2-9:始まりへの”飛翔”【Ⅱ】
大穴の開いた余波は、かなり大きかった。
崩落した場所から、蜘蛛の巣状に亀裂が徐々に広がっていく。
その場にいた全員が、危険と判断し撤退を始める者は迅速だった。
●
エクスはギリギリまで、その場に踏みとどまっていた。
ウィルとアウニールを捨ていくことに、良心の呵責を感じていたからだ。
しかし、同時にこうも思っていた。
・・・ここにいて何ができる?・・・
崩落のペースは一時的に緩くなり、細かく崩れる箇所はあるものの、一応の静けさを取り戻していた。
あれほどの崩落に巻き込まれたなら、常識から考えて生存は絶望的。
・・・なら、この場から自分だけでも無事に戻ることが最善の策だ。
しかし、
「・・・ちっ・・・!」
「エクスさん!?ちょっとまってまって!」
崩落の奥に向かおうとするエクスを、リヒルが腕をとって止めた。
「なんだ」
「なんだじゃないですよ!危険です!」
「わかっている」
「今の行動は分かってない人の行動ですよ!?気持ちは分かりますけど、避難が優先です!」
「貴様らは先に退け。俺は別行動をとる」
「そうはいきません!私達の仕事です!」
リヒルが正しい。
そんなことはエクスも分かっている。
だが、
「あいつのタフさがあれば、あるいは・・・」
生きている可能性に賭けてみたい、という考えのほうが強かった。
しかし、そのとき、
「逃がすかっ!!」
切りかかってくる人影があった。
「っ!?」
エクスとリヒルが離れ、回避行動をとる。
切りかかってきた人影は、リヒルたちを無視し、真っ先にエクスに躍りかかる。
両刃剣の斬撃を、ダガーで受け止め、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。
「・・・何の真似だ」
切りかかってきたのは、隊長の少年―――リバーセルだった。
「彼女を見た貴様を逃がすわけにはいかん!」
「なに・・・?」
互いに武器を弾き、応戦する。
リバーセルが使うのは、取り回しやすい細めの鋼剣。高い耐久力の切断力を両立した業物。
それを、横薙ぎの軌道を中心に、振ってくる。
・・・ナイフ相手の戦闘を理解している・・・
エクスは、戦いづらさを感じる。
今の武器は、ダガーしかない。しかも投擲用だ。
簡単に持ち歩けるコンパクトさと、軽さによる使いやすさが利点ではあるが、コンパクトすぎて武器同士の衝突には不向きだ。
それでも、相手の斬撃を弾くようにさばいていけるのは、エクスの技量によるところが大きい。
まともにぶつかれば、刃が砕けるという危ういところでふみとどまり、相対は加速をさせていく。
●
「エクスさん!」
「リヒル、後ろ」
すぐ援護に向かおうとするリヒルだったが、シャッテンの警告で後ろを見る。
控えていた部隊員5人も、隊長の動きに合わせ突っ込んできた。
「くぅ、じゃましないでくだ―――」
リヒルが武装を構え、引き金を引いた瞬間―――砲身が急に横を向いた。
「え?」
発射された弾頭は、狙った場所とは違う方向に飛んで炸裂した。
理由はすぐにわかった。
主に高所などに移動する時に使用される標準装備のワイヤーアンカーだ。敵はそれをこちらの武装に対して使ってきた。
砲身に巻きつけられたワイヤーで発射方向をずらされた。
「さすが、精鋭ですね・・・!」
さっきはまとめて吹き飛ばしたが、今度は戦法を変えてきた。すなわち、
「時間稼ぎですか・・・!?」
リヒルがシャッテンの方を見やる。
彼女の武器である長刀にもワイヤーが巻きついている。
「・・・なら・・・!」
シャッテンは、あっさり武器を捨てる。すると今度は、袖口から長さ50センチはあろう3本爪のクローが飛び出し、両手に装備された。
シャッテンが身を低くし、敵に向かって駆ける。
相手は退いた。否、一定の距離を保つべく、距離を開けたと言うほうが正しい。
シャッテンの俊足は常人の比ではない。すばやく、敵の1人に接近し、切り裂きにかかる。
しかし、敵は受け流す回避重視のスタイルで、クローをいなした。
先ほどは、武器同士の衝突が発生したことから、瞬殺できたが、今度はそうはいかない。
勝てないのなら、まともに相手をしなければいいだけなのだ。
・・・切り替えの早さはさすが・・・!
こちらが圧倒的な実力を持つ個人戦力なら、敵は数人での戦法を確立した集団戦術で対抗してくる。
阿吽の呼吸がなければ成しえない、高等戦術だ。
リヒルが、ワイヤーの絡まった武装を捨てる。
一見丸腰になったように見えるリヒルにも、敵はうかつに近づかず距離を保っている。
・・・この場で敵を無視するのは危険ですね・・・
そうすると、今度は背後からワイヤーの拘束を受ける可能性が高くなる。その分担まで、敵はアイコンタクトで行っていた。
●
高見にいる危険な自由人たちは、眼下で繰り広げられる戦闘を眺めていた。
「―――おいおい、なんか勝手に戦い始めたぞ?」
「―――あの切りあってる2人、速すぎてよくみえねぇぞ」
「―――崩落が広がったら危険だ。この場は退こうぜ」
「―――落ちていったあいつら、大丈夫かよ?」
「―――バカ、気にはなるけど、自分の心配しろよ」
「―――”お宝”は、崩落が収まってからだな。数日先になるか?」
各々にそういいながら、撤退を始める。
しかし、その中に、周囲とは違う視線を持つものがいた。
「―――あれが、”災厄”ねぇ。あんな小娘が・・・?」
”東”特有の”羽織り服”を纏った男は、得物を肩にかけながら呟いた。
そのとき、空気が轟音を響かせた。
「―――なんだ、この音!?また崩落か!?」
そう警戒する者もいたが、
「―――違う!?こいつは・・・駆動音?」
知識のあるものがそう叫ぶ。
音が噴出したのは、少年と少女が落ちた、穴からだった。
何かが地の底から、やってくる。
●
「しぶといヤツだ!」
突きから繰り出される横薙ぎの一閃を、間合いから離れ回避。
リバーセルの剣の軌道には、隙が無い。
回転するように、時には飛ぶように、縦横無尽に斬撃を走らせてくる。
・・・なんだ?この感じどこかで・・・
剣の扱いだけ見れば、相当な使い手だ。エクスがこれまで相手にしてきた中で、トップクラスの。
しかし、その剣さばきには、どこか見覚えがあるような気がしていた。
当然、この過去の世界で、エクスが面識ある人物は限られている。
・・・そうだ、この剣の軌道、俺は何度も受けてきている。これは・・・
「―――考え事か!余裕だな!」
「っ!?」
コマのような回転から、一気に懐に入り込まれた。
鋼剣が、逆袈裟から襲い掛かる。
回避できない。
「くっ・・・!」
やむなくダガーで受ける。
なんとか弾くが、刃が砕け、破片が四散する。
しかし、リバーセルの攻撃はとまらない。継続の流れのまま、今度は真っ向から振り下ろされる。
予備のダガーを抜く暇が無い。
「殺ったぞ!」
武器をなくした、エクスに斬撃が走る。
食らった。
しかし、
「なにぃっ・・・!?」
止まっていた。
あろうことか防がれた。
「・・・こいつが役に立つのは初めてだな」
エクスのジャケットの肩部分についている小型の装甲板だ。それが刃による両断を阻んでいたのだ。
回避できないと判断した瞬間、エクスは身体の軸をずらし、刃の軌道を装甲位置にあわせ、そこで受けたのだ。
防弾用の金属だ。当然、刃を通すことはない。
しかしそれは、並外れた度胸と動体視力なしでは、成立不可能な防御だった。
「ち、小細工を・・・!」
「装備を活用したまでだ」
剣をはじき、エクスは再び間合いを取ると、懐から最後の1本であるダガーを抜いた。
相手の実力を認め、右足を前に、ダガーを握る力は軽く、
「その剣の軌道・・・この先は通じないと思え」
逆手に構え、ハッタリではない強みと威圧が放たれる
「・・・貴様が只者で無いのは分かった」
リバーセルは、上段から突きへの体勢をとる。
今一度、敵の懐に飛び込む構えで、
「なら敬意を表し、全力で駆逐する。オレの剣、たやすく見切れると思うな」
先ほどと空気が変わるのを双方が感じた。
ぶつかれば不利なのはエクス。しかし、それは互いが理解している。
武器の相性ではリバーセルに軍配が上がれど、それは勝敗には直結しない。
勝負は、一瞬の判断が左右するからだ。
・・・どうくる・・・
発端を開くきっかけを両者が待っていた。
しかし、その時―――
「っ・・・!?」 「なに・・・!?」
駆動音が空気を震わせ、次の瞬間―――
●
陥没後にできた穴の中から、飛び上がってきた巨大な影に、
「ええ~!?」
リヒルが驚愕し、
「・・・”銀”のライド・ギア・・・?」
シャッテンが首をかしげた。