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8-15:”灯”

「――ル、…ウィル」


 ウィルは、自分を呼ぶ声に、意識を取り戻す。

 誰だろう、と目を開ける。

 ぼやけてよく見えない。


「ウィル!」


 視界が徐々に鮮明なっていく。

 同時に、自分が床の上に倒れていることがわかった。


「アウニー、ル…?」


 その自分を見下ろしているのは、金色の瞳に涙を溜めた少女だった。

 銀色の毛先に金の色彩を持つ彼女は、こちらの意識が戻るのがわかると胸の上にすがりつくように身を寄せてくる。


「よかった…、もう、目が…覚めないと――」


 記憶が徐々に戻ってくる。

 そして、自覚する。

 そうだ。

 自分は、アウニールをあの白い世界から連れ出したのだと。


「大丈夫…、大丈夫だから…」


 そう言って、ゆっくりと身体を起こす。

 痛みも、疲労もなくなっていた。

 機械兵に貫かれた胸の穴は、ふさがっていた。

 まるで古傷のように、皮膚の色が違うぐらいでしかない。

 だが、それは、確かな現実を意識させる。


「俺…帰ってこれたんだ」


 ”もう、帰れない”

 そんなことを言われた気がした。

 覚悟はしていた。

 でも、自分はここにいる。


「ウィル…」


 アウニールが、顔を手で隠し、泣いていた。

 

「ごめんなさい…、ごめんなさい………ごめん、なさい……」


 彼女にもまた記憶があるのだ。

 ”死”に怯え、多くの人々を巻き込んだ。

 それだけのことをして、こうして生きて帰ってきてしまったと。


「大丈夫」


 そう言ってアウニールを抱き寄せる。

 わずかな時間ではあったが、記憶も意識も共有した。

 わかっている。

 つらさも、後悔も、悲しみも。 


「生きてるんだ。俺達…、帰って来たんだ」

「はい…」


 温かさを伝えあい、2人はそこにいる。

 先まで、稼動していた光の柱は、その輝きを失っていた。

 ”サーヴェイション”は、静かに機能を停止していた。

 

「……アウニール、立てる……――ッ!?」


 言いかけて、すぐさま視線をそらした。


「ウィル…?」

「あ、いや…その……」

「どうか、しましたか…?」


 アウニールが不安げに訊いてくる。


「どうもしてない…いや、そうでもない」


 目をそらすのも無理ない。

 彼女は――全身に一糸も纏わず、その白い肌をさらしていたからだ。


「私の身体、何か…変ですか?」

「いや、そうじゃなくて、変じゃないです!」

「じゃあ、どうして目を反らすんですか…?」

「それ、それはですね」

「なぜ敬語?」

「ああ、待って、そんな、そんなに詰め寄られると、当たってる! 理性を揺るがすなにかが!」


 そんなやり取りをしている最中だった。

 閉じられていた人員通路の隔壁が吹き飛ばされる音が響いた。


「!?」「!?」


 驚きながらも、素早く立ち上がり、アウニールをかばうように前に出る。

 すると、土煙をかき分け、人影が現れる。


「――ウィル、いるか!」


 銀色の髪を持つ青年だった。

 

「リバーセルさん!」

「無事か!」


 こちらの声を聴くなり、リバーセルが駆け寄ってくる。

 そして、


「ぁ…」「……」


 目が合った。

 アウニールとリバーセル。

 2人が、視線を交わした。

 そして、数秒の沈黙の後、


「……これを…」


 白い肌をさらしているアウニールに、リバーセルは自身のジャケットを脱いで渡した。


「……ありがとう、ございます…」


 アウニールはそれを受け取ると、袖に腕を通していく。

 戦闘のせいか、多少ボロボロだが、先よりもよくなった。

 男性用だが、きっちり閉まるタイプの戦闘服なので、必然的にアウニールの身体のラインが引き締められている。

 閉じきれない胸元は開いており、胸が寄せられ谷間ができている。

 腰下までは丈があるものの、それにより強調された足の優美さがまた素晴らしかった。 

 そして、きつそうな服を無理して着ようとして、頬を膨らませているアウニールの表情もまた良い。


 ……なんか、着てる方がエロい…!


 そんなことを咄嗟に思ってしまうのは、男子の性なのだ。

 つまり、俺は正常!


「――今、何を考えていた?」

「いえ! なんでもないです!」


 リバーセルが、一瞬目つきを鋭くし、――ため息をついた。


「……まったく」


 そう言いながら、リバーセルは、アウニールに手を差し出した。

 

「――アウニール、…立てるか?」

「……大丈夫です」


 アウニールは、そう言い、自分で立ち上がった。

 もう、歩けるという意思を示した。


「そうか…、よかった」


 リバーセルはそれだけ言って、会話を終えた。


「いいんスか、リバーセルさん?」


 もう1度話したい。

 それが自分とリーバセルの望みだったはずだ。


「いや、これでいい…」


 今は、とリバーセルは言う。

 時間が必要だった。

 それだけ、アウニールとリバーセルはすれ違ってきた。

 家族のようで、少し違う。

 新たに生まれ変わったアウニールという存在を前にして、やはり、飲み込みきれない部分もあるのは当然なのかもしれない。

 すると、 


「リバーセルさん」


 アウニールの方から、声をかけた。


「なんだ」


 リバーセルの反応はそっけない。

 それでも、アウニールは告げた。


「私は、アウニールと言います」


 自らの名を。

 生まれ変わり、ここにある自分の存在を。


「今度、話す時間をいただけませんか?」


 話したい。

 その望みを。


「――ああ、今度、時間を作る。その時にな」


 わずかな沈黙を経て、リバーセルは応じた。

 表情は変わらない。

 だが、無表情の中にどこか安堵を感じさせた。


「……脱出するぞ」


 え?とウィルは呆けた。


「なんだ。その顔は」

「まったくです」

「いや、アウニールの悪ノリは置いておくとして、脱出方法あるんスか?」

「わからん。見つけるしかない。今、この船は墜落中だ」


 数秒の沈黙があり、


「えええええええぇえぇッ!!?」


 そんな声が出た。



「――なんか、変じゃないですか…?」


 戦域から距離を離して状況をうかがっていた”シュテルンヒルト”のブリッジで、ヴィエルが声を上げた。

 彼女が見るのは、先まで大量の兵器を放出していた巨大要塞”インフェリアル”。

 それが、今、その動きを止めていた。

 それどころか、


「上昇してません?」


 彼女の言う通り、”巨大要塞インフェリアル”は上昇していた。

 無数の噴射口を光らせて、山の如き要塞は、空を昇っていく。


「熱反応が消失しておる。こりゃ、間違いないぞ」

「老眼かの。でかいのが昇っとるように見えるわい」

「わしらに恐れをなしたということじゃな。勝利の宴を開くぞ!」

「おうとも!」

「せっかく奴にぶち込む予定の徹甲弾をツヤツヤに磨いておったのに!」


 戦争好きのじじい共が何か言っていたが、無視した。


「終わったようだな」


 ブリッジに、ヴァールハイトが現れる。 


「社長! あれ、白い帆船、落ちてるような気がするんですけど、やばくないですか?」

「うむ、落ちているな」

「あれ、ウィル君と、リバーセルさんが突入してませんでしたっけ?」

「だね」


 エンティが応じた。


「なにのんきにしてるんですか!? 助けに行かないと」


 ヴィエルが慌てる。

 当然だ。

 墜落していく白亜の船から、まだウィル達の脱出は確認できていないのだ。

 だが、 


「大丈夫でしょ」


 エンティが、自身に満ちた笑みを見せた。


「なんでですか!?」

「あのバカが簡単に死ぬわけないでしょ」


 それに、とつづけた。


「あいつは帰ってくるって言ったんだから、こっちはお帰りって言う準備しとかないとね」



 リバーセルを先頭に、ウィル達は通路を走っていた。

 アウニールは素足なので、破片の散乱する通路は踏めない。

 よって、ウィルが背負って走っている。 


「あの…重くないですか?」

「平気、平気ッスよ!」


 結構重いけど、あえて言わない。

 エンティに、そういう失礼なこと死んでも言わないんだよ?、と笑顔で殴られた過去を思い出してしまう。

 それに、こうアウニールの体温と、柔らかなふくらみが背中にあたって、


「やる気が出ます!」

「リバーセルさん、ウィルの精神が異常です」

「根性として納得しておけ」


 リバーセルは理解があった。

 だが、肝心の脱出方法は見つからなかった。

 狙っていた救命ポッドがあるような区画もない。

 元々、そういったことを想定されていないような船だったのだ。

 墜落しているというのに、ウィル達が普通に走っていられるというのも不思議だった。

 この船は何もかもが、未知だった。

 

「くそ…」


 八方塞がりという状況だった。

 脱出手段がない。

 このままでは、墜落に巻き込まれる。


「なにか、方法はないのか」

「脱出できないなら、せめて、シェルター的なものがあればいいんスけど…」


 仮にその区画があったとしても、この広い船の中で今からその場所を特定し、辿りつくのは困難だ

 高度800メートルからの墜落。

 この船のどこにいようと、生存は不可能。

 かといって、生身で飛び出せるはずもない。

 どうすればいい、と思った時、


 ”こっちだ”


 その声が聞こえた。

 

「え、誰?」「なんだ?」


 リバーセルとウィルが顔を見合わせた。


「聞こえたのか?」

「はっきりと、こっちだって…」

「ウィル、私にも聞こえました」


 ウィルは背にいるアウニールに視線を向ける。

 見ると、彼女はかすかに光る粒子を放っていた


「この先を、進んでください。道は私が示します」

「アウニール、それは…」

「大丈夫です。信じて」


 一瞬戸惑ったが、他に頼れるものはない。

 アウニールによって示された通りにウィル達は駆けていく。

 その中で徐々に船の崩壊が進んでいくのがわかった。

 通路が軋み、細かな破片が落ちる頻度が増していく。


「――あの中です」


 アウニールが”声”の発生源としたのは、隔壁の向こう側。

 だが、電源はなく扉の機能は沈黙している。


「下がっていろ」


 そう言うとリバーセルは、扉のとじ目に指をかけ左右へと力を込める。

 すると、停止していた隔壁がゆっくりと開いていく。

 開け放たれた扉をくぐり、3人が入る。

 それは広大な機体用の通路につながる扉だった。

 通路の状況は、崩壊の一言に尽きる。

 壁面、床、天井とどこもかしこも強力な熱の放射の後が爪痕のように残っていた。

 その中に、片膝をついて鎮座している影があった。


「あれって…」


 機体だった。

 焼け焦げ、左腕のなく、装甲が熱によってところどころ焼き切られている青い人型。

 

「”ソウルロウガ”ッスよ!」


 言って、ウィルは違和感を覚えた。

 あれ、と。

 いったい誰があの機体を(・・・・・・・)ここまで(・・・・)乗ってきたのか(・・・・・・・)


「行くぞ」

「え? はい!」


 思い出せない。

 だが、考えてる暇もなかった。

 もう、墜落まで時間がない。

 他をあたる時間もない。


「あの機体をシェルター代わりにする。それしかない!」


 リバーセルに続いて、ウィル達は”ソウルロウガ・R”に向けて駆け寄っていく。

 3人がコックピットに乗り込み、リバーセルが操縦席に座る。

 機体は、すでに起動状態にあった。

 まるで、直前まで誰かが乗っていたかのようだ。

 

「……やはり、動かないか…」


 システムは起動しているが、コックピットハッチを閉じるだけでこの場から動くこともできそうにない。

 むしろ、これだけ損傷して、なぜシステムが生きているのかが不思議だった。


「これでは…」


 墜落に耐えられない。

 だが、


「大丈夫ッス」「大丈夫です」


 ウィルとアウニールが同時に言った。

 2人は、何かを確信したような眼差しをしていた。

 すると、機体の内側を奔るラインが、輝きを放つ。


「これは…」


 表面に”花翼ブルーメブラット”の文字が表示される。

 そして、その下に小さい文字があった。


 ”ありがとう”


 機体の背面にあった、ユニットが稼働する。

 開き、放出されたエネルギーが形を作っていく。

 ”ソウルロウガ・R”を中心として枚数を重ね、開き、光を広げ、無数の花弁を模した翼が機体を包み込んでいく。

 

「帰ろう、アウニール…」

「はい。会いにいきます。みんなに…」


 ウィルと、アウニールは互いの手を強く握った。

 離れないように、指を通しあい、強く。

 白い”箱舟”が崩壊していく。

 その中には光があった。

 絶望の中にあるかすかな希望。

 芽吹くための消えず、そこにあるともしび

 全ての始まりは、終わりを迎える。

 その終わりは、まったく異なる、新たな始まりを生む。

 誰も知らない、新たな未来への1歩を。


8章、完結

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