2-9:始まりへの”飛翔”【Ⅳ】
『どこかにつかまっていろ!』
操縦桿を握るエクスが銀の機体―――”ブレイハイド”の四肢に蓄えた力を解放する。
脚部の装甲が開き、バーニアスラスターが展開。
膝を一瞬屈曲させ、次の瞬間それをバネにして真上に跳んだ。
『って、その先天井・・・そうか!体当たりでぶち破るんスね!』
『体当たりでぶち破る・・・”ウィルい”考え方ですね』
『え?なんスか”ウィルい”って?』
『新しい言葉です。我ながらうまく考え付きました。きっと流行ります』
『ちなみに意味は?』
『そのまんまです』
『え!?どういうことッスか!?』
『・・・少し黙っていろ』
”ブレイハイド”の、右腕の籠手のような装甲が先に見せたときと同じく展開する。
今度は明確な攻撃のため、光球をつくりだす。
機体のコックピットの基礎構造は、どの機体も大体同じ。それは過去からほとんど変化していない常識だ。
しかし、初めて乗った機体を瞬時に操ることができるのは、エクスが数多の機体を乗り継いできた経験の中で培った技術だ。
そして、このコックピットの感じは、
・・・”ソウル・ロウガ”に近い・・・
今見せてもらった武装なら、使える。
集束したプラズマ粒子により構成された光球。触れるものを融解させるその灼熱の破壊力。
それを、
『―――ぶち抜け・・・!』
天井の岩盤に食らわせた。
強力な熱破壊にさらされた岩盤は、いともたやすく穿たれた。
同時に脚部バーニア出力が全開まで上昇。
機体は、穿たれた空洞を抜け、天に向け、飛翔するかのように加速していく。
岩盤に厚さは、長い時の間、1階層を支え続けているほどのもの。本来、穴が開くような厚さではない。
しかし、削岩機のごとく進路を穿ちながら、機体は飛び上がり続ける。
地上に向け、新たな時を刻むために。
棺から目覚めた”少女”を地上へと導くかのように。
そして―――
『―――抜けたか!』
●
広場の中央を粉砕し、金の粒子をひく銀の機体は飛び出す。
飛翔はとまらない。
はるか上空まで飛び上がっていった機体を、何事か、と”1階層”の住人は見上げていた。
おそらく、なにが起こったか思考が追いついた者がいなかったのだろう。
地の底より飛翔していく機影は、瞬く間にその高度をあげていった。
●
”ブレイハイド”は、
・・・まさか、ここまで跳ぶとはな。たいした出力だ・・・
”陥没都市”の外―――地上にいた。
その驚異的な跳躍力は、都市を取り囲んでいた断崖絶壁すら越えてみせた。
勢いのまま、ここまで跳んできて、今は片膝をつく姿勢で機体は停止している。
装甲の隙間からあふれていた金色の光は消え、そこにあるのは、夕日の朱色を反射し、沈黙する銀の人型。
エクスは、開放したコックピットの中で、地平線の先を見ていた。
未来からきた彼の目から見ても、この機体性能は想像を凌駕している。
比較すれば、この時代の技術レベルは、当然ながら未来よりはるかに下回るはずだ。その時代に、これほどの機体を建造することは可能なのか。
まだ、この世界の全貌が見えない以上、安易に判断することはできないが、それでも仮説をたてることはできる。
その1つが、
・・・この機体は未来からの技術を取り込んでいるかもしれん・・・
未来から技術をもたらす人物は、それこそ限定されている。
ライネの所在。
それ繋がる手掛かりがこの機体にあるかもしれないと、エクスは踏んでいた。
そのためには、
・・・アウニールの身の安全は優先していく必要がありそうだな・・・
周囲に警戒はしてはいるが、状況から考えると、都市内は混乱しているはずだ。
なら、しばらく追える者もいないだろう。
機体の足元で、2人一緒に―――いや、先を行くアウニールと、それについていく形で追うウィル。
その姿を、目で追った。
●
日が地平線に沈む夕刻。
いつも訪れる、当たり前で、何気なく過ぎ去ってい時間。
でも意識すれば、それは、心になにかを感じることのできる時の中。
アウニールは、それを見つめていた。
思考は彼女の中に秘められている。まだ誰も知ることはできない。
「―――やっと追いついた」
後ろから、ウィルがやってきた。
さっきまで、死にかけていたにも関わらず、もう元気に笑っている。
「・・・どうして、追ってきたのですか?どこにも行きません」
少し、遠くを見たいと思っただけだ。
・・・そのために、あの目つきの悪い人に頼んで、降ろしてもらったのですが・・・
そう考えていると、
「お礼を、まだ言ってなかったから」
ウィルがそう言った。
お礼?、とアウニールは首をかしげた。
「・・・傷を治癒したことですか?」
「いや、膝枕してくれたこと」
「・・・・・邪念」
「うそうそ!冗談ッス!そう軽蔑のまなざしで拳を固めないで!?」
半眼ではあったが、慌てるウィルを見て、アウニールは拳から力を抜いた。
「確かに、あの傷を治してくれたこともッスけど・・・本当にお礼を言いたいのは―――」
ウィルは朱の空を見上げ、続けた。
「―――”後悔”に気づかせてくれたことッス」
「”後悔”・・・?」
「オレ、昔のことまっさら忘れちゃって、今でも思いだせなくて・・・小さな時は、どうしてここで生きてるんだろうって思うこともあって・・・」
「・・・それは、人として正しい考えです」
”後悔”のない生き方なんてあり得ないから。
「・・・確かに、”カナリス”で生きていくのは楽しかった。でも、心の片隅からその考えが抜けたことはなくて・・・」
人が生きていくということには、失敗があり、それが積み重なっている。しかし、それがなければ、人は人足り得なから。
「・・・自身の力のなさに悔やむこともあるでしょう」
無数の”後悔”が同じ数の望みを生み、”生き方”は構築されていくから。
「・・・そう、ずっと、どこかで”生”を悔やんでた。だから、誰かのために犠牲になることに、抵抗を感じようとしなかった・・・」
ウィルには、頼れる人たちがいた。
同時に、空虚な自分もいて、なぜ生き続けるのかを呪いのように問いてきた。
しかし、
「でも、ようやく気づけた。心の底から生きていたい。この世界を歩いていきたい。これからもいろいろな人達と会っていきたい。そう思えた。いや―――」
ウィルが、視線を戻す。
銀と金の領域を持つ長い髪を、風になびかせる少女へと。
「―――アウニールが、気づかせてくれたおかげッス」
「・・・私も、お礼をまだ言ってませんでしたね」
アウニールの視線が向けられる。
夕日の沈む地平線から、元気のいいお人よしな黒髪の少年へと。
「あなたは、身を挺して、見ず知らずの私を守ってくれた。それにお礼を言わせてください」
たとえ、偶然に過ぎなくても、2人は、助け合って、今この場に立っている。
「じゃあ、せーので同時にお礼するといいッス」
「そうですね。いい案です」
互いを見つめ、ここにいる。
ならそれは、
「それじゃ、せーの―――」
どんなに小さくても、
『―――ありがとう』
”奇跡”に違いなかった。