2-9:始まりへの”飛翔”【Ⅲ】 ●
風を切り、深い穴の中から突風の舞い上げ、飛翔するかのごとく姿を現したのは―――銀を基調としたカラーリングの巨大な人型だった。
その機体は、脚部の装甲を展開し、内蔵されていた高出力バーニアの上昇力で一気にここまで飛び上がってきたようだ。
金の粒子光をひき、堂々たる姿で空中にあるその機体の神々しさと美しさに、一瞬その場の全員が目を奪われていた。
しかし、不意に脚部のバーニアの光がフッと消失し、
『―――あ、あれ?』
そんな間の抜けた声が、発せられたかと思うと、
『お、落ちるッス!みんな逃げてーっ!!』
上昇力を失った機体は、重力に従い、徐々に高度が落ち、それが加速していく。
自由落下だった。
「なんだとっ!?」 「なにぃっ!?」
ほぼ直下にいたのは、睨み合っていたエクスとリバーセル。
2人は、同時に反対側に地面をけり、一目散に逃げ出す。
その1秒後、巨大な人型が轟音と共に落着。その場所を圧倒的な重量で押しつぶす。衝撃で岩石を粉砕し、地面を伝う衝撃と土煙を含んだ強風を周囲に撒き散らした。
洞窟全体が震え、天井近くの岩場からは、パラパラと細かい砂が降る。
誰もが、目の前で何が起こっているのか理解が追いつかず、黙って状況に飲まれていた。
しばしの静寂が周囲を包む。
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「―――これが、”ブレイハイド”・・・」
リバーセルは、そういい、突然現れ、仰向けに倒れている機体を見すえる。
自分もはじめて見たその全貌に息を呑んでいた。
しかし同時に、
・・・動かしているのは誰だ?
その疑念に駆られる。
機体から聞こえた声、あれは彼女のものではない。
・・・なら、いったい・・・?
思考にふけっていたリバーセルだったが、
「―――ぐっ!?」
突如、足に激痛が走り、片膝をついた。
いつの間にか投げつけられていたダガーが、右大腿部に突き刺さっていた。
深い傷ではないが、この状況下では充分すぎるほどの痛手だ。
・・・く、油断した・・・!
相手は、あの”エクス”とかいう男だ。
まさか、土煙による煙幕の向こうからこうも正確に投擲してくるとは予想してなかった。
相手が走る音が聞こえる。
・・・こちらにではない・・・?
その先は―――
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エクスは、土煙の煙幕にわずかに見えた影に向け、最後のダガーを投擲した。
影が崩れ落ちるのと、発せられた声から命中したと判断し、駆け出した。
最優先はこの場からの脱出。
なら、目指す場所は当然、
「―――ウィル、コックピットを開け!」
横たわる機体だ。
『―――その声、エクス!?』
倒れてはいても、コックピットハッチのあると思われる胸部までは、数メートルの高さがある。
しかし、エクスは機体の装甲を足場にし、連続跳躍で軽業師のごとくいともたやすく駆け上った。
「どうした、急げ!」
登りきりはしたが、肝心のコックピットの開放が遅れてまだだった。
『いや、開き方分からなくて・・・どうすればいいのかな?』
外部スピーカーが、機体越しにウィルの声を発する。
「ならどうやって乗り込んだ!?」
『じゃあ、適当に』
動いた。
腕部の籠手のような装甲が。
三方向に分割展開した装甲は、それぞれから中央となる空間位置にエネルギーを集させ、スパークを纏った光球を作り出す。
徐々に巨大化する光球は地面に触れると、その場所を融解させていく。
・・・これはプラズマ兵装か・・・!?
『なんかやばいの使っちゃったッスかね・・・。―――え、これッスか?』
ウィルがスピーカー越しに誰かと話していたかと思うと、光球が消失し、装甲が逆可動で元に戻る。
そして次に、
「・・・ようやくか」
胸部装甲が、上と左右に動き、コックピットが開放された。
そこに乗っていたのは、
「―――おお!開いた!」
服がところどころ傷つき破けてはいるが、特に大きなケガもなくピンピンして、操縦桿を握っているバカと、
「―――お望みどおり開けましたが?」
シートの後ろから、顔をのぞかせている金銀メッシュ少女だった。
・・・無事だったか・・・
エクスは安堵する
あの状況で、よく生きてたものだ、と。
しかし、そう考えるのも、一瞬。
次の行動に移るべく、ウィルに告げる。
「・・・ここから離脱する。操縦を代われ」
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リバーセルは、足に刺さっていたダガーを、瞬時に引き抜く。
「くぁっ・・・!」
頭の上まで、痛みが駆け抜け、声をあげる。
しかし、一瞬の激痛に耐えれば、あとは継続的な痛みに変わる。
荒く息をついていると、
「ちっヤツめ・・・”ブレイハイド”を・・・!」
目の前で、銀色の”ブレイハイド”が立ち上がっていく。
仰向けの状態から、肘を突き、間接部の駆動音が音を立て稼動するのが分かる。
「―――隊長!」
背後から声にリバーセルが振り向く。
部隊員の1人が、駆け寄ってくる。
「”両翼”はどうした・・・?」
「土煙にまぎれて撤退したようです。見失いました・・・」
そうか、と呟くリバーセル。続けて確認する。
「気絶してた部隊員の状況は?」
確認を取る。
誰1人として、置き去りにするわけにはいかないからだ。
「ほぼ全員覚醒しています。数名まだ意識が戻らないため、他の隊員が手を貸しています。命に別状はありません」
相変わらずの不殺か・・・、と”両翼”をいまいましく思いつつ、最終的な指示を下した。
「・・・撤退する。破損してる装備はこの場に捨てていけ。リベルダンジェ共が喜んで食いつく目くらましだ。作戦通り、指定のポイントで待機。オレは自分で退く―――以上だ」
「了解」
隊員が命令を遂行すべく、身を返し、土煙の向こうに消える。
再び銀色の機体を見上げる。
ほぼ直立し、四肢にかける出力があがり、駆動音が高まっていく。
任務は失敗した。
そして、彼女も奪われた。屈辱だった。
しかし、
「必ず、お前を奪い返しにいく・・・”イヴ”」
決意をした。
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”羽織り服”の男は、直立した機体を見下ろしていた。
「あながち、本当かもな・・・あれが”災厄”の片鱗ってわけかね・・・」
まあ、まだ判断するには早いが、と考えていると、
「―――む、貴殿は・・・」
聞き覚えのある声がし、そちらに目をやる。
「ん? よお、久しぶりだな。”最速騎士”殿。元気そうでなによりだ」
そう微笑で迎えた先に、リファルド=エアフラムがいた。
「そうですね。お久しぶりです。いつ以来でしたか、再会できたこと、光栄に思いますよ」
気軽に、挨拶を交わす。
「そりゃ、あの一騎打ち以来だろ? お前、速すぎだ。目で追うのがやっとだったじゃねえかよ」
「いえいえ、何をおっしゃるのですか。地上用のライドギアから空中戦を挑まれるとは、初めてでした」
「まあ、もう少し時間がありゃ斬り墜として俺様の勝ちだったんだがな」
「そうですね。時間に猶予があれば、私の爆砕が決まっていました」
「いや、ミサイルごと斬り落としてたって」
「いえ、そちらの砲断刀ごと爆砕してました」
「あれは、そっちの従者が優秀だったからだろ。勝負は俺様の勝ち」
「あなたの近くにいたアシストのフォローこそ光ってました。それがなければ、私の勝利で幕が下りていたでしょう」
ハハハハハ、と気さくに笑いあう2人は、まさに友であった。
「―――楽しそうね。お2人さん」
すると、あとから現れた女性いた。
この埃と土煙の舞う場所には似つかわしくない清楚な雰囲気に、
「ははぁ・・・逢引きか。純真そうな見かけによらずやるじゃねえか”最速騎士”殿」
”羽織り服”の男がにやける。
「わ、私と彼女はそういう関係ではありませんよ?」
慌てるリファルドはさらに面白い。からかいがいがある。
冗談だよ、と言いつつ、洞窟の中で日傘をさす女性に視線を移す。
「アンタのことは知ってるぜ?確か”魔女”だったか?」
「まあ、そう呼ぶ人もいるけど。それは個人の勝手よ」
「3大戦力が2人もこの場にいるとは、こりゃ何か起こると見るべきかね?」
「もう起こってると思うけど?」
「へ、違いねえ」
そう笑う”羽織り服”の男。
「こちらとしては、貴方がここにいる意味を知りたいけど?」
「なーに、ただ祭りの騒ぎを聞きつけたんでね。見物さ」
「どうかしら」
「こちとら、もう落ちぶれた身だ。いまさら、”最速騎士”と決着をつける気もねえよ」
「ずいぶん弱気ね」
「人生いろいろさ」
ヘラヘラ笑う”羽織り服”の男。
彼の右目は、大きな傷によりつぶれ、視力が失われていた。そして、右腕も肩から先が、丸ごと欠損している。
”羽織り服”の右腕部分は、何もないその場所をただ空虚に隠し、本人の動きに合わせて揺れてているだけだ。
「・・・貴方も見たわね。あの機体と”少女”を」
不意にそう問いかけられ、
「まあな。あれがなにか?」
そう返す”羽織り服”の男。
リファルドも、自分がこの場に連れられてきた意味を察していた。
「・・・ユズカ殿。あの機体が、”見るべきもの”であったのですか?」
「そうよ。でも、これ以上はいうことはない。どう思うかは勝手。後は、貴方達自身が独自に考えてもらってかまわない」
「どういうことですか?」
「意味がわからねえな」
「この場で、私が言うことに意味が無いからよ」
そう言うと、ユズカは2人より先に行き、動き出そうとする銀の機体を、見据えた。
運命の元、この世界に現れたその姿を見つめ、目を細め、
「・・・今は小さなことに過ぎなくても、後に世界の根幹を揺るがす事象となる」
誰にでもなく、その言葉を呟き、語った。