった。
「はは、そう急ぎなさんな。その子をゆっくり眠らせてあげなさい。まだ、温かい時間だからね。ウトウトしても仕方ない」
「声をかけてくださり、ありがとうございます」
「なに、通りかかったら、ほほえましい光景があるじゃないかと思ってね」
そういいながら、おばあさんはアウニールの横に、どっこいしょ、と腰を下ろした。
「で、どういう関係なんだい?」
「関係?」
アウニールが首をかしげると、おばあさんの指がウィルの頬を示した。
「この男の子のことだよ。あれ―――好きな子かい?」
「いえ……最近知りあったばかりです」
「それなのに、膝枕してあげてるのかい?」
「この場では、こうするのがベストだと思ったので」
「普通はね、女の子の膝枕なんてのは好きな男の子にしかしてあげないもんさ」
「そうなんですか」
「そうさ。この子のこと、嫌いかい?」
その問いに対するアウニールの答えは決まっていた。
「いえ」
「そうかい。たぶん、この子もそれと同じか、それ以上のことを思ってるかもね」
「それ以上……?」
「お嬢さんのこと、女の子として好きなのかもしれないってことさ」
「私を、好き……?」
その言葉を聞き、いえ、と首を振り、
「……彼は、責任を感じているだけかもしれません。私に、無理に付き合ってくれているだけです。悪い、とは思っています」
「この子はそんなこと思ってないよ」
「どうして、そう言えるのですか」
「無理に付き合ってる子は、こんな安心しきった顔はしないよ。それにね、男の子ってのは、好きになった女の子のためなら、死に物狂いになっても苦しいと感じたりしないのさ」
「よく、わかりません」
「もし悪いと思っても、その時は優しくしてあげればいいさ。男ってのは、女に頼られて強くなるんだから。単純な生き物なんだよ」
おばあさんがそう言って、ハハハ、と笑った。
「それにしても、これだけ近くで話してるってのに、まだ起きないとは図太い神経してるねこの男の子は。そうだね。ついでに、少し昔話でもしてあげようかね」
「どのような?」
「昔この街にいたお嬢さんそっくりの子の話さ―――」