誰も知らない奇跡【Ⅰ】
「――おーい、ウィル坊! これでラストだ! 運んでくれー!」
「うぃース」
爺さんに言われ、振り向いたウィルは、見る。
3メートルぐらいの荷物の山を。
「多い! 多い! おれ、つぶれちゃうッス!」
「すまんな。さっき、酒に酔った奴が、”わしの神業を見せてやる”とか言って、リフト車で3回転半してクラッシュしてな。いまアウニールの嬢ちゃんが診てるとこだから、それまで頼むぞーい」
そう言って、爺さんは荷物を運んできた車両のコンテナを畳んで、戻っていく。
ウィルはため息をつきながら、荷物の山と空を見上げた。
「――ま、いっか。頑張ればご飯もおいしいし」
と自分を奮い立たせて、荷物に手をかける。
「って、でかい! 重ッ!? これ人が持ち上げられるものじゃねぇ!」
何が入っているのか。
目の前の箱は、ウィルの2倍はあろうかという大きさと、尋常じゃない重量だった。
何度か、引いたり、押したりしてみるが、ビクともしない。
「……仕方ない。転がすしか…」
「――転がすな。俺が運ぶ」
そんな声が聞こえた。
……あれ、なんか…今…。
前にも似たような声をかけられたような気がした。
ウィルは振り返る。
そこには、銀色の髪に作業服を着た人物がいた。
「リバーセルさん! 助かるッス!」
「エンティ副社長に頼まれた。…泣くな。鬱陶しい」
そう言いながら、リバーセルは無表情に荷物に手をかけて持ち上げ、肩に担ぐ。というか乗せる。
「やっぱり、すげぇッス。でも、身体の方大丈夫ッスか?」
「ああ。これぐらいなら負荷はない」
リバーセルの体内にあるナノマシンは、正常に機能していた。
感情の高ぶりさえなければ、身体には影響は少ないようだった。
「さっさとやるぞ。日が沈むまでにはここを出るそうだ」
「そうッスか……って、もう3時間ぐらいしかない!?」
「だからだ」
「うおおおお! 急ぐッスよー! エンティさんのことだから絶対置いていかれる!」
あの戦いが終わって、すでに半年の月日が経っていた。
何かが劇的に変わったわけでもない。
世界は思いのほか、いつも通りだった。
●
「――え、仕事の依頼ッスか?」
「そう。届け物をあちこちにね」
夜、ヴァールハイトの書斎に呼び出されたウィルは、エンティからそう言われた。
ヴァールハイトは不在だ。
メガネさんと共に、中立地帯の都市を回っている。
「これは、社長からの直々の依頼だから失敗したら怖いよ」
「辞退で」
「ダメ」
「いや、俺は1人前の男となったッス! 一社員として、できない仕事はお断りする権利があるッスよ!」
「そっかー、じゃあ、ブレイハイドの改修費全額、耳揃えて”東”に払ってね♪」
「いやいや、社長の命とあればお断りする理由はないッス! はい!」
「よろしい。ま、とはいえ多少遊んできてもいいよ」
「さすが、エンティさん! やさしい!」
「でしょ。じゃあ、依頼の話だけど――」
ウィルは数枚の封書を渡される。
今時珍しい、紙に書かれた手紙だった。
「1つは、”東”の”長”宛て。もう1つは、”西”の”王”宛てに2通ね」
「なんか、やばいこと頼まれてるような…」
「内容は見ちゃだめだよ。極秘だからね」
「じゃあ、なおさら手紙だとまずいんじゃ…」
「文句言わない。明日、”東”に停泊だからね。頑張れ、一人前の男」
「了解ッス」
ウィルは、封書を見つめる。
2つは真新しいものだ。
宛名はない。直接手渡せということなのだろう。
だが、あと1つはやけに色あせていて、宛名がある。
”ユズカ=ウィネーフィクスへ”
差出人は、
”エクス=シグザール”
その名を見つめ、ウィルは、少しだけだが何かを感じた。
知ってるような。
でも、記憶にない。
「……社長の知り合いかな?」
そう思うことにした。
●
「――私も行きます」
ウィルは、自室で待っていたアウニールにそう言われた。
「というか、どうして俺の部屋にアウニールさんがいらっしゃるのでしょうか?」
「細かいことを気にする必要はありません」
「いや、俺のプライバシー揺るがしかねない事態ッスよ、これは!?」
ウィルは、確かに自分の部屋に鍵をかけてきたはずだ。
なのに、この状況である。
「ウィルのプライバシーなど……フッ」
「なんスか、その鼻をならす感じ!? お前にそんなものないとでも言うつもりなのですか、アウニールさん!?」
「いいではないですか。女の子が自分の部屋にいるのが嬉しくないんですか?」
「いや、それにはシュチエーションというものが非常に重要でして…」
「では…」
アウニールが、指さすのは、シャワールーム。
「…さっさと風呂に入ってきてください。汗臭いです」
「最後の一言なければすごくドキドキしたのに!?」
「いろいろと話したいんです。早く」
「あ、はい。そんじゃ……入ってこないッスよね?」
そう言って、恐る恐るウィルは脱衣室に入っていく。
すると、籠の中になにか布が入っているのに気付く。
こうフリルで縁取られた三角形の……
「――私はもう入りましたから大丈夫です。そこで」
「ひゃああ」
ウィルが乙女みたいな悲鳴をあげた。
●
「――ついてくるって…、大丈夫なんスか?」
シャワーからあがったウィルは、作業服のズボンに無地のシャツだけというラフな姿だ。
水気のある髪を拭きながら、アウニールに尋ねた。
「私は、自分の目で見ていきたいと思っているんです」
「身体の方は…、まあ、それほど心配はしてないッスけど…」
アウニールが、あの戦いの中心であったことを知る者は、世界を探してもほとんどいないだろう。
”狂神者”を除けば、だが。
「もしかしたら、アウニールを狙う人がいないわけでも…」
「いざとなれば、自分の身はなんとかします。それに、ウィルが一緒なら平気です」
「え…、なんかハードル上げられたような…」
「守ってくれるとかではありません。腕力とかは私の方があります」
「あの、すいません…、俺、男の子としての自信なくしそう…」
ウィルは、どんよりする。
だが、いつの間にか近づいてきてたアウニールが、ウィルの両頬に手をあて、優しく持ち上げた。
「楽しいと、思うからです。ウィルと一緒にいると」
見ると、アウニールと目が合った。
きれいな、金色の瞳がある。
彼女は無表情そうに見えて、よく見ると表情がよく変わる。
今は――
「アウニール、楽しそうな人はそんな顔しないッスよ…」
ウィルは感じ取る。
かすかな瞳の揺れを。
「怖いんスよね…」
「……はい」
「無理しなくていいから」
アウニールの髪は、銀色の先端に未だに金色が残っている。
それは、”不死のナノマシン”が未だに彼女の体内で稼動してる証拠でもあった。
”イヴ”と呼ばれる、アウニールの前世とも言える存在。
”死の恐怖”は、未だその身の内にいるのだ。
「私は、……いつまで生きてしまうのでしょう…。ウィルがいなくなっても、ずっと、ずっと1人で……」
彼女には永遠の命がある。
不老不死。
聞こえはいいが、それは孤独の未来を意味する。
だが、
「そういうこと考えてるから、”イヴ”さんが離れられないんだと思う」
「”イヴ”が…?」
「そう。アウニールの感じることを彼女もきっと感じてる」
”イヴ”は、”不死のナノマシン”の鍵。
”死の恐怖”がある限り、稼動は止まらない。
なら、
「楽しく生きることが大事だと思うっス。たくさんの思い出とか作って、ね?」
どうすれば”不死のナノマシン”は止まるのかわからない。
ただ、ウィルはそう思う。
暗いことばかり考えるからよくない。
精一杯生きて、振り返ればいろいろ楽しいものだと。
「そう、ですね…そう思うことにします」
「一緒にいるって、約束したんスから、俺にできることがあればなんでも協力するッスよ」
「なんでも、ですか…」
じゃあ、とアウニールが1歩離れ、上目遣いにウィルを見て、指さす。
ベッドを。
「…寝てください。一緒に」
「へ? あ、いやそれは…」
「なんでもしてくれるのでしょう?」
「いや、でもこのベッドシングルでせまいし…」
「つべこべ言わないでさっさと横になってください」
「あ、ちょ、アウニールさん!? ぐぇぇ、シャツの襟を後ろから引かないで、く、苦しい…!」
ウィルは、半分投げられるような形で、ベッドに倒される。
そして、
「…失礼します」
ベッドの端まで歩いてきたアウニールが、腰を落とす。
……あれ、なんだ、この状況。
ウィルは、なんとか状況を理解しようと必死だった。
よく考えるとアウニールと2人きり。
それも自室。
仕事終わりで誰も来ない。
隣には、シャワーを浴びていい香りのするアウニールが座っている。
……エンティさん、今こそ大人の階段上るべきッスか…?
はよヤれ、と言われてるような気がした。
あ、いやいや、アウニールにその気がなかったらぶっ飛ばされるし。
ていうか、こういうこと考えてるとアウニールの鉄拳が…。
「……エンティから、いろいろ教わってきましたから大丈夫です」
「え、なにを?」
「男と寝る方法」
エンティさん、ありがとう。
俺、ようやく男になれるッス!
「では――」
そういうと、アウニールはウィルに寄り添うように横になる。
そして、
「おやすみなさい…」
「お、おやすみなさい…」
明かりが消える。
時間が過ぎていく。
1分、2分…5分……10分――気づくと、20分。
それきり何もなかった。
……あれ、本当に寝るだけ…?
しばらくして、隣を見ると、アウニールの寝顔があった。
規則正しく、呼吸する胸元を一瞬チラ見して、すぐに彼女の表情に視線を戻した。
とても安心している、そんな表情に。
……アウニールって、寝つきいいんスね…。
ふと、寝息をたてる彼女の髪に、そっと触れた。
かすかに金色の粒子が散って、空気に溶けるように消える。
「――今は、これでいいか…」
そうつぶやき、シーツを一緒にかぶる。
「おやすみ、アウニール……」
ウィルもまた目を閉じる。
明日から、また彼女と一緒に歩いてまわるのだから。




