3-2:”見知らぬ”人?【Ⅱ】
アウニールは、パワーアップを果たしていた。
服装こそ、愛着があるのかここにきた当時のものを着ていたが、最大の変化は脚部にあった。
靴ではない。いや、それもあるがたいしたことではない。もっと広範囲にわたる部分だ。
すなわち、
「―――黒・タ・イ・ツだとぉ!?やるな嬢ちゃん!!」
老人の1人が喝采をあげた。無論周りもそれに続く、
「実に色気が出てよい。女の子はやはりそうでなくてはな!」
「おうよ!ワシの若い頃はなかったものだ。時代も変わったものよ!」
正確には、タイツというより、脚用の黒いインナーである。
タイツより速乾性と柔軟性に優れ、より動きやすいように設計されたもの。筋力のアシスト機能もついているので、素足を保護しながらも動きやすくなるという優れもの。
しかしながら、足のラインがくっきり出ており、スタイルの整ったアウニールが履いていると、健全な色気がでている。むしろ、タイツより、こちらの方がいろいろ上である。
この騒ぎには、じじい共だけでなく、ばあさん達も参入する。
「やはり、アウニールちゃんもお年頃の女の子だね~」
「あたしの若い頃にそっくりだよ~。今度お化粧もしてみるかい?」
「いい感じだね。男なんぞ、それで手玉に取っちまいなよ!」
若い人員が少ない、この”シュテンル・ヒルト”には、こういったことで盛り上がる機会があまりない。
若者をサポートするのは、老人の務めとばかりに食いついてくる。
エンティは、遠巻きにあくびをしながら見ていた。
「まあ、休憩時間を繰り上げればいいか・・・」
「ウィル坊!お前の彼女が色気づいたぞ!どう思う!?」
じじいの問いに、ウィルは、
『いいッス!降りて見に行ったら殴られそうなんで、ここからグッジョブ送るッス!』
ブレイハイドの親指をたててみせた。無駄に細かい操作が上達していた。
「で、アウニール嬢ちゃん!新装備の感想はどうだい?」
じじいの1人が、スパナをマイクに見立て、尋ねていく。
「実に動きやすく、保温性に優れているかと思います。色気のなんたらはよく分からないですが、私個人としても気に入っています。特に―――」
いいながらアウニールは、上着の裾部分をたくしあげた。
「―――股の部分がフィットして、いいかと」
腰の腸骨部分から脚先まで、黒インナーに包みこまれ、女性特有の脚部ラインがくっきりとあらわになったその姿に、
「「「「「「いいぞーーーーっ!」」」」」
とじじい共の歓声が最高潮に達する。
ウィルの乗るブレイハイドも、両腕をあげ、わっしょいわっしょいやってたりする。
ばあさん達も、
「おやまあ!やるねぇ」
「最近の娘(子)は大胆だね~」
「アタシももっと若ければ、いい勝負だったのにね~」
とノリノリである。
もはや、作業そっちのけで盛り上がる面々。
その時、その声は響き渡った。
「―――ってなんですか!この騒ぎはーーーっ!?」
誰も彼もが、声の方に視線を向けた。
「久しぶりに来たと思ったら、なにやってるんですか!?」
女性の言葉に、全員が口をそろえて返した。
「「「「「・・・アンタ誰っ!!?」」」」」
●
ヴァールハイトは、”シュテルン・ヒルト”に戻ってきていた。
久しぶりということで、彼なりに好みのコーヒーを入れ、くつろいで趣味の株売買にいそしんでいると、
「・・・・・遅れて、すみません・・・」
暗い顔して、先ほどの女性が入ってきた。
「・・・どうした? あまりに暗い顔をしているから、驚いて会社1つの株を買い占めてしまったのだが?」
ヴァールハイトは、いつもどおりの無表情でそういい、端末を操作し続ける。
「いえ、予想はしてたんです・・・してたんですけど!誰も私のこと覚えてないことにショックで・・・」
「おそらく、エンティだけはわざとだろう」
「そうなんですか!?」
「アイツはそういう奴だ」
「ぐぅ・・・あのツルペタ外道年増幼女め・・・!」
「それくらいにしたまえ。本性が出てるぞ。それで、エクス=シグザールは連れてきたか?」
「あ、はい・・・。こちらにどうぞー」
女性が、扉の外に手招きすると、エクスが扉をさらに開き、入ってきた。
「―――久しぶりだな。ヴァールハイト、ちょうどいろいろ話したいことがあった」
「こちらとしても同様だ。それと1人、紹介しておこう。初顔合わせだろう」
ヴァールハイトは、お茶を入れて戻ってきた女性を指し、
「ヴィエル=マッドレス。私の秘書を勤める女性だ。覚えておいてくれたまえ」
あ、どうも・・・、とうやうやしく頭を下げる女性―――ヴィエル=マッドレスは、ずれた大きめの丸眼鏡を直し、そう呟いた。
「ああ、覚えておく」
一言そう告げ、ヴァールハイトに向き直るエクス。
この人、次の瞬間には忘れてそう・・・、という呟きは彼の耳には入らなかった。
「以前より、体の調子は戻ったかね?」
「ああ、ほぼ万全だ。それはどうでもいいだろう」
「そうだな。では、契約どおり情報提供といこう」
ヴァールハイトが手元の端末を再度操作。今度開かれたウインドゥには、大陸の勢力図が表示されていた。
赤が西”、青が”東”、緑が”中立地帯”として色分けされている。それを見て、エクスは思った。
「―――”東”の方が領土が多いのか?」
割合で言うなら6(東):3(西):1(中立)という形で、大陸の勢力図は作られている。
「領土的には、"東"が優勢であるということか?」
「この支配地域図は、10年前に塗り替えられた。2大国間において最大とも言える”朽ち果ての戦役”と呼ばれる大戦後から現在にいたるまでの図だ」
「その大戦の勝者が”東”というわけか?」
「いや、そうではない。この大戦において勝利は存在しない。新たな”東”の領土となった場所は、”西”が放棄した部分だ」
「放棄しただと?」
「そう。新たな占領区域が、”朽ち果ての戦役”での最前線だ。ここで、繰り広げられた戦は、歴史上でも語られることに間違いないほどに、熾烈を極めたものだった」
画面が切り替わる。そこに写ったのは、数多の航空戦艦と、形状も様々な人型機動兵器の数々。どれも、獏炎と硝煙にまみれた戦場で、激突している光景であった。
「この大戦は、両国から様々なものを奪った。国力の疲弊もあったが、終結のきっかけとなったのは、双方の陣営の最高指導者が同時に失われたことにある。”西”の”王”と”東”の”議長”・・・この両名の絶命により、大戦は終結した。もっとも『停戦』という状態ではあるがね」
「なら最前線となった部分は・・・」
「戦火が激しすぎたためか、植物など生育環境としては壊滅的だ。人の住めない場所になった以上、必要がない、と”西”も判断した。結果、"東"が領土として主張することで、大陸図が塗り変わったに過ぎない」
「なるほど、ならもう互いに戦う元気もない、というわけか」
「そのとおり。今、両大国は自国の経済復興に躍進中だ。無論、次に攻め入るための準備も行っているだろうが、現状ではそういった動きに対する情報もない」
「”中立”の立場は?」
「我々は傍観する意思を伝えていた。これは大国間でのみ行われた戦争だ。無論、”中立地帯”も一枚岩ではない以上、裏で協力していた者もいるようだが、大局に左右するほどの影響力はなかった」
「なるほど。世界情勢はこれぐらいでいい。もう1つの件はどうだ?」
「探し人の件・・・だったか?」
「そうだ」
「ライネ=ウィネーフィクス、という人物については、中立地帯には存在しないことは明らかになった。今のところはそれだけを確定して伝えよう」
中立地帯には、いない。
その事実に、エクスは落胆することはなかった。なぜなら、自分でもう1つの手がかりをつかみかけているという自信があったからだ。
「なら、新たに調べてほしい単語がある」
「なにかね?」
「”アウニール”、”ブレイハイド”―――」
そして、
「”サーヴェイション”・・・この3つだ」
この3つはが新たな手がかりへの布石になると、エクスは半ば確信めいたものを感じていた。ライネにたどり着くなら、これらを追うことが近道かもしれない、と。
「”アウニール”と”ブレイハイド”・・・私のいない間に、この船に定住した2つの要素か」
ヴァールハイトは、疑問の声音も浮かべなかった。淡々と受け答えを続けていく。
「そうだ。この3つが俺の求めるものにつながる可能性がある。このまま置いていてもらう」
「いずれも、現時点では詳しい情報は持ちえていない。いいだろう。善処しよう。エンティが選んだ人材なら、私の審査も必要あるまい。今回は特例とさせてもらおう」
「・・・・・」
「どうしたのかね?」
「貴様が、そんない物分かりのいい奴かと疑っているところだ」
「契約関係である以上、当然ではないかと思うが?こちらに害がない程度には、譲歩させてもらうつもりだ」
「・・・なら、いいがな」
2人のその会話を傍らで聞いていたヴィエルの額を、一筋の汗が伝った。
・・・な、何ですか、この人?あの社長とこれほど会話する人間って、エンティ以外に初めてみました。いったい、この2人の間にどんな契約が・・・ていうか、2人とも目つき悪い・・・
そんなことを考えていると、
「―――ヴィエル。次の目的地はどこかね?」
不意に、声をかけられハッと我に返り、あわてて辞書のような手帳をすばやくめくる。
「あ、えっと・・・山岳都市”ジャバルベルク”。停泊は5日の予定。停泊に際して、都市長からぜひ社長に面会の機会を設けていただきたい、とのことです」
「ふむ・・・新たな商談、といったところだろう。了承した、と返信してくれ。日程がまとまりしだい、再度報告を行ってくれ」
「か、かしこまりました・・・」
ひとしきりの会話を終わらせたヴァールハイトは、エクスに向き直る。
「情報の収集には今後も尽力していこう。君は”客人”ではあるが、わが社の戦力でもある。がんばってくれたまえ」
「ああ、利害が一致する限りはな」
そう言って、握手を交わした2人を見て、
・・・社長と握手なんて・・・エクスってどれだけすごい人なんですか?
そんなことを思っていた。