3-3:作戦名”ランデヴー” ●
山岳都市”ジャバルベルク”。
中立地帯内では、位置的に西国側に近い。
元々は、住んでいたのは先住部族のみであったが、”カナリス”が運送業を立ち上げたのを機に、物資の流通が盛んになり、規模を拡大したのである。
都市の広さは、指折りの面積を持つが、技術レベル自体は、それほど高くない。
しかし、山岳は自然環境に恵まれているため、農業、畜産に関連した文化が著しく進歩している。昔ながらの伝統的技術というものだ。
他の技術競争とは、別の方向性で突き進むこの場所は、空気はきれいで、水にも恵まれ、食べ物もおいしい。よって、立地的には向いていないものの、観光客も結構多い。
戦争やら仕事やらで、心の荒んでしまった人にはぜひ訪れて、優しい自分を取り戻してもらいたいところである。
そして、今”シュテルン・ヒルト”は、この都市の”ミステル”に定期的な物資搬入のため停泊し、すでに3日が経過していた。
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「街に興味があります。一緒に行ってはくれませんか?」
アウニールがそんなことを言ってきた。
工具の整理作業をしていたウィルは、手を止めた。
「それって”シャベルミルク”に降りたいってことっスか?」
「そうです。あと”ジャバルベルク”です」
ウィルは、内心思った。
……これは・・・デートのお誘い!?
「いや~、まさかアウニールの方から誘ってくれるなんて」
ウィルが、手を頭にあて気色悪くモジモジしていると、
「いえ、本来なら、ウィルと一緒に行く気は、まったく、まったく、まったくといっていいほどありませんでした」
「めっちゃ強調!?じゃあ、なんで?」
「初めは、おじいさんに付き添ってもらって、『じじいと孫』の和やかな雰囲気で行こうと考えていたのですが、声をかけるたびに『いかん持病が!』とか『今日は腰が痛くての~』とか『なんじゃ、耳が遠くて聞こえんわい』とか、なんか断られ続けましたので」
……おじいさん達、大変だな。そんなに体調悪いのにがんばって。
「そして、みんな口々にいうんです。『ウィルが暇そうだ』『ウィルがいい。それがいい!』『はいお小遣い。若い男女2人で行っておいで』と」
……おじいさん達、なんか知らないけどグッジョブ!
「じゃあ、この作業さっさと終わらせるんで、それまで待って―――」
そういいかけた時、
「―――おーい、ウィル坊。もう上がっていいぞ。後はワシらがやっておこう」
その場に別の場所で作業をしていた初老の爺さんコンビがやってきた。
「へ?でも、まだ―――っておわっ!?」
ウィルは首に左右から爺さんコンビの太い腕をかけられ、半ば強引に隅っこに、アウニールから少し離れた場所に連れて行かれた。
「―――ウィル坊、このチャンスを無駄にするなよ」
「もしかして、持病って嘘?心配したじゃないッスか」
「悪い悪い。しかし、お前さんにとっても願ってもないことだろう?」
「まあ、アウニールと出かけるのはいいことッス。嬉しいッス」
「だろう。この機会に、お嬢ちゃんと親密になって来い。これは老兵からのささやかな心配りだ」
「そうとも。決して、面白そうだからではない」
「そうッスか!感謝ッス!でも、エンティさんにはどう言えば……」
「ワシらに任せろ。とっておきの言い訳を考えてある」
「そうとも。エンティ嬢も納得せざるをえまい」
「おお、さすがッス。じゃあ、お任せするッス!」
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ヴァールハイトは書斎兼社長室で、売り上げの報告書に目を通していた。
「経営は順調。むしろ上向きか。問題なさそうだな」
その言葉に、
「まあね。私がいるし」
エンティがソファでゴロゴロしながら応えた。
ふとその視線が、次々と報告書にサインしていくヴァールハイトに向けられる。
「相変わらずその椅子似合うね」
指したのは、ヴァールハイトの座る黒塗りに装飾の施された”社長椅子”。彼が普段から着る礼服とあわせ、一体となっているかのようなデザインだった。
「君が代わりに座ってもいいが?」
手を止め、そういいながらコーヒーを注ぎに立つヴァールハイトは、なにげなくそういった。
「ご冗談。その席はヴァっ君以外に座れないよ。先代社長の遺志を継いだ証だからね」
「血もつながらない人間を養子に迎えて、時が来ればいきなり『この世界を頼むぞ』ときたものだ。正直、迷惑している。だが―――」
「だが?」
「おかげで世界が分かる。人間は、争うものだ。そうしなければ、いずれ腐敗し、人としての本質は失われてしまう。そして、人は本能的にそれを嫌う。いくら、『暴力はいけない』『話し合いで解決すべきだ』などと言っても、長い目で見ればそれは難しいものだ」
「世界は、長い時間をかけて、2つになった」
「そうだ。”中立地帯”は、いわば『異端者』だ。世界の本質に干渉することはできない。争えるほど強くない」
「それでも、やめる気はないんでしょ?それは、世界のため?」
「エンティ。君が私を一番理解していると思うが?」
「だよね。ヴァっ君はそんな柄じゃない。夢はえっと……『一般人』だったっけ?」
「そんな高尚なものでもない。気ままに世界を偏った視点から見て、批評できる人間でいたかった。そういう形もある」
「今の役割、大変?」
「そうだな。連合のバカ共を言いくるめるのに苦労している。強いて、この役割を担う意味を言うなら」
「金のため」
「そうだ。やはり君は、よく分かっている」
「長い付き合いだからね。……先代が、今の私達みたらどう言うかな?」
「決まっている。『仕事しろ』だ」
「ハハ、言えてる」
エンティが、笑う。
そして、普段は決して動くことのないヴァールハイトの表情も、このときばかりは少々笑みを浮かべていた。
その時、ドアをノックする音がした。
「―――入りたまえ」
部屋主の許可を得て、ドアを開けたのは―――エクスだった。
「あれ、エクス君、社長になんか用?」
「いや、アウニールとウィルの姿が見当たらないが、ここにもいないのか?」
「いないって、どゆこと?」
「そのとおりの意味だ」
「街には降りないようにって言ってあるから、艦内にいるはずだけど」
「しかし、いないぞ」
「もー」
エンティがソファから、飛び起きて近くの端末で艦内放送をかける。
『え~、みなさんに連絡します。バカと金銀メッシュの姿を見た方は至急お知らせください。繰り返します―――』
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艦内放送は、ウィルとアウニールのデートをそそのかしたじじい共の耳にも入っていた。
「むう、もう気づきおったか」
「なんの、本番はここからよ。みなに打診せい。”ワレラ ワカモノ デート シエンスルモノナリ”」
「おうよ。権力に屈しはせん。それが老兵魂じゃ」
古めかしい……というより、もはや古代の産物である”モールスシンゴウ”の機材を、叩くじじい。
これは、”シュテンルン・ヒルト”内のじじい共だけに通ずる共通の暗号伝達である。
「まさか、ヴァール坊もこれほど古い通信機器を使っているとは夢にも思うまい」